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日本経済復活の必要性と可能性【明治大学・平口良司教授寄稿】


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低迷する日本経済の中で、あえて成長をしなくてもいいのではという「脱成長論」を唱える人々もいます。しかし「脱成長」では、今の水準の暮らしすら保てなくなるーー明治大学の平口良司教授に「経済成長の必要性」についてローカルツーリズムマガジンに特別寄稿いただきました。

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経済成長に否定的な「脱成長論」が近年日本で話題となっている。果たして日本経済は「脱」成長してよいものであろうか? また、バブル崩壊後苦難の道のりを辿っている日本経済が、再び成長することはそもそも可能なのであろうか? 以下では日本の経済成長の必要性と可能性について論じたい。

日本経済の低迷

日本経済の停滞が指摘されるようになって久しい。下の図は、主要先進5か国のGDPの推移を、2001年の値を100として示したものである。この図によれば、ここ20年でアメリカは40%近く、ほかの国も20%以上GDPを増やしているのにも関わらず、日本はわずか10%しか増やしていない。日本経済の低迷は際立っている。

図1 先進5か国のGDPの推移(2001年: 100)

出典 OECD.Statより筆者作成

日本経済停滞の要因について考える前に、まず経済成長の要因について簡単に説明したい。経済学は、消費といった需要面ではなく、供給面、つまり生産面が長期的な経済成長を決めると考える。消費が景気に及ぼす影響は確かに大きい。

しかし消費のみに頼って経済を成長させることはできない。企業側の生産能力を一切変えずに消費量を増やし続けることはそもそも物理的に困難であり、いずれ品不足になり企業は消費者の注文に対応できなくなる。ある国の経済規模を持続的に拡大させるためには、様々な意味でその国全体の供給力を高めていくよりほかないのである。

企業の売上高が従業員や保有設備、そして企業の持つ技術に依存するのと同様、一国の総生産、つまりGDPの長期的水準は国全体の労働者数(労働力)、設備の量(資本)、そしてその国が持つ技術水準に依存する。経済成長とは、労働力、資本、そして技術水準の3要素が増加して初めて実現できるのである。

近年の日本経済が停滞している理由には様々なものがあるが、要因の一つとして、1990年代前半のバブル崩壊後、日本の企業が設備投資より財務改善に重きを置くようになったことが挙げられる。内閣府提供の統計(「固定資本ストック速報」)によれば、日本の民間企業の設備の規模は、この20年でわずか6%弱しか増えていない。

また、急激な人口減少による労働供給減少も要因の一つであろう。昨年の出生数が80万人以下となったという総務省の調査結果は日本社会に衝撃を与えた。労働も設備も増えない中、日本のGDPが伸びないのはある種必然といえる。

さらには、イノベーションを絶え間なく行い付加価値の高い製品を生み出す、日本経済のけん引役となるような企業や産業が減ったことも低迷の要因であろう。かつて半導体製造などで世界をリードする電機メーカーであった東芝も今は経営悪化に苦しんでいる。中国や韓国など、他の諸国の産業が力をつけてきたことも背景にある。

このように、日本経済の低迷には、労働力、資本、技術の3要素の伸びの弱さがすべてかかわっている。第2次安倍政権におけるアベノミクスなど、歴代政権は日本の経済成長を促すための「成長戦略」を数々実行してきたが、なかなか効果を上げられていないのが実情である。

脱成長論の台頭

このような中、もはや経済成長を目標とするのをやめようと主張する「脱成長」の考えが、メディアにおいてよく聞かれるようになった。日本でこれ以上経済規模を無理に拡大させる必要はなく、別次元の幸福を目指そうとするのが脱成長の考え方といえる。

経済的な豊かさが精神的な幸福にはつながらないという事実は「幸福のパラドックス」といわれ以前よりよく知られている。ただ、脱成長の考え方が以前よりも影響力を持ち始めたのは、やはり日本で経済成長がより困難なものとなってきたことが背景にある。

脱成長論の代表格といえる斎藤幸平氏の「人新生の資本論」(以下、斎藤(2020))は、モノに価格がつき、人々が金儲けを目的として利己的に行動する資本主義経済の下では、地球環境の崩壊が不可避であると論じ、資本主義にかわる幸福で持続的な経済体制として、生産の「共同管理」(斎藤(2020, p.289)を提案している。この管理システムは、物々交換経済に近く、様々な物資を共同保有するコミュニティーとして解釈できる。

確かに斎藤(2020)の主張には一理ある。例えば日本では貧困が深刻化するなか、多くの人々がフードバンクなどを利用するようになった。斎藤(2020)が理想とする物資の無償提供のシステムは、今後の日本社会にとって不可欠な存在になるであろう。

しかし筆者は、それでも日本には経済成長が必要と考える。その一つの理由がグローバル化の進展である。下の図は日本の貿易依存度(輸入÷GDP)の過去約25年の推移を示したものであるが、日本経済が外国製品に依存する傾向が年々高まっていることを示している。一切外国の力を借りず、一国国内で経済活動を完結させることは、もはや大多数の産業において不可能である。

図2 日本の貿易依存度の推移(%)


出所 内閣府 国民経済計算より筆者作成

他の諸外国が経済成長を経験している中、日本だけ成長を諦めた場合、日本の経済力が相対的に落ち、結果為替が急激な円安になるであろう輸入品依存が強まる中、その価格が円安により急増した場合、経済が崩壊する恐れがある。

斎藤(2020)の理想とする物々交換経済においても、輸入品の調達には対価を支払わなくてはならない。輸入医薬品の値段が上がり、富裕層にしか医療を提供できない社会、あるいは原油やLNGの輸入が止まり、電力不足で停電が頻発する社会に日本がなった場合、乳幼児の死亡率が増加し、平均寿命も下落するであろう。そのような社会を幸福とは呼べないのではないか。幸福追求のためにも経済成長は欠かせないものと筆者は考える。

成長の可能性

人口減少下の日本経済を成長させるにはどうしたらよいであろうか。様々なことが考えられるが、まず必要なのは、付加価値つまり値段の高い製品やサービスを生む産業の育成やそのための投資(資本蓄積)であろう。

ここで高付加価値化が可能な産業の例として、観光産業を取り上げる。一般的に、値段の高い製品で商売を成り立たせるには、他の製品と差別化する必要がある。日本の観光資源にはそれぞれ際立つ個性があり、観光サービスの高付加価値化は決して不可能ではないといえる。

今年1月12日、ニューヨークタイムズ電子版は世界で訪れるべき52の場所の一つとして盛岡を選んだ(New York Times (2023))。ただ盛岡と同じような魅力を持ち、まだ外国人に知られていない町はほかに数多くある。日本の観光資源の潜在能力の高さを示す選定であったといえる。国土交通省(2016)が示すように、日本で観光産業がGDPに占める割合は世界平均以下だが、それは同時に日本の観光産業に伸びる余地があることを意味している。

今後の観光産業の発展に関しては、様々な可能性がある。ここでは観光鉄道を例にとって説明したい。JR九州の「ななつ星」に代表されるように、豪華な滞在設備を備えた鉄道車両で各地を周遊する観光が現在人気である。「ななつ星」を含む旅行プランは、普通の鉄道料金よりもはるかに高額であり、その成功は九州の経済に大きな貢献をしているといえる。ただ、このような観光サービスはまだ局所的といえる。

鉄道産業自体の付加価値を高めるには、この観光鉄道サービスにも全国的な広がりが欠かせない。景色を楽しめる路線は九州だけではない。会社の枠を超えた路線の開拓や車両・設備の新設が望まれる。その際、停車駅周辺の観光施設とも連携し、道中で乗客が施設利用や土産物の購入などに支出できる機会があれば、地元の産業にもプラスの効果が生まれるであろう。

設備だけでなく人材についても投資が必要である。例えば様々な国の文化や慣習を理解し、多言語でおもてなしをできる人材の育成ができれば、観光産業はより強固なものとなろう。設備投資や、人材育成投資を持続的に行うことができれば、かならず観光産業は日本経済成長の牽引役になると筆者は考える。

引用文献
国土交通省(2016) 平成28年観光白書(図表II-4)
斎藤幸平(2020)「人新世の資本論」集英社新書
The New York Times電子版(2023) 52 Places to Go in 2023 – 2023年1月12日

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