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❄ left behind in winter❄

あれからもう、2年。
何も変わらず2年経った。
あの時の時間がこんなに奇跡のようになるなんて
その時の自分はわからなかった。
来年もきっとあるんだと
当たり前に思っていたのに。
そして約1年半の義務へ送り出すのも
もう少し、側で送り出すはずだったのに。

私は、今もあの冬に留まったまま
2度めの冬を迎えている。

思い通りにならなかった身体は
少しずつだけど逃げる術を覚えて
悲観的にしか思えなかった絶望は
少しずつだけどそれでも希望を持つことを思い出して
ふわりとこの世を生きてる。

2年前。本格的にEXOにハマってから
翌年の11月に韓国に行こうと計画していて
更に前に作っておいたパスポートを使うのを楽しみにしてて。
どうやってどこを回ろうか
初めてで全部回るのは難しいから地域で絞り込んで
このあたりに宿を取ったら動きやすいかな...なんて
考えてたけど
今も世間情勢的にも自分の金銭状況的にも
叶えられずこの計画は止まったままだ。

そうこうしていたら行きたかった場所がなくなったり
どんどん悪化して行くこの世に
好転しないこの世に
悲観的未来しか見えなくなってきている。


2年前。私は心身という心身すべてがボロボロの状態で
EXOに逢いにいきました。

あの当時、生きることさえ辛かった。
昔からその時その時好きなジャンルは違ったけど
好きな音楽が生きがいだったのに
その音楽に、音というすべての音に苦しめられて
毎日泣いてばかりで、大好きなことをまともに楽しめないなら
いっそ消えたほうがマシだと何度も思って
住んでいる3階の家の窓から飛び下りてしまおうかと
家の近くの大通に赤信号で飛び出してしまおうかと
色々考えては怖くてただそれを想像するだけで
まともに眠れず悪い夢を見ては夜中に何度も目覚めて
たまに泣きながら目覚めて。
そんな風に1日を消化して。
日付が超えたらまた1日が消えたと少し安堵して。

そんな風に生きることを消化していた日々を
あの1日が、2019年12月20日が変えてくれた。
この日がなかったらきっと私は
今も笑っていないし、今より家族にも負担や心配をかけていたと思うし
きっとここにはもういなかったと思う。
親友が結婚して幸せになった姿を見届けることも
年々穏やかに過ごす両親の姿を見守ることも
できずに終えていたと思う。

それだけ、命がけだったからこそ
今も私はあの日から動けずにいる。

それまでは毎年何かしらコンサートのために
あちこち飛行機に乗って旅行したり
友達とお互いにあちこち行き来したりしていて
それが日常で、毎年の恒例で
特に毎年似たような時期にコンサートがあるから
11月頭は必ず休みもらって東京行って。
1番1年で行き来したときは、6月横浜、10月札幌、11月東京でコンサートに行ってた。

そんな日常の最後が2019年12月20日。
そしてその日に会場で個人的に心に約束した。
「来年逢えたらありがとうって伝えよう」と。

あの日、会場についてしばらく
何なら会場に向かうシャトルバスの中でさえ
不安や恐怖のほうが大きくて。
本当にここにいていいのだろうかと
こんなところに来ている場合じゃないのに
どれだけ自分は弱くて脆くて甘ったれたゴミのような人間なのかと
肩身も狭く罪悪感や劣等感が渦巻いて身体を侵食するから
逆らうように楽しみに思おうとして
どうせもう来ちゃったんだから楽しくしなきゃ損だなって
侵食する黒い感情を少しでも押し込めようとした。

会場に入って席についてもまだ現実感がなくて
ふわふわしながらお母さんと連絡取ってて。
始まってからも最初は実感がなくてぼんやりしていたんだ。
だけど時間が進んでいくに連れて
「私生きるために意地になってここに来たんだ」って気づいて。
あれだけ捨てようとしていた人生のはずなのに
まだ、生きていたかったんだなってやっと気づいたの。
EXOに会いに来たおかげで。

音が、うまく聞こえなくて悔しくて
あんなにみんな歌がうまいのにそれを100%で聴けないのが本当に悔しくて
「絶対次は100%楽しめる状態でここに来る」と決心した。
クリスマスシーズンだからとスホが提案した
バラッバラに歌い出すクリスマスソングに笑いながらも暖かさに泣いて
ヒット曲で盛り上がっていても楽しい曲のときもPowerとかあの辺りでも
笑ってるのにずっと涙を流し続けてた。

久しぶりに楽しさを感じていたこと
何も気にせず笑っている自分がいたこと
その瞬間をEXOと過ごしていたこと
全てに感謝したし、
両親が何も言わず送り出してくれたこと
そしてここまで来る運命を導いてくれた神様に
全てに感謝した。

思い入れという言葉には入り切らない
人生を変えてくれた1日だからこそ
その1日に対してお礼をしないといけないのに
その日が来ずに推しは兵役がスタートし
コンサートはおろか親友にも親にも思うように逢えない日々が
今も変わらず続いていて
あの日の感謝をどうしたらいいのか伝えられずにいて
あの日からどこか止まったままの自分がいる。

今年、フィルムコンサートがあったとき
EXO-L JAPANに入会して札幌昼夜2日間全通したとき
終わってオンラインアンケートに4回答えられたから
そのうちの1回でやっとそのときに事を言葉にして公式に伝えた。
それがどう集計されているかはわからないけど
言葉にしたことで少しでもEXOにありがとうが伝わっていたらいいなと思っている。

だけどやっぱり、直接声で声援という形で伝えないと
なんとなく自分の気がすまなくて、
ずっと心にそのもどかしさを抱えて過ごしている。

今は軍白期でオフラインイベントが復活しても
国内外の行き来が緩和されたとしても
まだ揃って活動できないだろうから、もう少し時間がかかりそうだけど
必ず次回のコンサートでありがとうを伝えたいから
自分なりに必死に、でも時々緩めに生きていこうと思う。
あんなに一生懸命寝る間も惜しんで生きているような子たちなのに
疲れた時は休んでいいと言って
少し働いてお金はたくさんもらって好きなことに使ってと言って
時代は財テクだと財テクを進める超現実主義だけど
そこに優しさと暖かさを感じて
トップアイドルなのにどこか身近で友達とかお兄ちゃんとかそんな感じの感覚になる存在。
遠いはずの身近な存在。
そんなみんなに早く会いたいし、声援を送りたいから
早く雪が溶けて、この長い“冬”が終わって
また走り回って一緒に歌って叫んで笑って
その時に「ありがとう」を伝えたら
私もまた更に歩き出せるかなと思って
緩くでもお金はきっちり稼いで、みんなに使えるように
ふわりと生きていくね。


EXOに出会えた奇跡があったから
今こうして生きている、その感謝が
どこかでEXOのみんなに届いていますように😺🐰🦄🐶🦕🐯🐧🐻🐣