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怒った時に無言になる人

感情表現は大きくわけて、喜怒哀楽の4つに分類されると思うのだが、怒るという表現は何かと激しいイメージがある。
口から炎が出ていたり、真っ赤になって鬼になっていたりのイラスト表現が多いように感じる。
身近な例で言うと前回の記事でもあった通り、父は激しい怒り方をするタイプだ。
一方私は、怒りの感情を覚えると無言になり、どちらかといえば静かなタイプだと言える。

今日は穏やかな日だった。
朝はスムーズに起きれたし、メイクも上手くいき出かける準備が5分前に終わった。
バイト先でも緩やかに時が過ぎていき、明日は休みなので何をしようかなとうきうきしていた。
いつも通り母の迎えがあり、車に乗り込んで今日何する?と夕食の話をした。
その時ふと数日前に購入した冷凍食品の存在を思い出した。

というのも、私が働いている職場では食品を扱っており、従業員割引が適用される為、父が食べたいと言っていた冷凍食品を数日前に購入していたのだ。
皆で食べようといそいそと冷凍庫に入れていたそれを思い出し、今日それが食べたいなと母に告げた。
すると母は、キョトンとした顔でもう食べたけど?と言い放った。

私も食べたくて購入したものを、父と母が二人で食べたと知り、えっ、と思わず声が出た。
たかが500円ほどのものではあったし、食べてもらう為に買ったが、楽しみにしていた分、ショックと私への配慮はなかったのかという怒りが込み上げてきた。
(今書いててそれだけの事で?と私でも思った)
ただそれだけの事で怒る自分の幼稚さと、でも母も一言言ってくれたらよかったのにという怒りと、私も食べたかったなと言う悲しみがごっちゃになり、とうとう無言になってしまった。

母はごめんねと言ってくれたし、私も一日中引きずる程の怒りではなかったので、今は全く何も思っていないのだが、怒り方のタイプは前々から気になっていた。

無言になる理由を考えた時に、幼少期の記憶が関係しているのだと思う。
威圧的な父が絶対の家庭環境で、幼い私の持てる語彙では、理不尽を感じても父を言い負かすことは不可能であった。
言い返すことで更に父の逆鱗に触れてしまい、状況が悪化することが多かった。

そのせいか、怒りを覚え感情が昂った時に、頭ではぶわっと色々な言葉が思い浮かぶのに、喉がつっかえたように何も言葉が発声できなくなった。

父はなんか言いたいことがあるなら言えと、私を追い詰めるのだが、顔が熱くなるのを感じるだけで何も言葉が出てこず、一言でも発すると涙が出てきてしまうのが分かった。
反抗的な言葉が返ってくることがないためか、結果的に父の怒りが静まるのが早くなった。

それがきっかけだったかは朧気なのだが、少なくとも思春期の頃からは怒りで言葉を荒らげることは滅多になく、一人で涙を流し怒りを鎮めていた。

そこで調べてみると、怒りで無言になるタイプには二種類あることが分かった。
自分が黙ることで相手からの謝罪を待つ戦略的タイプと、相手の反応が怖く萎縮する抑圧タイプ。

私はきっかけこそ抑圧タイプではあったが、今現在では戦略的タイプの方が近いのか?と考えたが、どうもしっくりこない。
そこで感情が昂ると泣く人と検索条件を変えると、HSP(Highly Sensitive Person)のサイトがでてきた。
感受性が強く敏感な気質を持つ人とあり、中でも下記のものが引っかかった。

HSPは相手の感情まで敏感に察知するので、自分で誰かを傷つけてしまった場合、その人の痛みを無視するのが難しく、自分自身も傷つきます。

『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』(イルセ・サン 著)


これにはなるほどと、深く納得してしまった。
怒ることで自分の気持ちを優先的に考えるのだが、それと同時に相手の気持ちも深く考えてしまうことがある。
つまり人に対して怒っていた場合、二重に傷付いているのだ。

自分が怒って言葉を放つことで、喧嘩になると余計に傷付いてしまうからと、喧嘩を避け、それならばと一人で抑え込むということを無意識にやっていたのかと思うと、変に感心してしまった。

怒りを感じた時、無言で人との対話を拒否していたが、それに対して罪悪感が少なからずあったのだ。
多分私はこれからも怒りを覚えた時に無言になってしまうのだろうが、自分を守るためだということを理解したので罪悪感を感じることは少なくなるはずだ。
悪いと思った時に素直に謝るということさえ守って、怒りという感情と上手く共存出来ればと思う。

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