見出し画像

安曇野いろ「蕎麦」

 信州に越して来てから、蕎麦を食べる回数が明らかに増えた。美味しい蕎麦屋があると聞けば食べに行く。蕎麦は〈普段着〉の食だから、いくら美味しくても高い店はダメ。行列もご免だ。早くて安くて美味しいが決め手になる。
我が家の裏には、蕎麦畑が広がっている。開花期になると、畑は真っ白な花で埋め尽くされる。でも、花に見とれて窓を閉め忘れると大変なことになる。蕎麦の花は肥溜めのような臭いを放つのだ。最初は畑に撒かれた堆肥の臭いかと思っていた。
「このひどい臭いは蕎麦の花ですよ」
近所の方に教えられ、花の姿と臭いの落差に驚いた。
ともあれ、その臭いで受粉が促され蕎麦が実る。開花期だけは辛抱しよう。人間以外の生物と折り合いをつけることこそが、田舎暮らしを楽しむ秘訣かもしれない。
刈り入れを終えた蕎麦畑には、赤い茎だけが残される。蕎麦の茎にまつわるこんな昔話がある。
「昔、蕎麦と麦とは姉妹だった。冬の寒い日、川を渡してくれとお婆さんが二人に頼む。麦は断り、蕎麦がおぶって渡った。蕎麦の足は冷たい水で赤く染まった。空から見ていた神さまが、蕎麦は夏の光で育つように、麦は人に踏まれて冬に育つようにした」。
新蕎麦が出回り始め、蕎麦屋巡りの日が続いている。
味はもちろんのこと、蕎麦汁も大事。付け合わせの山葵も、折角だから地元産にこだわりたい。そして、〆の蕎麦湯も濃すぎず薄すぎず……と蕎麦好きの信州人気質に益々拍車がかかってきた。
                     2016・11・28

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?