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067. 色鉛筆は小さくなる。あなたは大きくなる。

bonsoir!🇫🇷 クリスマスからの長いバカンスを終え、今週より毎週金曜日にフランス滞在記配信を再開します。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、本年初の今号は、フランスの画材屋さんで買った色鉛筆のこと。


寒い寒いヨーロッパの冬、当時イヤイヤ期まっ盛り、癇癪持ちの娘を抱えて過ごした日々を支え癒してくれたのは、画材屋さんで買った色鉛筆たちでした。

このnoteではたまに書いていますが、娘は感情が肌に出やすい子でした。ストレスやフラストレーションがたまると肌をかきむしり、1歳から3歳ぐらいまでは体のあちこちかき傷だらけでした。そんな幼い子どもに「かいてはダメだよ」というのも難しく、あらゆる治療法を試すもパッとせず、途方に暮れて彼女の背中をなで続けるわたしの手は、いつも脂が取られてテカテカとし、指紋が薄くなっていた。(そのせいなのか、フランス滞在のビザを申請するときに指紋が全然取れなかった、なんてこともあったっけ・・)。

ある時から、リストカットを繰り返す子に刃物で手首を切る代わりに赤いボールペンで手首を描き殴らせたところリストカットが治った、という話を思い出し、娘にクレヨンを渡したのだった。まずは心ゆくまで体に描き殴らせた。満足したら続いて大きな窓、そして大きな紙、ノート、メモ帳、と描くものを段々と小さくしていった。それから何かスイッチが入ると無心で描き続けるようになった娘。

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わたしたちが滞在したアパルトマンの近くにはちょっと大きな画材屋さんがあった。娘とお散歩の際、前を通るたび、ショーウィンドウ越しにキラキラと輝く画材を眺めていた。本人に興味があったかどうかはわからないが、いつも熱心に絵を描き続ける彼女に、それまで使っていたおもちゃ屋さんの子供用色鉛筆やクレヨンではなく、いいものを買ってあげたくなった。わたしはベビーカーを押して狭い画材屋さんの入り口から中へ入った。

中に入ると、懐かしい匂いがした。わたしの祖父は絵を描く人だったので、なんとなく、じいちゃんのアトリエの中にいるような気がした。ちょっと埃っぽくって、さまざまな油絵の絵の具やインクの匂いが混じるその空間の中に、裸電球の下ステテコを履いて絵を描くじいちゃんがいた気がした。

「かえろう」

そんな郷愁に浸る時間はあっという間に現実に戻される。ベビーカーの中ではおやつの時間がお預けになっている娘が不貞腐れていた。この日はぐるりとお店の中を回って後日一人で出かけてみることにした。フランスに来て、初めてゆっくり買い物したい場所に出会った瞬間だったのかもしれない。

その週の土曜日だったでしょうか。仕事がお休みの夫に娘を預けて今度は一人でまたあの画材屋さんへ入った。懐かしい匂いをかき分けて、わたしが向かったのは色鉛筆のコーナー。そこで12本セットの水彩色鉛筆を買ってレジに向かった。

その色鉛筆はわたしたちと色んな場所に行っては、その時に閃いた彩りを紙に写した。

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はじめはこんなに長かった色鉛筆たちも、

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どんどん小さくなって、


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今ではもう背中合わせにしないと削れないほどに。

一番好きな青色は

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もうこんなに小さくなった。近い将来、黄緑色の色鉛筆の中に取り込まれてしまうだろう。色鉛筆をみていると、嬉しさと物悲しさが交差して複雑な模様を描きたくなる。

鉛筆はどんどん小さくなって、あなたはどんどん大きくなる。


あんなに生々しく近くに感じられたフランスの記憶も、怒涛のように過ぎていく日々に押されてだんだんと霞んで感じられるようになってきた。幼いむすめと過ごした日々がどんどん遠くに感じられる。まるで、春の陽気が冬の寒気を押し退けて新たな一年を始めようとするかのように。

忘れてしまう前に書き終えることができるだろうか。

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