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物流で社会を支えるために #02 【NYKデジタルアカデミー学長、日本郵船株式会社イノベーション推進グループ長 石澤 直孝】

ロジ人では物流テックと分類される業界の著名人、サービスをインタビューしていきます。今回は、日本郵船株式会社イノベーション推進グループのグループ長であり、NYKデジタルアカデミー学長として人材育成を精力的に行っていらっしゃる石澤 直孝さんにインタビューをしていきます。#02では今後の教育事業の展開についてお聞きしていきたいと思います。

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▼石澤 直孝氏
NYKデジタルアカデミー学長。日本郵船株式会社イノベーション推進グループのグループ長を兼任。1991年に一橋大学商学部卒業後、日本郵船株式会社に入社。2006年から2014年まで国際標準規格団体GS1(本部ベルギー・ブラッセル)物流部会共同議長を務めた。2014年からインド日本郵船に出向し、鉄道、港湾、物流の事業会社を設立。経営に携わる。2019年に現職に就任。物流の新たな価値を創造できる人材育成に取り組んでいる。著書に『DXの第一人者が教える DX超入門』。


教育事業者として

ー 今後、石澤さんは物流業界でどんな仕事に注力したいとお考えですか。

今取り組んでいる教育事業の領域をさらに広げ、深堀りをしていきたいと考えています。次の時代に求められる新しい物流サービス・事業を創造し、持続的にお客様に提供し続けるために、教育が果たす役割は大きいと考えるからです。

ちょっと大袈裟な言い方かもしれませんが、我々「NYKデジタルアカデミー」の研修サービスを通じて、受講していただくみなさん一人一人が、物流のオモシロさ、醍醐味に気づいていただき、新しい領域に挑戦する後押しになれば、と思っています。

日本郵船国内の社内人材育成から始まった「NYKデジタルアカデミー」ですが、その活動領域を社外・国外へと段階的に広げ、さらにもっと多くの企業、大学・研究機関に本サービスご提供すべく、試験サービスなども含め、探索をはじめております。

すでに、フィリピン、シンガポール、ベトナム、ヨーロッパ、アメリカ、南米などの日本郵船のナショナルスタッフへ英語による研修を試験的に提供しましたが、おかげさまでご好評をいただいています。一気呵成に拡大するのではなく、ムリのないペースで一歩一歩取り組んでいけたらと思っています。

ー 日本郵船グループの日本人の社員の方だけでなく、社外、しかも諸外国の方にも教育サービスを提供されるのですね。素晴らしいお取組みだと思いますが、実行するにはさぞや大変なご負担ではないかと思います。あえて重荷を背負うことを選択したお考えについて、もう少し教えてください。

日本郵船グループは日本で生まれた企業ですが、今日の姿があるのは、海外のみなさんとつながり、良き信頼関係を築いてきたからです。そのための恩返しとして、単に日々の取引きだけではなく、お世話になっている海外のみなさんと社会に、真のパートナーとして息の長い貢献をすること、そのための選択肢の一つとして教育事業を行うことは、日本郵船グループの先輩諸氏が長い年月をかけて培ってきたDNAのようなものではないかと思っています。2007年にフィリピンに設立した商船大学NYK-TDG MARITIME ACADEMY (以下「NTMA」)などはその代表的な事例ではないかとおもいます。

NYKデジタルアカデミーでは、NTMAのような正式な大学組織を目指す構想はありませんが、物流と教育、二つの領域で成長著しいインド、東南アジアといった新興国市場でビジネスリーダーを育成する教育サービスを提供しながら、海外の地元社会に貢献することはとても意義のあることではないかと思っています。まずは小さな規模から始め、少しずつ活動を広げ陸上分野での有為な人材の発掘、能力開発に寄与したいと思っています。

もうひとつの理由は「ビジネスリーダーを育成するための教育プログラム」が、いまや急速にグローバル化が進んでおり、広く世界中の受講者のみなさんに評価され、選ばれるものでないと、サービスとして納得して受講していただけない時代になりつつある、ということです。

これは今現在グローバルに流行している“米国流のMBA教育”や“デザイン思考”、“データサイエンス”などの最新の研修スタイルを追随(キャッチアップ)しなければならない、ということではありません。カリキュラムや教育メソッドがどんな内容であれ、研修を提供している講師とそのチームが、掛け値なしで広く世界で通用し、支持されなければならないということと考えます。

実はすでに誰もが知っていることですが、いまの時代、世界の最高レベルと認められる講義の内容を知ることは、それほど難しいことではありません。インターネットを検索し、書店に行って相応しい書籍を購入し研究論文などを閲覧すれば、一流大学であろうとなかろうと、講義がどんなものであるか、大概のことはわかります。我々は、いまそんな時代を生きています。

ところが、実際に本やインターネットを閲覧して、たとえば「デザイン思考」などを会得できるかどうかというと、なかなか容易ではありません。もちろん、読書や閲覧だけで会得してしまう人もいるかと思いますが、優れた講師、教育プロバイダーによる講義を受けたほうが明らかに効率がよく、実践的です。

あまり良い例えではないかもしれませんが、教育サービスというものは「演劇」や「映画」などと、ちょっと似たところがあります。受講者のみなさんに、体験したことのない知恵や勇気、愚直さや献身などを疑似体験してもらうには、講義という非日常空間をリアルなものとして受け入れていただかなければなりません。ですから、受講者のみなさんの心に届く講義を提供し続けるためには、俳優が舞台に立ち続けるように、場数をこなし、技量を磨き続けなければならないのです。

「選ばれ続ける」ための工夫とは


ー なるほど、教育もまた熾烈でグローバルな競争市場だということですね。そのなかで受講者から「選ばれ続ける」ために、石澤さんはどのような工夫をされているのでしょうか?

同じ内容をお伝えするにしても、受講者のみなさんに、できるかぎり「共感」か「驚き」を提供するように心がけています。

いずれも、伝えるべき内容を単に文章やスライドを用いて解説するのではなく、生身の人間である私が、実際に挑んでみて、体験したことを交えて話すことで、「共感性」と「意外性」を高めることができます。話術やスライド、文章などの巧拙も大事かと思いますが、最も説得力があるのは、真摯愚直に「講義内容を実際に試してみて」その体験を交えながら説明することではないかと思います。

たとえば、ビジネスリーダーにとって大事なストレスマネジメントについて講義で解説するとします。物流に限らずどんな産業でも、ビジネスリーダーはリスクマネジメントの土台としてご自身のストレスマネジメントが必要です。

そこで、多くのリーダーシップ研修では、最新の精神医療分野の成果を紹介し「どんな人間でも、ふさわしくストレスに身を曝(さら)すことによって、ストレス耐性を高めることが出来る」といったことを伝え、「ひとりで抱え込まずに、チームワークで対処する」ことを教えます。

ところで、リスクマネジメントの理論や、最新の精神医学の成果などを書籍から引用して説明するだけでは今一つ受講者のみなさんの胸に響くものはないかもしれません。わざわざ時間をかけて研修を受けなくても、インターネットを閲覧すれば知りうることです。ありていにいえば「退屈」です(笑)。

そこで、NYKデジタルアカデミーでは、講師である私が身をもってストレスマネジメントの理論を証明するためにマカオに赴き、血圧と脈拍を計測しながら世界で最も高いバンジージャンプを何回も跳び、ビデオなどを見せながら解説します。

最初は恐怖でひきつっている高所恐怖症気味の私の表情が、跳躍を重ねるたびにやがて高所に慣れ、リラックスした表情になっていく様子や、血圧や脈拍が正常値に戻っていく推移などもお見せします。

(写真:心的ストレスを克服できることを証明するために、血圧・脈拍を計測しながらバンジージャンプを跳び続ける。三回目の跳躍以後、血圧・脈拍ともに安定した)

バンジージャンプをやってもやらなくても、伝える内容は同じです。なかには「何をバカげたことをしているのか」といった印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、受講者のみなさんの大多数は大喜びです。

多少荒っぽいやりかたであり、バンジージャンプを何回も跳ぶことが全ての心的ストレスのマネジメントに応用できるわけではないことは言うまでもありませんが、少なくとも、理論について興味を持ってもらうきっかけにはなりますし、なによりも、講義のために愚直にカラダを張っている様子を見せることができる。

何もやらずに他人の理論を単に紹介するより、よほど良いやり方だと思っています。そういったことをやることで、受講者のみなさんとの信頼関係につながるのではないかと考えています。

「ファクトフルネス」で著名な故ハンス・ロスリング博士はよく講義や講演の最中に、サーカスの『剣のみ芸』を披露したそうです。「デザイン思考」を創案したスタンフォード大学のバーナード・ロス教授は、授業のはじめにペットボトルを手にもって「わたしのペットボトルを奪ってください」とお題をだし、模範解答として弟子に自分をタックルさせ、よく「吹っ飛ばされて」いたそうです。

いずれも、講義内容と真摯に向き合った結果、結果としてオモシロいものになったという事例ではないかと思います。私はこの「過剰なまでに真摯かつ愚直に講義と向き合った」結果、講師自身がカラダを張って実践してしまう姿勢こそが、情報過多ともいえる今の時代に研修として多くの人たちから選ばれ続けるカギのひとつではないかと考えます。

繰り返しますが研修というものは、演劇や映画などと似たところがあります。講義・演習といった非日常体験を通じて、これまでに体験したことのない知恵や勇気、愚直さや献身などを疑似体験してもらい日常のビジネスや生活に役立てていただくという構造になっています。

無論のこと講義の内容そのものが普遍的で、実践的なものでなければならないことは言うまでもありませんが、真摯に社会やビジネス、人間の諸問題に向き合うことによって生まれる非日常体験をできるかぎり受講者のみなさんに提供していきたいと思っています。

<取材・編集:ロジ人編集部>


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