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桐壺登場 その九 春は東、平安人、宇宙論を語る

その九 春は東、平安人、宇宙論を語る

 ところで御子のことは分かったけど、どうして皇太子のことを春宮というの?皇太子と春宮、何が違うの?と、モヤモヤのあなた、ついでにスッキリさせましょう。
 ズバリ、何も違いません。
 皇太子とは皇嗣。皇位継承権第一位の皇子のことです。
 春宮というのは皇太子の宮殿のことで、転じて皇太子のことです。
 それだけです。

 ちなみにこの『桐壺登場』の作中で私、桐壺更衣が「皇太子様」と呼んでいるのは先帝の日嗣の御子のことですが、皆様ご承知のように、この御方は『源氏物語』には登場しません。
 でも私、桐壺更衣が一人称で語るとなると、どうしてもこの御方、出て来ざるを得ないのです。すると非常にややこしい話になってしまいます。ただでさえ源氏、人物の呼び名、マイナースイングなのに…。
 それで「かつての御代」と「今」を区別して、「皇太子」と「春宮」という風に、私、使い分けています。「世界はガラッと変わってしまったのよ、あの黒いあれのせいでね」という演出も兼ねて…ということにして。
 なので、これを読んでくれている心麗しい皆さん、その辺の事情も合わせてよろしくお願いします。

 で、話戻って、春宮、その由来は古代中国です。皇太子の宮殿が皇居から見て東にあったから、東宮というわけです。
 東宮?春宮?
 それは陰陽五行説で東は春だからです。

 陰陽説というのは宇宙論のことです。あの有名な伏義が作ったらしいです。伏義は女媧とともに蛇神人首の姿で描かれております。まさに陰陽!
 その宇宙論に五行説がくっついた!これは夏の創始者、禹の技術革新です!ぶっ飛び宇宙論が新体系導入でより扱い易くなった!
 …かどうかは知らないが、平安の私たち、宇宙論といえばこっちの陰陽五行説を指します。
 五行とは木火土金水です。それぞれに季節、方角、色彩、五官、神獣などがあり、ざっくり、以下のようになります。

 木は、春、東、青、目、青龍。
 火は、夏、南、赤、舌、朱雀。
 土は、土用、中央、黃、口、麒麟。
 金は、秋、西、白、鼻、白虎。
 水は、冬、北、黒、耳、玄武。

 ほら、春は東、でしょ。

 この陰陽五行説、私たちの生活に欠かせないものなんです。もともと中国産のこの技術体系、日本に入ってきて、さらに独自に発展したものなんですが、私たちの日常生活はもとより、国家機関においても優れた技能集団が天文と暦、時と場を司り、吉凶を占い、禊や祓を行っているのです。
 このようにあなた方の社会が電気や電波に晒されているように、私たちの社会は陰陽五行説という最先端科学技術に晒されています。あなた方が電気や電波に晒されて精神に異常をきたしているように、私たちは陰陽五行説に晒されて精神に異常をきたしています。
 そうして私たちは歌を歌います。それをあなた方は文学と言うのでしょう。だから普遍的な価値を獲得した歌を古典文学と称しているのでしょう。私たちに文学というくくりはありません。でもそれを可能にしたのは、時空を超えて保存し、伝達することが可能な書き言葉、文字の特質のおかげなのですね。
 また私たちは音曲を奏でます。あなた方が私たちの歌を文学と言うのなら、私たちが楽器を奏でるのも紛れもなく文学です。その音色が保存されなかったのは残念です。いえ、むしろ幸いであったのかも。いつの日か、あなた方の最先端科学技術がその数値を見つけ出したならば、あなた方はその振動をも文学と呼ぶのでしょうから。そして学問の名のもとに品詞分解するのでしょうから。
 そうやって陰陽五行説はというと、電信柱と電線と電灯と文明開化に追いやられて居場所を失っていくのかというと、そうではないでしょう。情報と信号と回線網に追いやられて息絶えてしまうのかというと、そうではないでしょう。探してみてください。生きています。そうやって生きているのはもしかしたら、近い将来、その活躍が約束されているからなのかもしれません。私のような物が言うのもなんですが、おそらく、電磁気力と霊力は同じものです。

 さて、あなた方と同じように私の子にも国に記録された正式な名前があるのですが、「名には呪力が込められている」と有名な陰陽師が真面目に言うので、ここではあなた方にお馴染みの「光る君」という名で語っていこうと思います。


 
 

 


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