見出し画像

鈍行の片隅の旅人コラム 1、【東京駅開業100周年記念Suica発売騒動顛末記】



9月24日にプレスリリースされた東京駅記念Suica

まえがき

毎年、12月20日が近付くと、今から9年前の体験を思い出す。それは、2014年12月20日に発売、いや発売中止されたとでも言おうか、東京駅100周年記念Suica発売騒動を。
当日、旅行仲間10人近くと共に、まだ夜明け前の東京駅で、寒さに凍えながら並び、そして目の前で暴動が起きた、忘れ難き思い出を。

今日は、この時の体験談を記します。長文だが、元々は他のSNSにアップした記事を、加筆修正してお届けします。


①東京駅100周年記念Suica発売発表

2014年12月20日、東京駅は100周年を迎えた。JR東日本は、それを記念して数々のイベントを企画した。

その中の一つに【東京駅100周年記念Suica】の販売があった。JR東日本の女性車掌がデザインした柄で、東京駅100周年に相応しい秀逸なデザインだ。その記念Suica発売がプレスリリースされたのが、約3ヶ月前の9月24日だった。

私はプレスリリースに掲載された柄と枚数を見て、最初は「果たして、売れるのかな?」と言う思いを抱いた。カードデザインは秀逸だが、Suicaのキャラクターである、イラストレーターの坂崎千春が描く【Suicaのペンギン】の姿が無かったのと、東京駅単独販売で15,000枚は多すぎるのではと、そんな思いが去来した。

しかし、その数日後の10月1日に群馬県の吾妻線で、吾妻線Suicaエリア拡大記念Suicaが発売されたが、その時は吾妻線の三つの主要駅のみで800枚しか販売されなかった。その為、前日からの徹夜組だけしか買えずに、当日JRで来た人々は全く買えなかったと言う事態が発生した。カードコレクターの私の知人も草津温泉に前泊して早朝から購入に出向いたにも関わらず、一枚も購入出来なかった。

その吾妻線記念Suicaのケースと、数ヶ月後の東京駅記念Suicaを直接比較出来ないが、この吾妻線記念Suicaのケースが非常に気になった。もし、東京駅で同じ事態が発生したら、今度は只では済まされない、最悪、暴動が起きるのではと、この時点で想定出来た。しかしここは日本国内、余所の治安が不安定な国々とは違い、日本人の国民性からして暴動が起きるとは思えないと言う、安易な考えを持っていた。

しかし月日が経ち、発売当日が近づき、私は落ち着かなくなった。当日購入に出向く知人に一枚依頼し、その知人の口座に代金も振り込んだが、当日の行列がどれ程の規模なのか読めない。何しろ今までには無い販売パターンだからだ。

一つの駅で15,000枚と言うケースは過去には無かったが、人口が密集している首都圏、しかも交通利便性が高い東京駅での発売。これは読めない。

不安に駆られた私は、スケジュールを調整し、発売当日に東京駅へ出向く事にした。


②前日に東京へ出向いたら‥‥


12月19日、青春18きっぷ片手に中央本線経由で上京。その日は東京駅に近い割には安い宿が密集している南千住に宿泊。当日購入に出向く知人とメールによる打ち合わせの結果、05時50分に丸の内北口インフォメーションセンター前に待ち合わせと決まった。
その知人曰く、21時に東京駅丸の内口の発売箇所に下見に行けば、既に目測で600人以上の徹夜組が居たと言う。私は宿の布団で横になりながらスマホでネットサーフィンしながら情報収集したら、午前0時の時点で2,000人との情報が。15,000枚用意されて、1人限定三枚だから、この時点で全員三枚購入したら、40%の6,000枚が売れる事になる。こりゃ始発組が来たら、大変な事になると私は頭を抱えた。

そして運命の12月20日、05時50分に東京駅待ち合わせ場所に着いたが、現場は異様な雰囲気に包まれていた。電車が着く度に数十人単位の人々が列に走る。関西人からしたら、1月10日の西宮えびすの【十日戎開門神事福男選び】で一番を目指して走るあの光景を連想させられる光景が、目の前に繰り広げられていた。

私は血の気が滝のように一気に引いた。

「これは、買えないかも知れない!」 

そんな思いが去来した。私は知人数人と共に列の最後尾に駆けていった。

発売箇所は、丸の内南口の特設会場。しかし最後尾は全く反対側の八重洲口北口前の国道1号線永代通り、都バス呉服橋停留所前。場所が全く正反対な上に、特設会場まで少なく見積もっても700㍍以上ある。正直言って本気で「買えないかも。」と思った。

この行列から推察するに、少なくとも5,000人は越えている。後にニュース等で知ったが、この時点で9,000人が並んでいたという。15,000枚限定販売で、1人三枚まで購入出来る事を考えたら、買える可能性は一気に低くなる。全員が全員三枚購入するとは思えないが、しかしこの膨大な人の数は、かなり大きな不安材料だ。

青い場所が発売箇所
赤い場所が私の並んだ場所
黄緑のラインが行列。

並んでいる場所は、東京駅八重洲北口の高速バス降車場前。時間が時間だけに、日本各地からの夜間高速バスがひっきりなしに入って来る。そのバスの開いたカーテンから行列を見る乗客の顔は、皆引きつっていた。早朝からの大行列だ。何事かと思ったに違いない。もし夜間高速バスで初めて上京した人が、東京に着いて初めて見た光景が、この謎の大行列だったなら、きっと一生モノのトラウマになりかねない。

七時を過ぎて、行列の脇にパトランプを光らせたライトバンが横付けされ、警察官がゾロゾロと降りてきた。今並んでいる行列は、完全に公道を塞いでいる。明らかに道路交通を阻害しているから、警備誘導に駆けつけたのだろう。その内、今度は機動隊員の集団までやって来た。これは非常事態だ。たかだか記念Suica、いや、プラスチックの板切れで、文字通り大騒動になってしまった。JR側も、これ程までに大行列になるとは想定していなかっただろうから、絶対に警視庁に道路使用許可申請は出してない筈だ。警視庁にしてみたら、無許可で道路を私的利用されていると見なされただろうに。

私は嫌な予感が過った。

【発売中止】

そんな事態が、にわかに現実味を増してきた。しかし、わざわざ上京した以上、手ぶらで帰ると言う事態はは避けたい。

行列は歩道をはみ出して、とうとう車道の一車線までに及んでいる。渋滞や車両との接触等の重大事故が起こりかねないし、行列自体も将棋倒しが起きてもおかしくない、一触即発の雰囲気だ。応援で駆けつけた警視庁の警官も、一体何が起きているのか、そして何の行列なのか、事情を把握出来ないままに雑踏整理する。この時点で、JR社員による誘導案内は、全く無し。明らかに現場のJR社員の手に負えない規模なのは明らかだった。


③とうとう、非常事態に‥‥‥。


記念Suica購入列が車道まで及んだ。

並んでいた私は、ふと思った。

「この状態だと、いつ何か起きても不思議ではない。ならば、いっそ発売中止にすれは良いのでは?。いや、警視庁か警察庁か知らないが、警察官が介入してしまっているから、発売中止命令が出ても不思議では無い。むしろ発売中止になった方が良いかも。何か起きてからでは遅いし、最悪の事態とは、私が買えない事ではなく、暴動が起きる事ではないのか?。」

私にしては、弱音な発言だが、もし発売中止になったら、JR側に記念Suicaが売れ残る筈。後日発売にしても、これだけ人が膨れ上がったから、記念Suica自体増刷発注する可能性もある。私はこの時は、どっちに転んでも良い心構えだった。後から考えてみたら、むしろ在庫を残した状態での発売中止を期待していたのかも知れない。

しかし、傍にいる数人の知人の前では、発売中止の考えは言わなかった。これだけの行列だ。私らの会話が耳に入り、発売中止の話だけ群衆の中を1人歩きされたら困る。仮に1000人中999人が聞き流しても、残る1人が騒ぎ立てれば、それが発端で暴動が起きかねない。それこそ目の前に並んだ人々が、暴徒と化する可能性がある。それだけ行列が惨くなっていた。壁に耳あり障子に目あり。下手に不必要な会話は慎む事にした。

行列は、東京駅丸の内口を取り囲んだ。

並びはじめて、そろそろ4時間が経過しようとしていた09時40分過ぎから、列が動いた。少し動いては、止まると言う国会でよく見られる牛歩戦術が繰り広げられていた。そして10時過ぎに一気に列が大きく動き、今朝の待ち合わせ場所の丸の内北口前に着いた時に、警察官や駅員のメガホンから意外な、いや、私の中では半ば予想された事態が発表された。

「記念Suicaは発売中止になりました!。並ばれても買えません。」

私はかような急展開に、一瞬意味を把握出来なかったが、一緒に居た知人が即座に少し興奮気味にこう言い放った。

「こりゃ、警察から中止命令が降りたんだな。路上にあれだけ並ばせていたからな。中止命令が降りるのは当然だよ。」

それを聞いて私は納得した。発売終了なら、もう買える可能性は無いが、発売中止だから、JR側にまだ【ブツ】は残っている。今回は中止になったが、買える可能性は残っている。

私も含め一緒に並んだ知人らも、今後も買える可能性があると思い、一様に安堵の顔を浮かべたが、事情を飲み込めていない回りの一般客はみな困惑していた。そりゃそうだ。散々並べさせて、詳細な理由説明無しに発売中止宣言。場数踏んだ私からしたら、良い意味での英断だが、一般客は一様に納得出来かねる顔色だ。

その内、あちこちで罵声が飛び交った。駅員や警察官に向かって、抗議や野次が飛び出していく。私はその様子を離れた場所から、高みの見物気分で眺めた。
【火事と喧嘩は江戸の華】、そんな言葉を脳裏を過った。

しかし暫くして、その罵声がエスカレートしていった。不特定多数の人々が集団となっていき、ボルテージが上がっていった。そしてその場に居た知人が、怯えながらこう言った。

「こりゃマズいぞ。このままだと暴動が起きるぞ、絶対に。」

震災や政治不正ですら民衆暴動が起きない国である日本で、今この目の前で暴動が起きようとしている。ある意味、歴史的瞬間を目の当たりにしている。しかも、たかだかICチップを埋め込んだプラスチックの板切れが原因で。

一緒に居た知人らが危ないと察知したのか、ここから逃げる提案をした。もっと眺めていたいが、このままだと暴動に巻き込まれかねない。当たり前だが、生きて五体満足で大阪に帰りたい。私らは罵声が飛び交う東京駅丸の内口から八重洲口へ逃げるべく地下道へ避難した。気象庁発表の特別警報ではないが、正に【ただちに命を守る行動】に出た。

そして八重洲のビジネス街のファミレスに避難し、皆でモーニングセットを食しながら、各々携帯やスマホでWebニュース・まとめサイト・某巨大掲示板等をチェックした。暴動は本当に発生したらしく、惨状がネットを駆け巡っていった。とりあえず、我々は暴動から逃げ切れたようだ。

東京駅記念Suicaは買えなかったが、発売中止故にまだ買える可能性がある上に、しかも目の前で暴動が起きると言う、日本国内では滅多に見られないモノを見られて、例えは悪いが、「面白いモノを見せてもらえた。」と言う気分だった。

丸の内北口では、駅係員が謝罪するが、それでも暴動は起きてしまった。


東京新聞夕刊では、この騒動が第一面のトップ記事に。

しはらくファミレスで休憩し、私は青春18きっぷで鈍行列車乗り継ぎで大阪へ帰る為に、グループから中座して帰ったが、12時過ぎに東京駅から東海道本線に乗った時は、暴動は収まっていて、普段の東京駅に戻っていた。


⑤総論、発売方法に明らかに問題が


今回の騒動を振り替えると、JR東日本の読みの甘さが目に付いた。15,000枚と言う枚数の少なさ。私も初めは、その枚数は刷りすぎか過不足ない数字と思ったが、蓋を開けたら全く足らなかった。

そして後手後手に回った挙げ句に、半ば放置して警視庁に丸投げした雑踏整理。流石に警察もキレただろう。東京駅長判断での発売中止と言う形で収拾を図っていたが、恐らくは裏で警察からの中止命令が下ったのだろうと、容易に予想出来る。

また、徹夜禁止とポスターに掲示しながらも、徹夜組を深夜の駅舎に入れた事実も、始発組との不公平な感じを抱かせた。その結果、徹夜組が買えたが、始発組はほとんど買えなかった事態になった。そう、あの吾妻線エリア拡大記念Suicaと全く同じ構図だ。吾妻線記念Suica騒動から、JR東日本は何も学んでいないと思われても仕方ない。

今やネットオークションでひと稼ぎを狙う転売目的の人が多く、それらが買い占めを図ったとの声もあるが、色々とルールや規制などを強いても、ネットオークションての転売を100%防ぐ手立ては無いし、ネットオークションをこの場で批判するのは避けますが、JR東日本側もネットオークションを防げなくとも、大量に販売してネットオークションでの価値を下げる等の方法があったと思うが、それらを含めて、この時は余りにも杜撰過ぎると言わざるえない。

今回の騒動、かなりJR東日本にとっては痛手になったらしく、程なく2日後にHPで再販が発表された。しかも希望者全員に購入出来るシステムに。

ある意味、ネットオークションでの転売価格を下げる効果があり、しかも希望者全員に行き渡らせるという施策に、「JR東日本よくやった!」と言う気持ちと、「なぜ最初から通販で希望者全員にしたら良かったのに。」と言う気持ちを持った。

買えなかった人だけでなく、当日東京駅へ行けなかった人々、当日東京駅へ来たが行列に恐れをなして並ばずに帰った人々、そして今回の騒動で初めて東京駅記念Suicaの存在を知り興味を湧いた人々から、一斉に通販申し込みが来るだろうだから、恐らくは数万枚単位の発行になるだろう。送料がJR東日本負担だから、この東京駅記念Suicaイベントは、大赤字確実だろう。何しろ知人に聞いた話、500円のデポジット代金を利用者から徴収しているが、実際にはICチップ埋め込んだカードのコストは約650円。その時点で赤字だから。後に判明したが、東京駅記念Suica、最終的には427万枚も売れたという。東京駅100歳の誕生日、とんだヲチが付いた感じだ。

この騒動で、今後の鉄道各社で記念カード類が発売された際の発売方法等に、色々教訓を残した事にはちがいない。

そして、あの場に立てた事に、私は色々な思いを抱いた。全国ニュースになったその歴史的瞬間の場に立てて、素直に凄い経験をしたんだなと、今になって思う。

末尾になりましたが、その時に居た知人・友人達には、非常にお世話になりました。あんな経験、滅多に出来ない(笑)。

長文になりましたが、東京駅100周年記念Suica発売による騒動顛末記を終わらせてもらいます。あの騒動は、実際はこのような惨状でした。


最後に、私のその時の気持ちを一言・・・・。


「あ~、死ぬかと思った!」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?