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「転職して良かった?」卒業生に直球質問。「モトヤフ」メンバーのいま

こんにちは。ヤフーのオープンコラボレーションスペース「LODGE」です。

ヤフーには、過去にヤフーに在籍していた方と現役社員、また、在籍していた方同士をつなぐ「モトヤフ」という組織があり、約1,500人が参加しています。

7月8日、「あのモトヤフは今!?  OBメンバー近況報告会 」と称してオンラインイベントを開催しました。

・今どんなことにチャレンジしているのか
・ヤフーから転職した後に感じたこと
・改めてキャリアについて考えたこと
について、LT(ライトニングトーク)と「コミュニティ活動」をテーマとしたパネルトークを開催しました。

登壇者:
磯野篤紀氏(株式会社はてな)
岡田信夫氏(Amazon Web Services Japan)
辻陽平氏(Chatwork株式会社)
一円真治氏(freee株式会社)
Kim HyunMin氏(PayPay株式会社)
中川雅史(ヤフー株式会社:モデレーター)

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モデレーターを務めるのは、ヤフー株式会社コラボレーション推進部「LODGE」所属で「Mix Leap」(※)の発起人でもある中川雅史です。

Mix Leap:
ヤフー大阪が中心となり、各種勉強会やセミナーなどを通じて関西におけるオープンコラボレーションを支援する組織。
https://yahoo-osaka.connpass.com/

常に未熟で伸び代だらけの自分。死ぬまで成長し続けたい

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LTのトップバッターは、2020年11月に株式会社はてなへ転職した磯野篤紀さん。

地図をつくるアルプス社に所属していた磯野さんは、ヤフーとの吸収合併後はYahoo!地図や人事の仕事に携わり、合計12年半在籍されていました。はてなでも引き続き人事を担当しており、給与計算から人材育成、研修や組織開発など多忙な毎日だといいます。

長く在籍したヤフーを離れた理由について、磯野さんは以下のように語っていました。

磯野さん:
40歳を超えたあたりから後半の社会人人生、後半の人生をどう過ごすか、考えるようになってきたんです。

自分は死ぬまで成長し続けたいという欲求があり、さらにブーストをかけた非連続な成長をするにはどうしたらいいかと考えました。その結果、環境を変える選択をしました。

自分は常に未熟で伸び代だらけだと思っています。何の根拠もないのですが、おっさんになっても老人になっても、死ぬまで成長できると信じています。

「少にして学べば則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば則ち老いて衰えず。老いて学べば則ち死して朽ちず」は私の好きな格言です。

青年時代学べば、働き盛りの年になってなすことがある。働き盛りの時代に学べば、老年になっても気力が衰えない。老年時代にさらに学べば死んでもその人望は朽ちない。……これを目指し、ずっと学び続け、成長し続けたいと思っています。

AWSへ転職。聞き慣れない「ソリューションアーキテクト」のお仕事とは

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続いての登壇者は、Amazon Web Services Japanの岡田信夫さん。同社は「AWS」という略称でもおなじみの、Amazonが誇るプラットフォームテクノロジーを駆使した事業を展開する会社です。

岡田さんの肩書は「ソリューションアーキテクト」。顧客の実現したいことやビジネスを技術的な側面から支援するエンジニアといった役割だそう。

ヤフー時代は、Yahoo!カレンダーにてバックエンドエンジニアを担当していた岡田さん。転職後は、コードをバリバリ書くような立場から少し距離を置いたと言います。

岡田さん:
ソフトエンジニアからソリューションアーキテクト(SA)に転身しましたが、実際に今もコードは書いています。技術の幅であったり、深さは問われてきます。

顧客につくSAはわりと少人数で、場合によっては一人というケースも多く、インフラからデータベースアプリケーションまで幅広く請け負うことになります。幅広い役割をさらに掘り下げていくのは、非常に面白いなと思っています。

技術だけでなく、ビジネスも見ながら支援する面白さは、違うロールに変わったからこそ感じられているかなと思います。

先を考えすぎない。「今やりたいことをやろう」から決断

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3人目に登壇したのは、Chatwork株式会社でアプリケーションエンジニアとして活躍する辻陽平さん。

近年急激に利用者を増やしている同社サービスにおいて、安定稼働のための根本的な設計の見直しを担当しているそうです。

ヤフー在籍時は、あらゆるサービスの基礎となるプラットフォームの開発、運用を担当していた辻さん。大きなやりがいを持って日々業務に取り組んでいたそうですが、「ある思い」から転職を決めたと言います。

辻さん:
「今やりたいことをやろう」と、転職する判断をしました。もうちょっとユーザーに近いところで開発をしたいという思いがあったのです。

ヤフーはユーザーも多くサービスの規模も大きい。そういった舞台でサービスの開発にチャレンジしていたのですが、自分にとっては少し遠回りになってしまっているなと思うときがありまして、今やりたいことに集中したほうがいいのかなと。

「今はここで頑張って、その次あれを」と先を計算するよりも、今やりたいことを一生懸命やったほうがいいんじゃないかなと思いまして。もちろんヤフーでもそれができなかったわけではないのですが、いろいろと考慮をした結果、転職を選んだ感じです。

きっかけは地方への移住。「IT業界は東京」を覆した考え方とは

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愛知県から登壇したのは一円真治さん。大学時代から興味があった位置情報の知識を生かし、新卒でヤフー入社後には地図サービスなどの開発を担当されていました。

そんな一円さんの転機となったのは、今もっともホットなテーマと言える「地方への移住」でした。

一円さん:
ヤフーで名古屋オフィス配属になった頃、業界的にも東京で働くイメージが強く、「技術コミュニティも含めた東京とのつながりが絶えてしまわないか」とかなり悩みました。

それでも転勤を決めたきっかけは、『名古屋でも技術イベントなどの情報交換できる場をつくれればいいのでは』と考えられるようになったことです。

転職したfreeeは「スモールビジネスを世界の主役に」というミッション、個人事業や中小企業の人々がビジネスを育てることが魅力的になる世界をつくるというミッションを掲げています。

地方のスモールビジネスが活気づけば地方経済も発展していくのでは?と考え、freeeに挑戦しました。

分かっているようでちょっと不安。「UXデザイナーとは」

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LT最後の登壇者は、PayPay株式会社で「Experience Designer」の肩書を持つKim HyunMinさん。

韓国でモーションデザインやインタラクションデザインの講師を経た後、軍隊入隊中にWebと映像デザインを学んだというエネルギッシュなKimさんは、勢いそのままに来日。働きながら大学に通い、ヤフーに入社後はYahoo!地図やYahoo!カレンダーなどを担当されていました。

Mix Leapのロゴデザインも担当されたKimさんは、分かっているようで難しい「UXデザイナー」について語りました。

Kimさん:
UXデザイナーは「サブPM(プロダクトマネージャー)」であり、単純に言われたデザインをするのではなく、プロジェクトが良い方向に流れるようにPMと一体になって進行すべきと思っております。

これは簡単に見えるかもしれませんが、実は難しいスキルです。チームメンバーを引っ張り、共通認識をつくることが必要です。UXの深い知識も必要ですし、一緒に課題を見つけて定義しないといけません。

UXデザイナーの道を歩みたい、リサーチをどんな風にスタートすればいいか分からないなどあれば、ぜひ呼んでください。僕はUXという分野がとても重要だと思っていて、企業はUXデザイナーだけではなく、デザイナー自体をすごく大切にすべきだと考えています。

さまざまな境遇・視点から語られる「転職してどう?」のホンネ

LTの後は、登壇者によるパネルトーク。転職のきっかけや現職でのやりがいについて、さらに深い話が繰り広げられました。

↓ 後編へ続きます