見出し画像

Vol.12 コインランドリーまでの大冒険といざというときの母国語の力@ミュンヘン

フランス滞在記。

12月に入ってすぐ、ドイツのミュンヘンへ飛び立った。

今日は、ミュンヘンでちょっと怖い目にあったときのお話。

ミュンヘンに来てみたものの、小さな子供がいる生活の延長というのは変わらない。日中、仕事へ行く夫を送り出すと、私がまず探したのはコインランドリー。
道中食べ物をこぼしたりおしっこを漏らしたりで、すぐに洗いたい案件の洗濯物が溜まっている。それに、ミュンヘンからグルノーブルへ帰ったらすぐロサンゼルスへ出発なので洗濯をためて置きたくないし・・。しかし子供のものって、一つ一つが小さいのに集合体でくるから生活に対する影響力は絶大だなぁなんて思いながら洗濯物を大きなショッピングバッグに詰め込んで、出かける準備をした。

そして、ホテルのフロントの人に拙い英語でコインランドリーの場所を聞く。

Google マップは便利なのだけれど、情報が更新されていないことが結構あって、行ったはいいけれど閉まっている(営業日だって掲載されていたのに!)とか、すでに閉業しているとか、そういうことがフランスに着いてから結構あった。だから、わからないことは「英語が下手だし」などという恥もエゴも捨てて人に聞くことにしていた。

残念ながら、私の下手な英語はだいたい一回では通じないのですが(汗)、もう身振り手振り、なんなら最終手段はイラストで説明して聞きたいことを聞くまで!と言った感じだった。

ホテルのフロントの人はとても親切な方で、ホテル近隣のコンランドリー数カ所を丁寧に描いたメモ書きを渡してくれた。娘には、フロント横にある大きなフルーツバスケットに入っている小ぶりで艶の良いリンゴを一つ。
自由に持っていっていい方式になっているので、ホテルを出ていく人が一人、また一人とリンゴを持っていく。

そんな姿を珍しそうに眺めながらも、ての中にあるリンゴを嬉々とした目で見つめる娘をベビーカーに乗せ、コンランドリーの場所を確認して、シュミレーションをする。方向音痴の私はそれでも必ず迷う。寒空の下、うろうろしなくていいように、念のためにホテルのフロントの人に「あっちですよね?」とメモの内容を確認する。

「はい、そうそう、大丈夫です。気をつけて」とまた一つ、リンゴをくれる。
ベビーカーに乗る娘は二つもリンゴを抱えてより一層嬉しそうな顔をしている。

洗濯物を詰め込んだショッピングバッグをよいしょとベビーカーの押し手に引っ掛けて、石畳の道をゴトゴト音をたてて歩く。娘はタイヤを通して跳ね返ってくる振動が楽しかったらしく、キャッキャとはしゃいで何か喋りかけてくる。しかし、方向音痴の母の頭はコインランドリーへの道筋のことでいっぱいだ(笑)。メモをしっかりと握りしめてひたすら歩く。

無心で歩いていると、前方から叫び声がする。

地下鉄乗り場へ降りていく階段前にいた男性が警官相手に怒鳴っていたのだ。
近くにはお酒の空き瓶がいくつも転がっていた。どうやら彼は酔っ払っているようである。何か注意勧告をし、もうお手上げだ、というようなそぶりをしてその場を立ち去っていく警官の背中に罵声を浴びせ続ける男性。

嫌な予感がした。

「うわぁ、嫌だなぁ。関わりたくない・・」

そう思って、男性のいる道を迂回して目的地へ行こうとする。周りの人も皆考えることは同じで、ぐるっと彼を避けるようにして各々の目的地へと足を進める。
しかし、男性は避けていく人を一人一人追いかけていっては罵声を浴びせる。

皆、慣れているのか、はいはいと手で払い、何食わぬ顔でスルーしていく。
みんな、強いなぁ・・。

こっちへきて欲しくない、と思いながら、私もそのスルーの流れに乗ってはけていこうとした。が、運悪くつかまってしまった。嫌な予感というのは的中するのだ。

「Hey! Hey!!」

たぶん、お金がなくて困っているというような内容を英語でしているのだろうけれど、言葉がなまっているのか、酔っ払って舌が回っていないのか、私の聴きとり能力がないのか、わからないが何を言っているのかさっぱり意味不明である。

私も皆と同じように。なるべく動じず、足早にささっと歩いていく。さっきまでリンゴと石畳の振動で浮かれていた娘は何かを察したのか、しんと静かになっている。彼女に怖い思いをさせたくはない。早くあっちへ行ってくれ。そう思いながら足早に歩いていくも、男性は諦めることなくついてくる。周りをチラッと見回すけれど、メインストリートだというのにすぐに助けてくれそうな距離に誰もいない。まずいなぁ。

「Hey!!! Hey!!! %+*O’$’(`+<) !!!!!」

怖い。怖すぎる。

男性があまりにも顔を近づけて怒鳴ってくるので、私の顔に彼の唾がペンペンと飛んでくる。

恐怖で血の気がひいて、身体がだんだんと寒くなってくる。心臓が今にも飛び出しそうだ。

男性はまだまだついてきて、怒鳴るのをやめない。

・・怖い。・・怖い。もう勘弁してくれ。


もし手を出されそうになったら、手持ちの金品類(と言ってもクレジットカードと現金少々しかないのだが)を全て渡して逃げ去ろう、と脇をぐっと締め、腹に力を入れた。


しかし、あまりの怖さに身体がガタガタと震えてくる。それを石畳の振動でかき消しながらとにかくズンズン進む。進む。進む・・・。

すると、恐怖極まって、今度は悲しみが押し寄せてきた。

「私が一体何をしたっていうんだろう」
でも娘の手前、泣けない。泣いてはいられないのだ。

そう、涙を堪えていると・・。


ブチッ!!


私の中で、何かが切れた音が聞こえた。


私が足をピタッと止めると、いきなりのアクションに男性の罵声が止んで、少したじろいで見えた。

「・・あなたね。わきまえなさいよ。恥を知りなさい・・」

自分でも知らないようなドスのきいた低い声が出た。

気づいたら、男性に面と向かってそう日本語で言い放っていた。



男はパクパクと口を動かしながら後ろへ下がると、
「$&’(‘)0’&)(0)⭐︎‘&%$#’)0& !!!!!!!!!!!!!」とよくわからない捨て台詞を放って逃げ去っていった。 


いざという時は母国語に勝るものはないらしい。


急に空気が静かになって、耳の中にはキーンと耳鳴りが響き渡っていた。

娘がリンゴをギュッと握りしめてチラチラとこちらを覗いている。
私はベビーカーのフード越しに彼女へニコッと笑いかけた。よかった、娘も私も、無事だった。

気づいたら、ベビーカーのハンドルと一緒に握りしめていたホテルのフロントの方からもらったメモ書きは手汗でぐしゃぐしゃになっていた。そこで初めて「怖かったんだ、私は」と現状を認識して涙が出てきた。

耳鳴りの音をかき消すように後ろからバスが走ってくる音が聞こえた。バスは赤信号待ちをしている。近くにバス停を見つけ、そうだ、さっきチケットを買ったんだ、とカバンの中のチケットをガサゴソと探してバス停まで走った。

一段と激しい石畳のガタゴトに娘は大盛り上がり。

もうこの際コインランドリーなんて、どっちでもいい。私は早くこの場を離れて違うところへ行きたかった。バスに乗り込むと、ベビーカーのブレーキをキュッとかけてふぅとため息をついた。娘の顔を見たかったけれど、見たら泣きそうなので今は見れない。

窓の外を見ながら心を落ち着け平静を装っていると、私たちの前の席に座っていた淑女が娘に笑いかけてお話を始めた。娘も一生懸命お話ししている。

「なんてかわいい子なの」

そう、淑女が私に笑いかけた。もうダメである。そこでダムが決壊したかのように泣き出した私に、淑女は首を斜めに傾けて、うんうんと頷いた。まるで全てを見ていたかのように。

「コインランドリーはどこですか?」
と震えた声で聞くと、次のバス停のすぐ近くにあるわよ、と教えてくれた。

バスを降りる時、淑女の方を振り返ると、また首を斜めにしてうんうん、と頷いた。


「ありがとうございます。さようなら」


こういう時に咄嗟に出てくるのは日本語だった。


淑女は優しく手を振って、バスはドアを閉めて進んでいく。

バスを降りると、斜陽がミュンヘンの街を暖かく照らしていた。初めてミュンヘンの街の姿をちゃんと見た。おそらく観光地からも離れた、なんの変哲もない場所だったのだろうけれど、ため息が出るほど、美しく感じた。そんなに遠くへはきていないはずなのに、なんだかものすごく遠くまで来てしまったかのような気がしていた。

バスが通り過ぎると、道路の向こう側にコインランドリーが見えた。

ただコインランドリーに来ただけなのに。
ものすごく大冒険をした気分だった。


画像1

洗濯物が仕上がるのを待つ間パーシーで遊ぶ娘。


*******

*******

生きていく場、暮らしの場、すべてがアトリエになりますように。いただいたサポートはアトリエ運営費として大事に活用させていただきます!