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押入れのなか

・ホラーです。怖いの苦手な方はご遠慮ください。とはいえそんな怖いお話しでもないかもしれません。「カクヨム」の自主企画に参加したときのものです。


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「だれ、か・・ここ、あ・け・・
 ね・え、だ・れ・か・こ・こ・」
 どこからか声がする。

 夢の中で私はそれを聞いていた。
 
 連日の超過勤務あけの引っ越しで疲れ果てて眠っていた私をその声が揺り動かす。
 でも私はこれは夢なのだとそのままやり過ごした。
 そのうち聞こえなくなるだろう。とにかくもう少し眠りたい。
 外は雨のようだ。どこからか雨音もする。

「だれか、ここを開けて・・・ねえ、だれか、ここを開けてよ・・・」
 今度ははっきり耳に届いた。と同時に押入れをほとほと叩く音までする。

「もう、なに、なんなのよ」
 部屋の中は運び入れた段ボール箱が開けられずそのままだった。
 朝になったら片付けようと思っていた。避けるように布団を敷いて寝ていたのだが伸びをすると手足が箱にあたる。
 

 社員寮が突然閉鎖になり慌てて借りたこのアパートは、古くて格安だったにも関わらず六畳と四畳半の二間で住み心地が良さそうだった。
 押入れは今寝ている六畳にある。
 
 一瞬にして目がさめた。
 押入れの戸を中から叩く音がする。
「だ、だれ、」ちらりと目をやった時計はまだ夜中の二時。

 電気だけは使えるようにしてあったから点けたままだった。
 灯りがついているというのはほんの少し気を落ち着かせてくれる。
 それでも身構え「だれっ」強い口調で声を上げた。
 押入れの中で身じろぎした気配があった。

「ねえ、ここを、開けてよ。お願い、ここを開けて」女の声だ。
 私は起き上がって枕元のスマホを操作する。

 借りることになった部屋にだれかいる。
 確か管理人は階下にいるといってた。電話しなくてはと思ったのだ。

「開けてっていってるでしょ、」
 画面が通話になった途端手元から声が飛び出した。
「ひっ、」スマホを落とした。
 
 立ち上がろうとしたが腰が抜けて立ち上がれない。
 なんとか布団を抜け出し段ボール箱をよけて這うように玄関へ向かう。
 後ろでごとごと音がする。
 
 這ったまま振り返えると押入れの戸が開いていくのが見えた。
 黒い塊が隙間からどろりと部屋へ流れ出てくる。
 中から白い手が伸びてきた。長い髪も。
 私は動けずにいた。声も出せない。
 
 こちらへ女が這いよってくる。
 次第に近づきとうとう足元までやってきた。
 女の手が私の足に触れた。
 途端に目の前が真っ暗になった。
 

 事故物件だったなんて誰も教えてくれなかった。
 さっきからぼそぼそ管理人の話し声がしている。

「ええそれでもいいんです。とっても格安だし。なんてことないですよ」
 と誰かがが応えている。女のようだ。

 私は暗い闇の中でそれを聞いていた。
 どうやら押入れの中のようだった。

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