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時計の音もまた違う

夜はおなじようには訪れない。長さも暗闇の濃さも。その中に含んでいるモノや音や湿度も。

怖い夜。暖かい夜。寒い夜。一人の夜。うるさい夜。永遠と続くような夜。布団の中で一瞬で終わる夜。布団の中で永遠と続くような夜。

夜、夜。よるよるよるよるよるよる。よる。

わたしは時計の刻むカチカチ、という音とともに夜を進めている。この音がなくなったら、もう朝がこないと思う。

ひんやりとした床を歩き、玄関へ向かう。

時計の音が遠ざかり、聞こえなくなる。

わたしを呼ぶ声が聞こえた気がして玄関から夜の道路をのぞきこんだ。

そこでは、昼間の記憶を再構築して明日につなげるための編集作業がおこなわれていた。雑多な世界の、適当に積み上げられた時間の山を、夜のあいだに綺麗に整理して1日1日を、正しく引かれたスタートラインから始める。

そこにわたしが足を踏み入れてしまうと、せっかく澄んできた夜の空気が乱されてしまうとおもい、また玄関の扉を閉じた。

家の中にいるしかない。

この夜。予感ばかりがして、はっきりした姿は何も現れない夜。私が眠れないのはなぜだろう。

あの道路をもうニ時間くらいあとに、眺めたら、明日の輪郭がぼんやりと出来ているだろう。薄青い空気がしらじらと、玉ねぎの皮を1枚1枚はいでいくように夜の闇をあばく。

嫌な予感ではないが、ドキドキする。

時計がカチカチ鳴るのが、聞こえるようになる。

この予感。何年も先の未来に、わたしはこの夜を思い出すだろう。わたしはさっき、夜の玄関をあけた先に見えたものを、思い出そうとする。きっと未来のわたしは、今のわたしが見えなかったものを、思い出すことが出来る。

その未来の私が思い出すモノが、わたしをドキドキさせている。

今すぐそこにあるものが、今のわたしには見えない。

通り過ぎてしまってから、思い出せる。

夜が明ける最初の光が細く、カーテンからよたよたと畳に落ち、気がつけば道路の雑多な記憶は取り払われて朝が、わたしの思考を真っ白にした。




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