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歯磨きをしながらどこまで行けるのか

今日は快晴です。
歯磨きをしながらどこまで行けるか気になったので行けるところまで行きました。ノーメイク、スウェット着、眼鏡のままする歯磨きというのはもっとも歯磨きらしい歯磨きで気持ちのいい行為です。このままどこまでも行けるとしたら最高です。

まずは郵便受け。余裕で行けましたが、これは郵便物を取るという明確な目的がある以上、「行く」というより「ちょっと出てまた戻ってくる」場所なので余裕で当然です。

次にエントランスの木陰。うちのアパートには日に焼けてペンキがバリバリに割れているボロ椅子がなぜか置いてあるのですが、これも余裕でした。郵便物を取った流れで少し歩き回った程度の距離感だからです。

それから自転車置き場。さすがに自転車に乗るとなると意思を持って遠出することになるため、どうも歯磨きをしながらいるというのは考えづらい。しかし、これも先ほどの「少し歩き回った」理論で私をたしなめることで難なくクリアできました。だんだん自宅が拡張されてきました。
そう、歯磨きをしながらどこまでも行くというのは、自宅、すなわち安心なスペースを拡張するという営みなのです。

まだ行けるなと思ったのでアパートの敷地を超えることにしたところで、
危ない!人がいる!!
道路に面したゴミ捨て場の前に出ると自転車に乗ったオバチャンがシャーっと通り過ぎました。慌てて後ろを向いたことで事なきを得ましたが、土曜日の朝10時台というのは存外人通りが多いのです。
残念ながら、他人に見られることで「拡張されたウチ」で歯磨きをしていたはすが途端に「外」で歯磨きをしていることになってしまいます。こちらも外で歯磨きをするほど非常識な人間ではありません。

仕方がないので、どう考えても人通りが少なそうな路地へ行くことにしました。あ、もちろん自宅の鍵はかけていません。鍵をかけてしまうと、これが「外出」になってしまい、「少し歩き回った」理論が適用できなくなるからです。他人だけでなく自分も見ているのです。

さて、選んだのは質屋の看板がある路地です。マジで人がいません。質屋といっても繁華街の端っこにあるエルメスとかヴィトンがショーケースに陳列されているびかびかのやつではなく、民家です。
一階建ての古い小さな建物であるにもかかわらずどっしりした存在感があります。立派な建物というのは時間が経つごとに威厳が出てくるから不思議です。しかし「警察巡回中」とか「犬」とかいうシールが貼ってある家ってどうも物々しくていやですね。狂犬病の予防接種を打ったとて、ですよ。チワワやポメラニアンではなく「噛む犬」がいるというのが冷静に考えて怖いです。
宮沢賢治も実家がこんなだったら逃げ出して詩人になっちゃうよなと思い、すっかり安心な気分ではなくなってしまいました。
というか唾液が出てきすぎてそろそろ吐き出したい。

しかし、成人した女性が路地で泡交じりの唾液を吐いているのはいくらなんでも情けないし、しかもここが噛む犬がいる家の前というのがおっかない。
はぁ、焦れば焦るほど早く洗面所に戻りたい…。なんでこんな遠くまで来てしまったんでしょうか。

小走りで自宅に戻って無事うがいができた後、すぐに吐き出せることが分かってないとやっぱ厳しいなと気づきました。
仮に街全体を「拡張した自宅」にしたところで、そこに洗面台がないとまったく意味がなかったのです。道に誰もいなくても、鍵をかけずに少し歩き回っているだけだったとしても、ここで唾液を吐けないというモラルが働く限りそれは「外」でした。残念。

歯磨きをしながらどこまで行けるかというと、エントランスが限界です。

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