新訳 Ditto

2022年12月9日、KPOP界に衝撃が走った。
HYBEレーベルのADORから第4世代に彗星の如く現れた、NewJeansによる新曲・"Ditto"が公開された日である。

意味深なミュージックビデオ、5つ打ちの全く新しいテイストの楽曲が組み合わさり、『これがNewJeansだ』と印象付けながらKPOP界での新時代の到来を思わせるような衝撃の1曲だった。

私はこの曲、そしてミュージックビデオ、世界観が頭から離れなかった。『エモさ』とかチープな言葉で片付けられるはずもなく、tiktokの音源に使われ安っぽくダンスをつけられてしまった時には苛立たしさを感じるほどだった。

何故私がここまでDittoに魅了され、いい意味で狂わされているのかを今回はどうしても語りたい。

まず設定である。Dittoの解釈並びに考察はsnsに溢れかえるほど存在しているが、今回は私がスタンダードだと考える考察を頼りに紐解いていきたい。私は大学で英文学を学んでいるが、ゼミの教授が「分析に正解も不正解もない」と言っていたことを信じ、少しばかり道が逸れる事もあるかもしれないが大目に見て頂きたい。

物語は学校を舞台に繰り広げられる。ヒス、という少女がビデオカメラを片手にNewJeansを撮っている様子が終始描かれている。女学生同士ふざけ合ったりメイクをしたり、ハニの背中に付箋を貼ってからかったり、廊下を走ったり、一見普通の日常を見せられているように思われる。

しかしながらそのまま見ていくと、ラストシーンで異変に気づくのだ。NewJeansが包帯に書いてくれた文字たちは無くなっており、NewJeansを撮っていたはずのカメラの向こうには彼女たちは存在せず、クラスメイトがただ1人でビデオカメラを持っているヒスを不思議がる様子が映されている。彼女がみていたものは全て幻だったのだ。

彼女の毎日には必ずNewJeansが居た。しかし彼女たちが実際にヒスに物理的にいつもそばにいる訳では無く、彼女たちにはヒス個人と過ごした記憶も経験自体もない。ファンからアイドルへの虚しい迄の『一方通行の愛』を表象した、何とも残酷な作品なのだ。その『一方通行の愛』を決して零さぬようにアイドルに与え続けるファンは、クラスメイトに象徴されるような『大衆』や『マジョリティ』には滑稽に映るのである。

これをアイドル側から提供されることについて、そしてこのタブー視されていたはずのアイドルとファンの切ない運命にスポットを当てたミン・ヒジン並びに制作陣がいかに天才かを考えさせられる。

歌詞にも注目したい。私がDittoで1番意味のある言葉だと考えているのが、"Stay in the middle"である。

このDittoでは、NewJeansの居ない『現実』とNewJeansと共に過ごす『夢』の間、と考えるのが自然である。ビデオカメラを通して彼女たちと交流しているが、現実世界ではアイドルという偶像に没頭し続ける滑稽なファンである。ヒス自身は自身の滑稽さに気づいているのか、もしくは気付かないふりをしているのかは意見が分かれるかも知れない。どちらにしろ、そのような『現実』と『夢』の狭間に生きているのがヒスという人間なのである。

私は最近受けた授業で、"Negative Capability"という言葉を学んだ。18世紀〜19世紀を生きたイギリスのロマン主義詩人ジョン・キーツが提唱した考えで、ビジネスの場面で多く使われる用語であるが、私は"Stay in the middle"という言葉に多く共通する部分があると感じた。大まかな意味として、『不可解なものや分からないことに対して、簡単に解決することはせず、よく分からない中でもその迷宮の中にじっと立ち止まり、留まりながらも深く考えていく力』である。例えば、ある問題に対して白か黒か決めなければならない時や苦しい二項対立に挟まれた時には、簡単に答えを出すのではなく、その辛い中でも耐えその『中間』を彷徨うことも時として重要なのではないだろうか、と私は思うのである。

まさに、この"Ditto"でも、『夢』か『現実』かの『中間』に生きている少女にスポットが当たっている。周りの者は「現実を見ろ」と言ってくるかもしれない。アイドルは「一緒に夢を見よう」と言ってくるかも知れない。ファンは皆、その狭間で彷徨っているように思える。でもアイドルを追っている今、私はその『狭間』が心地よくて仕方がないのだ。不安定で、どっちつかずで、幸せな盲目でいるその『狭間』が。

『夢』と『現実』の二項対立だけではない。あらゆる『狭間』に生きる人間がこの歌詞、そして"Negative Capability"の概念に救われるだろう。『善』か『悪』か、『好き』か『嫌い』か、『信じる』か『信じない』か。

人間として生きていて白黒はっきりさせなければいけない場面は数え切れないほど存在している。我々は何度も何度も選択を重ねて今を手作りして生きている。しかし、はっきりさせるだけが美徳では無いのだ。

時折その『中間』を泳いでみることもまた人生には必要だ。決められないこと、答えが出せないことに出会ったら、その姿が醜いと言われても、立ち止まりその狭間で揺れ動くこともいいのだ、とこの曲は言ってくれているようである。

"Stay in the middle"

この言葉によって許され、救われる存在は私含め数え切れないほどいるに違いない。だから私はこの曲を聞いて、今日も揺れ動きながら生きている。