『レジ袋』

 何年前からだろう。
地球温暖化が騒がれ、オゾン層が破壊されていると発表されたことで、世界中が危機を感じ始めた。一人ひとりの意識改革と小さな努力の積み重ねで、地球環境を変えて行こうという取り組みが始まったのだ。

 その先駆けとして、まず掲げたのが『ゴミを減らすこと』だ。意識すれば誰だって出来る。国を挙げての事業なのだから、意識の有無を言ってる場合ではない。皆がやらないと始まらない。平成30年度におけるゴミ総排出量は、4,272万トンらしい。想像がつかないが、莫大な量ということだけはわかる。。東京ドームにして、約115杯分というと、その量の凄さが、何となくではあるが、理解できる。


  ゴミの回収にはルールがある。

①居住地で決まっている日時、場所を守ること

②分別ゴミであること

③市町村で指定されたゴミ袋であること

 ゴミ袋が有料化されたことで、ゴミを出さないよう、予め想定して買い物をするようになった。「安いから一応買っておこう」など、寝ぼけたことは言ってられない。「使わなかったら、いずれゴミになる。勿体ない」という気持ちが先に立つようになった。


 家庭で眠っている贈答品、不用品などのリサイクルショップも増えている。利用できるものは利用できる人に利用してもらう作戦。捨てる神あれば拾う神あり、の精神である。

 私もリサイクルショップを覗いたことがある。興味深く店内を物色して回る。

「いつか使おう」と、何年も箱に入ったまま、日の目を見ることのなかった食器類や、誰かが昨日まで使っていたとは思えない、ほぼ新品同様の品物が並んでいる。

 ここでもまた、私の住む世界は何と豊かなんだろう、と思わざるを得ない。


 ゴミに思いを巡らせる。

特にビニールやプラスチックのゴミは、棄てられ、雨水に流され、河川を漂流し、後には海底に沈み、溶けることも腐敗することもなく、そのまま環境中に残り続けるらしい。

「分別が面倒くさいから」と言って、しれっと道端に捨ててしまう。「誰も見てないから」と。この小さな罪が、積もり積もって環境汚染を引き起こす。決まり事を守るのが面倒な人のせいで、より面倒な決まり事が作られていく。


 コンビニやスーパーのレジ袋をマイバッグにしようという取り組みは、かなり浸透してきた。マイバッグ持参の特典として、ポイントを付与する店舗もあったが、定着と同時にポイントはなくなり、更に、2020年7月からレジ袋の完全有料化となった。

 日本では、二酸化炭素をできるだけ排出しないよう、処理が行われているが、焼却処分による二酸化炭素の増加も問題である。

レジ袋を減らすことが、環境や私たちの未来を作るのだという。理由を知れば、レジ袋の 有料化もマイバッグ持参も、納得がいく。

 しかし、洋服屋さん、お菓子屋さんなどで提供する紙袋まで有料になったのは、合点がいかない。明らかに便乗ともとれる。

 買い物に出かけ、オシャレなショッピングバッグを幾つもかかえて帰り、ひとつひとつ袋から出して、その日の収穫に喜びを噛みしめる。この上ない幸せだ。ところが、この袋、有料なのだ。素材は自然環境に優しい、悪影響を及ぼす心配のない『紙』である。

服や靴を買ったのに、持ち運ぶ袋にまでお金を取られる。信じ難い。

勿体ないから使い回す。店のネーミングのロゴが入った紙袋を持ち歩くことで広告塔になる。納得がいかない。


 世の中は豊かだ。

それなのに、妙なところで『右へ倣い』と便乗してしまうところがある。

マイバッグ導入によって、レジスルー、いわゆる、万引きもふえたそうだ。小さいことにとらわれたせいで、レジ袋で得られる収入以上の損失を生むことになるのかもしれない。

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