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浮浪者みたいに、純粋に。
週末の回転寿司屋は激混みで、わたしたちの乗った藍色の車はくるくると駐車場を周回してやっと入り口から遠い隙間にもぐりこんだ。
レーンの上を流れるサーモンの肌色、さばの光る青。玉子の列。まぐろの列。皿が積み重なる。皿。皿。皿。金色。灰色。赤。青。緑。金色。
金色は一番高い480円で、これを二皿だけにとどめる約束なのに、彼が注文したうにの軍艦巻きは金色の皿に乗って大将から手渡される。
こっちを見て彼は「すまん」という表情をした。気にしなくていいのに。わたしはたくさんお茶の粉を入れたどろっと濃い緑茶をすする。
ガリが食べ放題でうれしい。
なんで今日はここにしたの?
昨日テレビで回転寿司の特集やってて、食べたくなった。
生ものの魚きらいじゃなかったっけ。
ごめん。違うんだ。うそ。いや、きみが寿司食ったら機嫌直すかなあ、とか思って。さいごのあがきだよ。
私が物覚えが悪くて、それにすぐになんでもおかしがって笑うから、どんな致命的そうな喧嘩が持ち上がっても、私たちはなんだかんだで5年近く付き合ってこれた。
今回は何回目の喧嘩かなあ。
喧嘩を繰り返すごとに、何を言っても平気になってきて、昨日は別れる話になった。これもいつものこと。
目の前でえびを取ろうとしている彼が遠い。おやおや。なんだか、他人のようだ。子どもみたいなネタばっかり取ってる、と思って、いや、安いのをたくさん取ってお腹いっぱいにしようとしたのかな、と思い直す。ガリを取らない。うに一個食べる?そういうまれな優しさばっかり覚えてる。都合の良いことだ、誰にとって?お互いに?たぶん、そうだ、そうやってどこのカップルも続いているんだろう。
どう、こないだ言ってた賞には応募したの。
うん、したよ。
うまくいった?
うん、たぶん。
まえに見せてくれた風船売りの浮浪者の話はどうなった。
…あれは、お金持ちのお母さんが引き取ろうとしたけど、バリ島に逃げてしまうところまで書いた。
バリ島でまた浮浪者をやるの?
うん、つぎの話はバリ島で一人で浮浪者みたいに暮らすおばあちゃんの話。
きみは、ほんと変わった話を書くなあ。
日曜日は暇?
暇だよ、どうしたの。
うん。
どうしたの。
いや、ラーメンの取材にいくんだけどさ、私あんまりラーメン興味ないからきみと一緒にいったら楽しいかなと思って。
いいじゃん、ラーメン。おれいくよ。
二人で、追加できつねうどんを食べた。二人で5700円だった。
日曜日、結局彼はいつものように遅くまで家で寝ていて、ラーメン屋めぐりには付き合ってくれなかった。ラインで喧嘩した。彼が美味しいといっていた店の野菜ラーメン(いいじゃん、こういうヘルシーなのきみ好きでしょ)は、たしかに野菜がたっくさん入ってたけど味が濃すぎて、喉が渇きまくった。ここにいたら、残りを押しつけたのに。
わたしたちはそれから5か月くらい付き合った。どうして別れたのかは思い出せないけど、だんだんと心が終わっていったのだと思う。
私はその後バリ島に移り住んだ。もちろん浮浪者ではなく、現地の旅行会社の広報部に入ったのだ。
風船売りの話。彼は変な話を書くなあ、といってたけど、あれは、初めて彼からもらったものが、薄いオレンジ色の風船だったからだ。まあ、どっちでもいいけど。
彼もまた、わたしにまつわる何かを大事にしていたのかもしれない。わたしがもう忘れてしまっているようなこと。
いまとなっては、知りようもない。
一時帰国して、年末に、高知にドライブして大きな波が打ち寄せる浜をぼんやり見ていたときに、わたしは思い出す。家から「そのラーメン屋の名物は~で、でも写真撮るなら~のほうが映りがいいよ」等々いちいちラインしてくれていた彼の親切。
やっぱり、都合の良い優しさばっかり覚えているもんだ。都合というのは、お互いにとって?さあ、どうかな。
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