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結び

 二月十四日。世間ではバレンタインと呼ばれるこの日は、私の恋人の生まれた日だ。
 彼と付き合い始めてから、初めての誕生日。
だけど、正直、しんどい。それは嬉しくないだとか喜べないだとかそういうことではなく、当日どうやって過ごすのが正解なのかとか(高校生だから学校はあるけれど)、放課後にデートすべきなのかとか、学校でプレゼントを渡した方がいいのかとか、誕生日とは別にバレンタインのチョコレートは用意すべきなのかとか。そういった〝正解〟を当てることが、しんどかった。彼にがっかりされたくなくて、好きでいてほしくて、必死な私はどこか見苦しい気もした。
 私はため息をついてベッドに寝そべった。布団が体の形に沈む。
 あと三十分で、彼の誕生日になる。私はスマートフォンを握り、彼へのメッセージを打つ。『誕生日おめでとう! それから……』
 私は指を止めた。どのくらいの長さが妥当なのだろう。短かすぎても、恋人としてそれはそっけない気がする。けど、長すぎても、明日学校で会うんだし何だか重い気もする。
 ダメだ。私はまたため息をついた。スマートフォンを投げ出す。〝好き〟という気持ちだけでは、恋愛は成立しないのだろうか。なんて、言い訳じみてる。
 結局私は数行の言葉を並べて、彼へ送信した。

 電車を降りると、改札を出た先に彼の姿を見つけた。私たちの、いつもの待ち合わせ場所。
 私は心臓を落ち着かせるよう呼吸する。だからといってこの煩いくらいの音は鳴りやまないのだけれど。
「おはよう。あの、誕生日、おめでとう。あとこれ、プレゼント。そんなに大したものじゃないんだけど」
 私はそう言って、プレゼントの入った袋を差し出した。手が震えていて、恥ずかしい。
 彼が受け取って、私はすぐに手を離した。
「ホントに! ありがとう。今すぐ開けたいけど……遅刻しちゃうね。後でゆっくり開けるよ」
「あっ、朝一で渡すものでもなかったよね」
 そうだよ、こんなに急ぐことないのに。放課後だってよかったのに。
「……遅刻、していく?」
 私はその言葉に顔を上げた。彼はいたずらっぽく笑っていて、私はそれに驚いた。
「えっとその、遅刻は、できないよ?」
「それじゃあ、手繋いで登校する?」
「手、繋ぐの? あの、全然いやとかじゃないんだけど、その……」
 何だろう、彼らしくない、気がする。いつもは言わないようなことばかり。
 戸惑って、下げた視界に入ったのは、彼のローファーと、さっき渡した袋の紐の片方だけを握った、彼の手だった。
「もう片方は、持ってほしいな」
 私は震えたままの手で、もう片方を握った。どうしてか、その手の震えはおさまった。
「行こうか」
 そう言った彼の声に引っ張られるように駅を出た。
「今日、暖かいね」
 私はそう言って片方の手でマフラーをほどいた。
「もっと暖かくなったら、今度は俺にお祝いさせてね。朝一で」
「それって、からかってる?」
 「どうだろうね」なんて彼は言った。可笑しくって、私が笑ったら、彼は安心したような表情を浮かべた。
 ああ、そうだった。私は彼のこの表情が好きで、だけど嫌でもあって。私は自分に自信が欲しかったのだ。
 直接手を握っているわけではないのに、彼の温かさが伝わってくるようだった。
 手に、少しだけ力を込めた。
 顔を上げて前を向く。いつもの通学路だけど、今日は特別だ。
「今日はいい日だね」
 そう言った彼に、私は頷いた。
「うん、そうだね」
 歩幅は違うけど、一緒に歩くことはできる。
 そうだ、だから私は彼を好きになったんだなと、そう思った。
 また季節が廻ったら、この暖かさを何度も思い出せる。
そう確信した私の心は、心地よく鳴った。
                                       了