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「平和」

「動物会議」ケストナー・岩波書店

 軍縮、核兵器禁止、人種差別や宗教の自由などを論じる平和会議が、地球上のあちらこちらで頻繁に開かれている。これほどたくさんの会議が開かれたら、戦争もなくなり平和が保たれる筈なのに、なぜかそうはならない。苛立ちを覚えて立ち上がったのは、アフリカの動物たちだった。
「あーあ、人間ときたら、しょうこりもなく戦争を繰り返さずにはいられないんだ。なんでもぶっ壊しては、絶望して自分の髪をかきむしってる……」北アフリカのチャド湖で、ライオンのアイロスと象のオスカール、キリンのレオポルトが一杯飲みながら、憤慨していた。
「子どもたちは、戦争、革命、ストライキとひどい目にあう。それなのに大人たちは、何ごとも、子どもたちが幸せになるためにやったんだ、なんていうんだ。図々しい話じゃないか」
「何か手を打たなきゃならない。何よりも人間どもの子どもたちのために」
 象のオスカールは、動物ビルで「動物会議」を開くことに決めた。通知はありとあらゆる動物たちの間を駆け巡り、それぞれの種族が代表を選びだした。
 人間の大統領たちがケープタウンで第八十七回目の会議を開くのと同じ日、動物たちも、第一回動物会議を開いた。そして人間たちに「国家という考えを捨て去ること」を要求した。
人間たちは怒って、抗議文を動物ビルに送り付けた。それを見た動物たちも憤慨する。「こういう書類が、人間の分別を妨げている。書類を無くしてしまえ」。ケープタウンをネズミの大群が襲い、全ての政治書類をかじって、紙くずに変えてしまう。「制服も人間の分別を妨げている。制服を無くしてしまえ」今度はシミ虫がケープタウンを襲い、制服という制服を食い尽くしてしまう。それでも、聞く耳を持たない人間たち。動物たちは最後の手段に出る。象のオスカールが重大声明を発表した。
「人間の法律の本には、役に立たない両親からは親の資格を取り上げてもいいと書かれている。我々はこの法律に当てはめ、君たちの政府からこの資格を取り上げる。君たちの政府が分別を持って世界を治めようとするまでは」
 動物たちの最後の手段とは、全ての人間の親から、子どもを奪ってしまうことだった。その結果、人々は絶望し、嘆き悲しみ、途方に暮れ、何も手につかなくなった。どんな悪徳政治家や独裁者の大統領にも子や孫がいたから、遂に人間たちは降伏し、永久の平和条約にサインをする。
「①国境はもはや存在しない。②戦争は行われない。③秩序を保つための警察は、弓矢で武装。科学と技術が平和利用されるよう監視する。④役所と役人と書類ダンスの数は最小限にする。⑤一番待遇のいい役人は教育者で、真の教育目的は、悪いことをだらだらと続ける心を許さないこと」
 動物のもとに保護されていた子どもたちは、すぐに親たちに返され、最初で最後の動物会議は閉幕する。
 鋭い風刺と、温かいユーモアの絶妙なバランス。希望のある結末にほっとする。作品を貫いている「子どもの為」とは「未来の為」と同義語だ。自由主義者だったケストナーは、ナチスによって焚書の憂き目にもあうが、どんな時にも絶望せず、平和と子どもとユーモアを愛した。
 悪いとわかっていることをだらだら続ける精神は、残念なことに、人間社会のあちこちに蔓延したままだ。もしケストナーが生きていたら、更に手厳しい「第二回動物会議」を執筆し、人間を諌めただろう。 

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