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発達障がい|歯医者さん戦闘記

 口に入ってきた指を容赦なく噛んだ。まっず。ゴム手袋の味がする。
「おかあさん! この子噛んだ! 噛んだよ!」

 そう、このときから歯医者さんとの闘いは始まったのだ。
 
幼稚園児のとき、歯医者に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。まあみんなそんなもんだろう。それでも、後ろから母に羽交い絞めにされて席についたけど、最後の抵抗として閉じていた口に指を突っ込まれたので噛んだ。そりゃあ噛むだろう。そりゃああんたが悪いだろう。いまでもあのゴム手袋が強烈にまずかったことは覚えている。
わたしはわたしの正義を疑っていない。

あれから、歯医者さんジプシーをして、最寄り駅にできた新しい歯医者さんへ連れていかれた。そこは、以前までの歯医者さんとは違って、ひとりで席に着くタイプで、わたしは不安で不安でたまらなかった。
一回目は、泣いてやる! と決めていたので、痛くなくても、というか何もされてなくても、息が切れても、ちょっと疲れても泣いていた。歯科衛生士さんは「なんもしてないがな」と笑っていたけど、これはわたしができる必死の意思表現なので、痛いか痛くないかは関係ないのである。
でも、その歯医者さんは素晴らしかった。歯に処置をする前に、今から何をするかの説明と、実践を行ってくれたのだ。「今から風を当てるよ~」と手の甲に風を当ててくれ、「これで歯の表面を削るね」、と機械を見せてくれ、「これはね、このライトを当てたら固まるんだよ」と手袋の上で実践してくれた。それを見て、歯の治療がなにをしているのか理解し、また、理不尽でないということを理解したわたしは、次の治療から、一切泣かなくなった。痛くて泣きそうなときもぐっとこらえた。納得したからだ。
あとから知ったのだが、母が事前に、「ちょっと難しい子なので、説明してやってください」と言ってくれていたらしい。さすが母です。しかし、ここまできちんと説明してくれた歯医者さんも素晴らしいと思う。
それからは、もちろん嫌な気持ちを持ちつつも、治療が終わるまで歯医者に通えた。フッ素なんかはリンゴ味で結構おいしいな、と思っていた。

あれから月日は過ぎ、父がえらく気に入った、違う歯医者に通うことになった。いつもの検診の間は良かったのだが、ここでも大きな戦いが訪れた。そう、親知らずである。
歯の成長が早いらしい我が家は、高校生の頃から親知らずの影が見えており、「いつか抜かなねえ」と言われていた。しかし、レントゲンを見てわたしは思っていた。これほど真っすぐ生えているなら抜かなくてもいいのではないか? と。
 何度か、「いつ抜きますか?」という誘いに「でも真っすぐ生えてますよね?」「ぬかないとだめですか?」と逃げてきていたのだが、「抜くなら早いほうがいいんでね」だとか「神経に触るようになってしまったら抜けなくなるんですよ」などと脅され、ついに屈したわたしは、抜くことになった。
痛いことは覚悟していた。しかし、真の戦いはそこではなかった。
真っすぐ生えているため、左側の上下二本を同時に抜くことになったわたし。麻酔をかける前に、麻酔の注射の痛みをごまかすためのしびれ薬を塗られた。
これがまあ、まずいなんてものではなく、体が反射として吐き戻そうとするような味であった。しかし、頭が地面に平行な角度を超え、下向きになっていたわたしの喉に容赦なく流れてくるしびれ薬。まずすぎて歯医者を殴ろうかとも思った。母親にすぐに連絡した。
麻酔をされ、歯を抜かれても痛みなんかよりしびれ薬のまずさの衝撃に震えていた。「おえってなったのに!」と来てくれた母に主張し、あまりの辛さに泣きそうだった。たぶん泣いてた。親知らずはかなり真っすぐ生えていたので、抜いたことによる痛みなどはあまりなかったのだが、おえってなったのに、おえって言っていたのに何の気遣いもなく処置を続けた歯医者への不信感は爆発。「もうあそこへは行かない」という宣言が出た。
そうして、母の大学時代の知り合いの歯医者に行くことになった。しかし、ここでも、反対側の親知らずが腫れて痛すぎることにより、抜歯が決定。
ここでもまた、事件が起きた。麻酔が圧倒的に少なかったのだ。
麻酔がまずすぎるのでおえってなる、という話は事前にしていたので、おえおえ言いながらうがいをさせてくれたが、「あと二本くらい麻酔打つと思う」と母に言った直後、つまり、それくらいのしびれ具合なのにも関わらず、親知らずを抜きやがった!
もちろん激痛。前回は麻酔がきちんと聞いていたので、術後すぐは痛くなかったのに比べ、抜かれている間から激痛。信じられない。
痛い、痛い、というと「そんなに痛くないはずなんやけど」と言われ、あほか、と思う。わたしの神経とあんたの神経繋がってんのか? わたしが痛い言うてるねんから痛いに決まっとるやろが。だいたい、麻酔がどれぐらい聞いているかの確認もなくいきなり抜かれたことにより、この歯医者の信頼もゼロ、いやマイナスに。
「二度とあそこへは行かない」が出た。
ぼろぼろ泣きながら帰りの車で「なんであんなに麻酔を打ってくれなかったの」と母に訴えたけど、マジであれはただのミスだと思う。麻酔が足りていない状態で親知らずを抜くのはほぼ拷問である。いまだにわたしは許していない。
帰宅して、ふらふらと布団に入り、「わたしは痛みに泣いているんじゃない。理不尽に泣いているんだ」と心の中で呟いて寝た。いまだにわたしは理不尽に怒っている。

どうして歯医者ってところはこう理不尽なんだ。結局、総合した歯医者への信頼はいま、マイナスである。

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