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遠出の帰り道

 ここのところ、長い時間、歩くようになった。
 それほど速くはないため、長距離というわけではないが、10時間くらい歩くのも珍しくなくなった。

 長時間、歩くにしても、特に決まった準備体操はしない。
 身体が自然と欲する動きがあればするが、そうでなければ、そのまま歩き始める。

「身体に起こることは何事にも意味がある」というのが、僕の信条だからだ。

~ * ~ * ~ * ~

 その日、朝、家を出て、夜まで一日歩く予定だった。
 その日も、特に準備運動はせずに、靴を履いたら、そのまま歩き始めた。

 家を出て5分もしないところで、左足で石ころを踏んだタイミングで、左足に鋭い痛みが走った。
 そのあとから、左足で地面を踏み切るタイミングで筋がピンッと張るような痛みが出てきた。
 どうやら左足の土踏まずの筋を傷めたようだ。

 歩こうとすると、ヒョコッ、ヒョコッ、という感じに左足を引きずってしまう。
 これから夜まで歩くというのに、しょっぱなから これでは、引き返した方がいいのだろうかと思ったが、身体に訊くと、身体は歩くと言うので、歩くことにした。
 身体が歩くと言うのなら、足の痛みは しばらく味わっていれば、収まるだろうと期待したが、いっこうに収まらなかった。
 仕方がないのでビッコを引いたまま歩き続けた。

 この日、3時間の予定で行くところが4時間かかった。
 目的地で時間を過ごし、帰るときになっても、左足の痛みは続いていた。
 帰り道も行きと変わらず、ずっと脚を引きずって歩き続けた。
 一日中、しかもビッコで歩き続けると、さすがに くたびれてきた。
 日は とうに暮れていて、すっかり暗くなっていた。

 ふと一日を振り返ると、なんだか無性に虚しくなった。
「この足の痛みは、なんだったのだろう」

 息子たちが通っていた小学校の近くにあるファミレスの前を通りかかったのは、そんな虚無感に襲われていた時だ。
 このあたりは、小学校の校区内でも、家とは反対の地域なので、あまり馴染みはない。
 自転車で通り過ぎることはあっても、歩いて通るのは久しぶりだった。
「えーっと、前はいつだったっけ?」

~ * ~ * ~ * ~

 それは、もう10年近く前、長男ゲンタの小学校の入学式前のある日。
「ピンポーン」
 呼び鈴が鳴ったので、玄関先に出てみたら、知らないお母さんと、その横に女の子が立っていた。
 お母さんは清楚な雰囲気で、お母さん似の女の子は、お人形のようにかわいらしかった。
 その女の子Aさんは、近所に住む、ゲンタと同じ新一年生。
 Aさんの家から一番近い新一年生がゲンタだということで、わざわざ挨拶に来てくれたのだった。

 学校が始まると、毎朝、Aさんとゲンタは二人の通学路の合流地点で待ち合わせをして一緒に登校することになった。
 登校初日、待ち合わせ場所まで次男のユウゾーと一緒にゲンタを見送りに行くと、Aさんとお母さんもやってきて、挨拶をした。
 交通安全の黄色いカバーのついたランドセルを背負った小さな二人を見送った。

 最初の数日は、待ち合わせ場所までAさんとお母さんは一緒だったが、やがてAさんだけでやってくるようになった。
 Aさんの家は共働きで、入学まで保育園に通っていたAさんは、校区内の幼稚園から上がった子たちと違って、入学時点、学校に友達がいなかった。
 初めての学校生活だし、知っている友達もいないとなれば、心細かったに違いない。
 毎朝、見かけるとき、Aさんの表情は硬かった。

 校区外の幼稚園に通っていたゲンタも、始めは友達がおらず、学校に行くのを よくしぶっていた。
 当時は、僕も子どもを学校に行かせるものと思っていたので、僕は毎朝、ゲンタをなだめながら、ユウゾーと一緒に待ち合わせ場所まで着いて行った。
 ゲンタもAさんが来ると、しぶしぶ並んで学校に歩いて行った。

~ * ~ * ~ * ~

 GW明けに、学校で1年生向けの交通安全講習会があった。
 内容は、始めに道路の安全な歩き方を子どもたちに説明した後、子どもたちが学校の外の道を歩くというものだった。
 講習会に先だって、GW前に、講習会中に道路で見守りをするボランティアを1年生の保護者から募っていた。
 特にやることのない僕は、ユウゾーを連れて、見守りに参加することにした。

 講習会当日、僕が配置された見守りポイントは、学校近くの、幹線道路沿いにあるファミレスの駐車場出入口だった。
 平日の午前だったので、ファミレスに出入りする車もなく、それほど危ない場所ではなかった。
 子どもたちがやってくるまで、ユウゾーと遊びながら、待っていた。

 しばらくすると、通りのずっと向こうの角から、1年生たちがやってくるのが見えた。
 学校を出発した1年生は、二人一組でペアの子と手を握って、次の組と2、30mほど間隔を開けて、一組ずつ歩いてきた。

 何組か通り過ぎて、遠くの方から、Aさんの組が歩いてくるのが見えた。
 Aさんは女の子と一緒に手をつないで歩いていた。
 Aさんの表情は、いつも登校時に見かけるように硬かった。

 やがて、Aさんは遠くにいる僕とユウゾーに気づいた。
 そのとき、Aさんの表情が、雲の中から お日さまが出てきたように、パッと明るくなった。
「ゲンタくんのおとうさーん!」
と嬉しそうにAさんは大きく手を振って、今にも隣の女の子の手を引いて駆け出さんばかり。
 近くにいた見守りのお母さんが一瞬、何事かと身構えたほど。
「Aちゃーん!」
僕とユウゾーも一緒に大きく手を振り返した。

 さすがにAさんは駆け出すことはなかったが、僕とユウゾーの前まで、朗らかにやってきて、そして通り過ぎて行った。
 そのあとは、こちらに振り向きながら手を振ってくる。
「ちゃんと前向いて歩くんだよー」
と僕が呼びかけると、Aさんは笑いながら頷いて、前に向き直り、歩いていった。

~ * ~ * ~ * ~

 Aさんとゲンタは、中学まで同じ学校に通っていたので、授業参観や運動会でよく見かけた。
 さすがに年頃の女の子だから、すれ違っても もう挨拶もない。
 そもそも あんなに嬉しそうに呼びかけられたのも、それっきりだ。
 彼女の方は、きっと覚えてもいないだろう。

 だけど、僕を見てパッと明るくなった瞬間の彼女を思い出すと、「かわいかったなぁ~」と胸がキュンとした。
 こんなこと、娘を持つ親ならいくらでもあるのかもしれないが、娘のいない僕には、一生の宝物。
 最期の瞬間、相馬燈のように人生を振り返るのなら、是非もう一度、見たい一コマだ。
 長い帰り道、そのファミレスの前に差し掛かったとき、こんなことを思い出し、ボーっとしていた。

 ファミレスを通り過ぎ、ふと我に返ると、いつのまにか左足の痛みが消えていた。
 さらに驚いたことに、接地面の足裏から肩まで上半身と下半身が一体となって動く、腰を捻らない不思議な歩き方になっていた。
 もう左足を引きずっていなかった。
 左右対称に、しかも軽快に、しかも力強く歩いていた。
 そして、ファミレスの直前まで感じていた虚無感は、すっかり消えていた。
 結局、この日、10時間以上歩いたが、そこから家までの最後の道が、その日一番速く歩けていた。

~ * ~ * ~ * ~

 ひょっとしたら左足の痛みは再発するかも、と不安に思ったが、結局、翌日以降も痛みなく歩けている。
 ただ、あの晩の不思議な歩き方は、翌日には崩れていて、再現しなくなった。
 まぁ、胸がキュンとする思い出とともに足の痛みが消え、不思議な歩き方になったのは、不思議な体験だったということで、あまり歩き方にはこだわらずに、一旦忘れてしまおうと思う。

 それにしても、人生、最後の最後に持って行けるのは、こういう何気ない出来事の一コマ一コマなのかもしれない。

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