木下愛莉さん(仮名)の相談
こんにちはー。初めて来てみちゃいました。お一人でされてるんですか❓ふさやまさん、、、❓ってお呼びしていいですか❓ふさやまさん。私、木下愛莉と申します。これをご縁にまたお声かけさせてもらいますね。ます。私、そこのスナックでアルバイトしてるんです。たまにふさやまさん、そこのファミマでお見かけしたことありますよ。ハムスターみたいでかわいいなってこっそり思ってました。うちのお店常連さん多いけど、新しいお客さんも大歓迎なんで、もしよければ気が向いたら来てくださいね。ママもいい人なんですよ。
、、、ふさやまさんお酒大丈夫ですか❓じゃあふさやまさんがいつ来ても大丈夫なように美味しいオレンジジュース用意しときますね。最近暑いですしね。オレンジジュース嫌い❓もう、わがままですね。じゃあほうじ茶にしときますよ。
こう見えて私、今デザインの勉強してて学校行ってるんです。もう26なんだけどね。ちょっと学校行きそびれちゃったから。そこでパターンの勉強してるんです。楽しいです。今までやりたかったことが本当にできるってこんなに開けた気持ちになるんだって。人生まだまだ捨てたものじゃないですよ。
私、最近まで彼氏いたんです。結婚まで考えてたんです。常連さんの部下の人でね。最初お店に来た時、顔はあからさまに嫌って感じじゃないし、一生懸命そう見せないようにしてるんだけど、すっごく帰りたそうにしてて、体の硬さというか、空気❓みたいなのからそういうの伝わるんです。本当は苦手なんだろうなって思いながら、ごめんね、ありがとうねって気持ちでお話してたんです。上司のお客さんは楽しそうな人だから、あんまりそういうことまで気にしてないみたいで、度々その後も連れてこられたんです。断れないよね。上司だしね。それでその度に何回かポツポツとお話してて。
それで、ある時、たまたま区の図書館で会ったんです。午前中だったから1時間前くらいに起きたばっかりで、すっぴんだったしメガネかけてたから向こうは全然私に気がつかなかったんだけど、私はすぐに加山さんだって気づいて。その人、加山さんって言うんです。声かけたらポカンとした顔してて、名前言うまで気づいてくれなかったんです。ああ、とか言って、いつもお世話になっていますとか律儀に挨拶してくれて。それでその後、カフェでお茶しませんかって私からお誘いして、本当は授業あったんだけど、それよりも大事なことだから仕方ないですよね。それからまた一緒に同じカフェに何度か行きました。
加山さんは椎名誠とか、司馬遼太郎とかが好きで、あまり自分からは話さなかったけど、聞いたら楽しそうに話してくれました。一緒に映画見に行ったりして、お付き合いするようになったんです。
デートで植物園に行った時、最後の園芸ショップでウツボカズラが売ってて、これが家にあったら家の中が植物園みたいになりますねって私が笑って言ったら、加山さんは、よかったら一緒に育てませんかって。
それから、同棲するようになったんです。
彼はその後、やりたいことがあって、別の会社に転職したんです。私は相変わらず働きながらだったけど、平穏だったんです。私には眩しいくらいの完璧な平穏でした。
だけど、2年くらいして加山さん、だんだん困った表情が増えていったんです。一緒に笑ってるんだけど、話のすぼみにふと気になって彼の顔を見上げると、どこか困っているんです。その陰りが気になってはいたんですけど、私は平穏に浸かっていて、ちょっとおバカなとこあるんです。大丈夫だって見ないふりしてました。
そうしたら、それから3ヶ月くらい経って、好きな人ができたって言うんです。私は何を言ってるのかよくわからなかったし、今も正直飲み込み切れてないかもしれない。消化し切れてないんです。しょうがないな、変えられないなってことだけはわかりました。私には加山さんを動かすことはできないんです。
私は、わけもわからず、次に何か言わなきゃと焦って、ウツボカズラに水あげなきゃ、なんて言ってて、カッコ悪いんですけど、一言で言えばうろたえちゃったんです。
次の日の、加山さんが仕事に行ってる間、昼くらいから荷物の整理を始めたんですけど、頭がぼーっとしてなかなか片付かないんです。加山さんの部屋にはあんまり入ったことはないんですけど、私の荷物もちょっとあったからちょっと入ったんです。そうしたら、加山さんの机の上の右側に平積みされてる本のその手前に、文庫本が一冊大事そうにきっちりと置かれていて。そこだけがなぜかふんわり明るく見えたんです。
向田邦子の『思い出トランプ』。
いただいたばかりの名刺を机に置くみたいに、優しく置かれているんです。開くと、ムーミンに出てくるミムラってキャラクターの栞が挟まっていて。ミムラが花束を抱えている絵で。もう読み終わっていました。
片付けも荷造りもやめて、そのままの格好で、ナイキのサンダル履いて、脇目も振らずにヘアサロンに行きました。行ったことない、近所のヘアサロンです。髪の毛を、全然好きな色じゃないし、趣味でもないんですけど、この長い毛全部、ピンク色に染めたんです。
それで、私、その髪を、その本にそっと挟みました。
怖がらせちゃったかな❓ふさやまさんにこの話するのは早かったかなー。
お店、きてくださいね。大丈夫です、ふさやまさんにはいじわるしませんよ。
そうなのね。木下さんは優しくて逞しいのね。
ほうじ茶は嫌なのね。苦いから。
※この話はフィクションです。
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