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追記 - After Reports - 常陸大宮・久慈川

 久慈川の最大の氾濫地域は大子町と言ってよいが、久慈川沿いには他にも多数の決壊した街がある。その一つが常陸大宮市だ。
 常陸大宮市は以前の記事で那珂川の氾濫について触れたが、同市内富岡地区において久慈川による氾濫も発生した。

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 国道293号線が久慈川を跨いで東進するところに富岡地区はある。この橋から50mも離れていない地点から久慈川は決壊した。2019年10月12日から13日の未明にかけてのことだ。久慈川の左岸、東側の堤防が崩落。その被害延長は400mにものぼる。浸水は堤防のすぐ脇にある道路を飲み込み、久慈川の東側の低地に沿うようにして常陸太田市花房方面へと広がった。
 道路沿いにあった家は次々と150cmを超える高さまで浸水し、国道沿いにある富岡地区集会所では天井まで水に浸かった。

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 その近辺を歩いてみる。

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 河川敷は大規模な整備が進められており、何台もの重機が作業を続けている。というのも、決壊した堤防の修復作業をいままさに終えようとしていた時で、真新しいコンクリートに覆われた白い堤防が保護シートをめくられ、生まれ変わった姿を現そうとしていた。
 堤防の上はまだ歩くことはできなかったが、作業員の方々がせわしなく動いている。取材時は7月、これから本格的な台風シーズンを迎える前の急ピッチな作業だった。

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 決壊した堤防はそのすぐわきを通る国道から容易に覗くことができる。まさに目と鼻の先という距離だ。国道と堤防の間にはわずかばかりの田圃があるだけで、あとは民家が点在している。これらの民家もみな手ひどいダメージを受けている。
 1階部分の壁面はことごとく崩れ、納屋や物置も土台ごと破壊されていた。堤防から流れ出た泥水を正面から受け止めたのであろう。比較的広い崩落個所の場合、水流の勢いは分散するはずで、事実、大子町のような狭い隘路に流れ込んだ浸水とは違って建屋そのものへの攻撃力ではやや劣るかもしれない。
 しかしそれでも眼を覆うには十分すぎる被害であり、国道を歩きながら撮っていても漏れるのは呻き声ばかりで言葉も出ない。

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 2004年に5つの町村が合併してできた常陸大宮市は、広大な面積を持つ一方で人口は4万人ほどだ。民家の多くはまばらに存在し、住宅密集地域はごく少ない。
 常陸大宮市には2つの国管理河川が流れている。市の西側に那珂川、東側に久慈川だ。市全体の面積の約6割が森林である。その森林資源を支えているのがこれら2つの河川であり、両河川が最も近い部分ではその距離は5km程度までに接近している。これほどの規模の河川に挟まれるようにして存在する市は珍しい。それだけに河川の氾濫には敏感な街である。

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 以前の記事では那珂川沿岸の地域と県や国との連携・協議について書いた。その続報ともいえるのだが、ここでは国土交通省が発足させた「緊急治水対策プロジェクト」について触れたい。

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 「緊急治水対策プロジェクト」とは、関連する市町村や国・県が連携して、河川の流域全体で災害防止に取り組み、ハード面・ソフト面ともども一体となった対策を行うプロジェクトだ。2019年の台風19号によってもたらされた、いわゆる「令和元年東日本台風」の被害にあった7河川を中心に、複数のプロジェクトが全国規模で進行している。その中にはもちろんこの「久慈川緊急治水対策プロジェクト」も含まれる。

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 主な方針は以下の3つ。

 ①河道の流下能力の向上・・・(あふれさせない対策)
 ②遊水・貯留機能の確保・向上・・・(計画的に流域に溜める対策)
 ③土地利用・住まい方の工夫・・・(家屋浸水を発生させない対策)

 これら3つの「多重防御治水」により、社会経済被害の最小化を目指す、としている。

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 この中で特に注目したいのが②で、流域の貯留機能として「霞提」の整備を挙げている。

 霞提の定義は土木用語なので難しいのだが、単純に言えば堤防を完全にブロックするのではなく、氾濫が予測される場所にあらかじめ切れ目のような箇所を作っておき、氾濫時にはそこから緩やかに溢れさせて洪水の被害地域を限定させようという仕組みである。釜無川の「信玄提」や石川県の手取川が有名だ。
 古くからある工法ではあるが、ある程度の被害を前提としているので、土地所有の権利が拡大された近現代では敬遠されていた。だがここにきて改めてその有用性が注目され、にわかに脚光を浴びている。

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 もちろん起死回生の夢のような工法ではなく、施工には勾配の緩さなどそれなりに地理的条件は必要なようだ。しかし、緩衝地帯としての霞提や遊水池の整備は、ハード面での「難攻不落」を目指すような自然とのいたちごっこは回避することができる。

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 本来、自然とは利用するもので、対抗すべきものではない。しかし、近現代における治水・利水・洪水・津波対策はハード面の整備に終始し、「ゼロ災害」が神話のようになってしまった。戦国の時代からある霞提という工法からもわかる通り、古来日本では自然の脅威をいなす形で災害とともに共存していたのではないか。
 それが自然を完全にコントロールできるという、傲慢な誤解へと変わり始めたのはいったいいつからだろう。

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 この台風被害からはや2年が経とうとしている。我々はここから学べるだろうか。10年前の福島からいまだ学べていない我々は。

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 蛇足ではあるが、国土交通省の発表によると「緊急治水対策プロジェクト」は5~10年の計画であり、令和6年までに各地域の河川整備等を実施する見込みである。その総予算は4,213億円。そのうち久慈川のプロジェクトに割かれる予算はその約5分の1の855億円である。

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