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[V系SF] 河野咲子「窓だらけの寝室」(書き下ろし新作)

ロカスト編集部の河野咲子が、猿場つかさとともにパーソナリティを務める第6期ダールグレンラジオ。「ゲンロンSF創作講座」の提出作を批評するラジオ番組であるにもかかわらず、SF作家・樋口恭介およびロカスト編集長・伏見瞬をゲストに迎えたトークから派生して講座とは無関係に独自の「V系SF」企画がスタートしてしまい、応募作のなかから受賞作が選出された。

ロカストプラスでは、本企画と関連して受賞作のうち2作品および河野咲子の書き下ろし作品を配信する。


本ページにて配信する河野咲子「窓だらけの寝室」は、本企画に合わせてPlastic Tree『Puppet Show』に収録された楽曲「monophobia」を参照して書き下ろした散文。曲中に現れるいくつかの単語およびイメージを起点とした自動記述/automatismにより執筆された。

楽曲タイトルのmonophobia〈孤独恐怖症〉とは、一人でいることに極度の苦痛をおぼえる精神的症状を指すものと思われる。「空が晴れてたからみんな居なくなった」「わがままだった僕は、おいてけぼり」と歌詞は始まり、「陽が差したら僕の目がつぶれるから」——「つぶれた」と終わる。部屋のなかの「僕」は孤独を嫌悪しているが、晴れているのでみんなは部屋の外に出かけてしまった。しかし「僕」の目は「陽が差したら」つぶれてしまうので外に出ることができない——だが結局(孤独に耐えかねて外に出てしまい)「僕」の目が「つぶれた」といった展開を歌詞からは読み取ることができ、「窓だらけの寝室」の構成もそうした流れとおおむね一致している。

〈窓だらけの寝室〉とは、光と孤独とを同時におそれる「ぼく」の眼のかわりに眠りなき夢をまなざしつづけるための言語空間である。部屋のなかには過去の記憶が限りなく堆積し、窓の外あるいはタブローには禁じられた誘惑が満ち、それらを止めどなく記述する「ぼく」の言葉はやがて文法規則すら失いながら、部屋・身体・感官もろとも瓦解してゆく。

眠りなき夢を見ること——シュルレアリスムの自動記述は無意識の底を浚えてテクストを〈私〉の外部へ連れ去ることを試みたが、それはしばしば書き手に危険な状態をもたらした。アナクロニックな遊戯。ただ目の前にノートを広げ、書くことをなにも決めずに、可能な限りの速度でひたすら言葉を書き連ねること。筆記のスピードを極限まで上げると詩人たちは幻覚を見、あるいは死への——向こう側への衝動をいだきはじめる。実験をつづけるうちに、アンドレ・ブルトンはまさしく「窓」の外へと飛び降りたくなったと言われているが——


窓だらけの寝室

河野咲子

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