【失敗を税金でごまかす】次世代医療基盤法(後編)
こんにちは。地方自立ラボ(@LocaLabo)です。
後編ではこの度国会で改正される『次世代医療基盤法改正法案』について見ていきたいと思います。
前編はコチラ。もとの法律の解説と、施行されてから改正に至るまでの経緯を解説しました。
当ブログではこれまでも様々な改正法案について取り上げています。あなたは、法律に対してどんな印象を持っていますか? ルール、取締り、決め事、堅苦しいものの代表格と思っていませんか?
そうですね。難しい言葉で書かれていますし、とっつきにくいものです。しかし法律は気づかぬうちにあなたの生活に組み込まれています。もしかしてあなたは今仕事をしながらこのブログを読んでいますか?一般的な職場では労働環境に関する法律の「労働基準法」が改正されたので、2022年12月からは室内の明るさを300ルクス以上としなければなりません。それ以前は150ルクス以上で大丈夫でした。または「付随的な事務作業」の場合なら150ルクスでも大丈夫です。あっ、ちなみに仕事中にこのブログを読んではいけませんよ。笑
法律は一度作られてもその後の経過によりさらに改変が加えられます。国際的な潮流や時代の変遷に伴い、現在の社会経済情勢に適合させるための見直しを行う必要が生じるからです。照明の明るさについての改正は「社会情勢の変化や照明に関する技術の進歩などを踏まえ」改正されたとのことです。
さらにこれはあまり明確に言われることがないのですが、一度制定した法文に不備があったり、法的制度の導入による効果が少なかったりする場合にも改正されると思います。法律を作るのは基本的に官僚ですから、決して自分の書いた(もしくは先輩や上司の書いた)条文に間違いがあったなどとは口にできないとは思いますのでこういった事ははっきりと裏付けが取れるものではありません。
『次世代医療基盤法』は正式名称を『医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律』と言いました。この法律は「医療基盤」という言葉が使われているので、「医療に関する土台」に関することとは何だろう?という疑問がわいてくると思います。医療用機械とか知識、技能、技術といった内容なのかなあ、とか思ったりします。しかし【前編】で一緒に見てきたように、医療制度の中にある個人情報の保護に関連する機微情報の取扱いに関する制度設計でした。私の考えでは、今回の改正の理由は法律そのものの意義に不備があったとことによる改正としか考えられません。以下、その観点から改正法案について考えていくことにします。
これまでのブログをお読みになっていたあなたにはお分かりだと思いますが、当ブログが行っている手法は、新旧対照表を読み込み、改変、新設された条項に着目して改正目的を推測する方法で改正理由に切り込んでいくといったものでした。変化があった部分の下敷きは官僚が作成しますが、審議会や検討会といった有識者を集めて議論していく過程で内容が確定されていきます。そのため、会議ではその内容の是非を確認し、概ね問題がなければその案が採用されるということになります。有識者からの意見で不足する部分の説明が付け加わることが多いと思います。今回も前回までの方法を踏襲し、改正部分を読み解くことからはじめたいと思います。
国会に提出された法案の新旧対照表を確認してみましょう。主要な改正部分は次の通りです。
この新設部分から「仮名加工医療情報」というものを法律に組み込む必要があるため改正に至ったということが大きな理由と考えられます。ではこの「仮名加工」とはどのようなものでしょうか。
実は「仮名加工」情報は本法律の改正以前にすでに個人情報保護法の中で運用が開始されていました。これは令和4年に個人情報保護法(以後「個情法」という)の改正に伴い採用された言葉です。「個情法」においては「仮名加工情報」とされています。一般的な言葉の定義に関することとして説明を簡略化してしまいます。
「匿名加工情報」は特定の個人「あなた」を識別できない状態に加工した情報ですが、「仮名加工情報」は他の情報と照らし合わせる事で特定の個人「あなた」を特定できる情報となります。
その他に仮名加工医療情報作成事業者の要件や取り組まねばならないセキュリティ対策などといった規定も設けられていますが、本ブログの主旨に関連性が低いため割愛します。本ブログでは次世代医療基盤法自体の存続を否定していますので、事務的な規定については触れる必要がないと判断したためです。さらにナショナルデータベースとの連結という機能も法的に整備されますが、匿名加工医療情報や仮名加工医療情報に基づくデータの価値に問題があると考えるため、その点にも触れていません。
「個情法」の改正を受けて医療分野、特に今回の『次世代医療基盤法改正法案」に対して「仮名加工医療情報」を用いていくことなどを検討する会議が令和4年3月23日に始まりました。ここから検討会資料を複数引用します。医療データ関係の検討会が同時並行でいくつも進行しているため検討会議が錯綜しますが、参加している官僚たちだけが横のつながりをある程度把握したうえで進めています。基本的には説明に必要な複数の検討会の内容、資料をご紹介しますので、細かいことはあまり気にしないで読み進めてください。
さっそく第1回の検討会の席上、日本のデータ利活用がうまくいっていないことが座長の森田朗東京大学名誉教授から示されました。
この発言の元データは当ブログ【前編】の最後に提示したOECDの報告書のデータと同じものと思われます。そして、第1回検討会の翌月に行われた第2回検討会において日本製薬工業協会の発表資料でも取り上げられています。
また、次世代医療基盤法の施行以後に法施行の経過を確認するために開催された『次世代医療基盤法検討WG(内閣府 健康・医療戦略推進事務局)』というワーキンググループが「医療分野における仮名加工情報の保護と利活用に関する検討会」とほぼ並行して開催されていました。この3月24日に開催された第4回会合で提出された『論点整理』(p3)においても
「※加⼯するために数が少ない症例を削除しなければならず、解析の質が上がらない。※再識別⾏為の禁⽌を担保した上で、匿名加⼯の基準を柔軟にしていくべきではないか。」と、匿名加工医療情報の利活用がしにくいとの意見が出されていることが報告されています。
結果的に12月27日に発表された『次世代医療基盤法の見直しについて』(p2)において次のように明確に「匿名加工医療情報は研究開発に活用しにくい」と記載されました。
矛盾を抱えた次世代医療基盤法
そして、希少な症例のデータや同一対象群に関する継続的発展的なデータ提供、薬事目的利用のための検証については仮名加工医療情報を利用するという制度に変更することが示されています。医療データ、特に薬事申請の承認(国内だけではなく、多国間での認証を受ける必要がある)については匿名加工情報では認証を得にくい(上記データの緑色の部分では「データの真正性を確保する元データに立ち返った検証」が対応できないとされています)とされているそうです。そのため仮名加工データを取り扱うことにしたのだそうです。『次世代医療基盤法』のデータ運用については患者の同意を得ないと取り扱えないという点がネックとなりデータの利活用が進んでいないという現実が露呈しました。『次世代医療基盤法』を匿名データで当初設計していた愚策が明らかになってしまったのです。検討会の参加者の『次世代医療基盤法』に対するもどかしさが議事録を読むことでひしひしと伝わってくる感があります。
厚生労働省事務局より
中島構成員(九州大学病院メディカル・インフォメーションセンター教授)
落合構成員(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士)
森田座長
結局、法改正よりも別の法律が必要だというような話になってしまっています。医師法の改正などという大きな話も出る始末。しかも『次世代医療基盤法』で利活用できるとしていた匿名医療情報が、学術的には「匿名化」「仮名化」などの変更をしない素のデータを利用しないとデータの信頼性を認めてもらえないということだそうです。一方個人のデータが特定されてはならないとする個人情報保護法の範疇でのデータ取り扱いを求められる制度の狭間で有識者の意見はまどろっこしさを感じるほどに遅々とした議論が続けられます。
日本と海外の進み方の違い
すでに出遅れている日本のデータ活用医療研究。森田座長が不安に思っていることは現実です。面白い絵をご紹介します。
上図は1975年時点で医療情報の共有、ネットワーク化が5年後に達成できるとした概念図とのことです。しかし、絵に描いた餅の例えもある通り、絵は絵でしかなかったようです。1970年代どころか、2023年になっても日本の医療データネットワークはまだバラバラの状態で、阿曽沼氏の説明によれば、国益優先でデータ共有制度を作り上げたエストニアに相当な遅れをとっているとのことです。
一方、海外での医療情報システムに関連した技術についてご紹介しましょう。
Apple社の開発した「ResearchKitとCareKit」です。
「ResearchKit」とは医学研究者のためのデータ収集アプリの開発用フレームワークとのことです。
「CareKit」は患者を中心に個人が自分の手元にあるデバイスを使って現在の症状や状況を確認できるアプリを開発できるフレームワークとのことです。
実際にこれらのツールを使ってスマホアプリを作った事例が紹介されています。心臓発作から回復するためのツール、複雑な疾患を抱えた子供の日常的な症状を観察するアプリ、糖尿病予備軍の人向けに糖尿病との関連性のあるデータを中長期的にわたって研究するためのアプリ、運動器の障害により移動機能が低下するロコモティブシンドローム予備軍の観察のためにロコモ度を即時に分析し予防や改善へのアドバイスが提供できるアプリなどが作成されているそうです。最後の2つは東京大学、順天堂大学の作成したアプリです。これはすでにApp Storeに登録されており、無料でダウンロード可能です。
Appleのディレクターは言っています。「もはや研究の域にとどまりません。人々がアプリケーションを使って、かつてない方法で自分の状態を知り、自らの健康という視点からより良い日々を送り始めているのです」。(Apple Director of Health、Divya Nag)
Appleの「ReserchKit」は個人の医療データが集められるようですね。匿名データか仮名データかそれとも素のままのデータなのか詳細は不明ですが、民間の力ですでに医療界に飛び込んで有効に活用されているツールができていることに驚きます。国が関与すべきことと関与する必要がないこと。これらを良く考えて国が関与すべき事柄に集中投資するのは大切だと思います。しかし、匿名医療情報の利活用についてはどうでしょうか。すでに失敗であることは濃厚ではないでしょうか。必要のない分野からはもう国は退却しましょう。
限界が見えた次世代医療基盤法
議事録からさらに確認します。
第4回の参考人米村滋人(東京大学大学院法学政治学研究科)教授の資料を見てみましょう。
上記問題を解決へ導く方向性として
これまで何年にもわたり、個人情報保護法の下で医療情報を規制しようと考え、法制化を行ったわけですが、上記の米村教授も指摘しているように、この法律による情報の利活用には限界があるのです。これらは官僚が絵を描いたことの失敗を宣告されています。逆の見方から言えば、法制度で医療情報を統制しようとする過度な事前規制による法規制のおかげで、民間の医療情報に関する取組が5年遅れてしまっています。
医療情報の国家的データベースの構築は大切な試みだということは理解できます。しかし、規制による利活用がうまくいかなかった以上、一旦この試みは止めて、事後規制的な方針で民間の取組を見ていくことの方が良いのではないでしょうか。
令和4年11月2日ライフデータイニシアティブがデータ漏洩事件を起こしたとしてニュースリリースが発表されました。初期次世代医療基盤法の制定時に最も重視していたのはデータ漏洩でした。しかし、改正法案が作成されているさなか匿名医療情報の制度上もっとも重要な機関とされていたライフデータイニシアティブ(そして受託者のNTTデータ)が基礎的なセキュリティ設定をせずに漏洩した状態のままシステムを運用していたとのことです。この点に関しては事業者内での規律の緩みとなれ合いによるものと断じられています。
また、2022年10月に大阪府の急性期総合医療センターがコンピュータウイルスの被害を受けたことは記録に新しいことです。近年、日本の代表的な企業や官公庁がウイルスの侵入やサイバー攻撃を受け続けていることが報道されています。サイバーテロは対策が行き届いた対象企業を直接標的にすることでなく、対策が取られていない中小の関連企業から侵入することが多いと予想されます。医療情報データベースも大切な国の資源です。しかし中央機関が直接攻撃されるよりも、地域の医療ネットワークから侵入することが容易であると考えられるため、対策は小さな町医者であっても重要だということになります。特にデータを加工する匿名/加工医療情報を作成する事業者や受託事業者のセキュリティ対策も検討を行っていってほしいと最後に付言します。
○「主務府省および個人情報保護委員会から指導を受け講じた再発防止策について」一般社団法人ライフデータイニシアティブ(2023年3月1日)
https://www.ldi.or.jp/saihatsuboshi
ではなぜ「匿名加工医療情報」だけではなく「仮名加工医療情報」というものまで新たに作ってこの法律を延命しようとしているのか、本当に疑問です。私の推測はこうです。
もともとNTTデータを中心として設立されたライフデータイニシアティブですが、匿名データが利活用されていないということはどのようなことでしょうか。それは、利益が出ないということです。『次世代医療基盤法』では、データ加工事業者はデータを利用する組織に対し、適切な利益を上乗せした価格で販売することが保証されています。ライフデータイニシアティブの収支報告書を見ると繰越金が発生しているため事業収支は黒字ということですが、NTTデータは赤字を続けています。
2023年度の収入として認定事業委託費が1億円程度ありますが、支出は毎年増大しています。2022年度の支出は3億3千万円ほどでしたが、2023年度は5億9百万円となっています。当然事業として成り立っていないわけです。法施行の目的として新薬開発や、国民の健康寿命を延ばすために匿名データが活用できるとうたってきたはずのものが、活用できないデータばかり提供していたのでは新規顧客獲得もままならないことは当たり前でしょう。
■イニシアティブ、NTTデータの「事業計画」https://www.ldi.or.jp/plan
そのため法案を作った官僚にも責任はあるとして『次世代医療基盤法』の範囲を広げたのではないでしょうか。つまり仮名加工医療情報を提供することにより「少しは」使えるデータが提供でき、データをより多くの組織に販売できるのではないか。その結果売上も増えるはずだ。ということになったのではないでしょうか? しかし、実際の薬事承認の壁は厚いのです。果たして仮名加工医療情報はどれだけそのニーズに応えられるのか?これまでの経緯から考えて、大変疑問と言わざるを得ないのではないでしょうか。
番外編:浜田参議院議員に質問してほしい!
減税と規制緩和に賛成で、国会でも政府に鋭い質問をしてくださる政治家女子48党の浜田議員に、ぜひとも国会で質問して欲しいな〜と思うことを番外編として掲載します。(^_^)
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