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桐壺登場 その十一 弘徽殿登場、悲しき覚悟を語る

その十一 弘徽殿登場、悲しき覚悟を語る

 儀式が終わりました。何だかとても疲れました。これよりは饗宴。二次会です。帝も光る君もこういうの、意外と好きなのよね。私は局の桐壺へと下がります。
 ずずず、ずずず。
 桐壺、遠いです。
 ずずす、ずずず。
 ず。
 その長い廊下に不意に現れた女人がございました。取り巻きを幾重にも従えて立ちはだかります。お姿を拝見するのは初めてです。でも分かりました。ああ、思った通りのお方です。それにそのご衣装の着こなしといったら…その時、風が吹いて…。
 弘徽殿女御。
 挨拶しなくちゃ。でも言葉が出ない。出てくるのは頓珍漢な社交辞令。
「本日はありがとうございました」
言ってから後悔します。ああ、しまったぁ、失敗したぁ。しかし弘徽殿女御はそんな些細なこと、一向に気にしませんでした。そして私に向かって何やら情熱的なお言葉をかけて下さいました。

「良いことを教えて差し上げましょう。
 あなたの入内を彼に勧めたのは私。簡単だったわ。春宮妃にと望まれていながら政権争いに敗れて死んだ大納言の娘ですよって言ったら彼、興味津々で、是非に、ですって。それからはトントン拍子。
 何故かって?必要だったからよ、あなたが。あなたのようなみんなの敵が。あなたがいなかったら私が非難の的だったでしょうね。自分でも分かってます。ありえないって。でもあなたのお陰で多くの支持を得ることができました。自分でも不思議なくらい。本当に世の中って不思議よね。あなたもそう思うでしょ?
 もっと教えてあげましょうか?あなたに意地悪するようにみんなの裏で糸を引いていたのも私。楽しかったわ。それで私、みんなと仲良くなれたのよ。ねえ、皆さん。
 何故って?彼が喜ぶからよ。決まってるじゃない。決してあなたのことが嫌いだからじゃないのよ。この私がそんなつまらないことするわけないじゃない。分かるでしょ。彼も知ってるわよ、私がやったこと。全部。知ってて何も言わないの。見て見ぬふりなの。そして心の中でこう言ってくれてるの。よくやったって。さすがだって。もっとやれって。
 あ、誤解しないで。私も言われてやったわけじゃないから。えっ?何で分かるかって?だって私たちは同志だから!…あの人、得意げに桐壺まで歩いて行ったんだってね。笑えるじゃない。そういう男なのよ。あの男は。
 そうそう、あなたは何かって言うと、本当は皇太子妃だとか、中宮だとか、国母だとか、そういう妄想を鼻にかけて傲慢だって彼が言ってたわよ。その傲慢が哀れで切なくって、とてもいいんだってさ。
 あら、どうしたの、そんな顔して。みんな言ってるわよ、嫌な女だって。非常識だって。気持ち悪いって。
 あら、ごめんなさい、本当に何も知らなかったのね、可哀想に。くくく。
 あなた、袴着が盛大だからって、もしかして、中宮に、なんて思ったら大間違いよ。御子が光るように美しい、なんて言われて調子に乗ってたら大間違いよ。中宮は私。春宮は私の子。決まってるの、最初から!
 あのねぇ、みんなが光る君だなんてとってつけたように呼ぶのはねぇ、痛々しいからなの。憐れんでるからなの。だってどうあったって春宮になんかなれないんだから。だからみんな腫れ物に触るようにそう呼ぶの。光るように美しい光る君って。まあ、厄除けなのよね、こんな世の中だからさ。結局みんな、自分が一番なのよ。
 うふふ。光る君、だってさ。大してそうでもないのにさ。
 それをさせたのはあなたよ!お疲れ様!
 で、役に立ってもらって何なんだけどさ、あなた、何しに来たの?確かに私は私の都合であなたの入内を勧めました。で、あなたは何しにここへ来たの?みんな必死なのよ、家の命運、背負ってるのよ、真剣なのよ、遊びじゃないのよ。それとも何?遊び?あなた、遊びなの?だったら消えてくれる?さっさと消えてくれる?みんな、言ってるわよ、あの人、何でここにいるのって、御寵愛なんてありえないって。言ってる意味、分かる?ホンっと、ムカつく!
 言うことは全部言ったかしら。さあ、皆さん、参りましょう」


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