見出し画像

電動キックボードの禁止はパリの交通をどう変えたのか

case|事例

2018年にヨーロッパではじめて電動キックボードのシェアサービスを開始したパリ市は、5年後の2023年8月末にその存続を問う住民投票を行った。投票率は7.5%と低水準にとどまったものの、投票したパリ市民の9割は禁止に票を投じ、電動キックボードのシェアサービスは禁止されることとなった

ピーク時には15,000台の電動キックボードが街中を走り回り、不適切な駐輪によって、歩道は混沌としていた。このような状況から、市民に利用者のマナーや安全性に対する懸念がひろがり、市役所には多くの苦情が寄せられた。2020年にはオペレーターの数を制限し、走行速度の上限も20km/hとするなど、世界でも最も厳しい規制をかけたが問題は解決しなかった。

パリ市は市民の安全性に対する懸念は統計的な理由よりも心理的な理由によるところが大きかったと理解している。事実、電動キックボード関連の事故件数は大きくなく、苦情は市民の不安から起因したものと考えられる。

Fédération pour le Professionnel de la Micromobilitéなどの調査で、シェアサービスの利用と個人所有の利用で特性が異なることが明らかにされ始めている。シェアサービスの利用者は30歳から35歳の利用が中心で短距離の利用が多い一方で、個人所有の利用者は年齢層がより高めで、徒歩や公共交通の代替として使うわけではなく長距離の移動手段として利用している。また個人所有の利用者は購入時に保険に加入する必要があり、利用に対して責任感が増すという指摘もある。

LimeやDott、Tierなどのオペレーターは、禁止決定後に、持続可能な移動の実現に向けた明らかな後退であり、投票率も低く適切に市民の意見を把握できていないなどの批判をプレスリリースで行っている。一方で、パリ市は「禁止決定以降、調査を行ったわけではないが、充実しているシェアサイクルなどのおかげで大きな混乱や不便は発生していない。また健康を促すという意味でもキックボードより自転車を優先することが望ましい。」と見解を示している。

2014年にイダルゴ市長が就任して以来、パリ市は自動車中心の都市から人中心の都市へ都市改造を進めている。2026年までにバイカブルな都市に取ることを目的に、自転車関連インフラにも2.5億ユーロ(約400億円)もの投資が行われている。場所によってはインフラがピーク時の自転車需要を賄うには不十分であるとして、今後もPlan Velo Act2に沿ってインフラの整備を進めることを計画している。30,000台分の一般駐輪場とカーゴバイク1,000台分の駐輪場に加えて、鉄道駅周辺に計40,000台、民間事業者による整備で50,000台分の駐輪場が整備される。自転車レーンも総延長で1,000kmまで整備される予定で2001年の5倍となる。

insight|知見

  • キックボードの利用特性を所有とシェアで分けて分析している点が面白いなと思いました。確かに文章中で指摘されているように、保険の加入や車両の所有で安全運転への意識は変わりうるなと思います。

  • また、必ずしも事故が多いから住民が不安を抱いたわけではないというのも面白い洞察だと思います。定量的な指標だけで意思決定をしていると見逃されがちな住民の不満や不安をきちんと拾い上げたパリ市は素晴らしいなと思いました。

  • 着々と人中心の都市になるという都市改造を進める中で、暗中模索しながらマイクロモビリティの適切なインストールを試行錯誤しているパリと比較して、日本や福岡も規制緩和や新しいモビリティの導入の議論に固執しすぎな気もします。