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ミステリー通りコナン商店街


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

あらすじ
小南商店街はさびれきっていた。そこで町興しをバンビ企画という会社に依頼する。同社の鬼頭社長は曲者ではあったが、ミステリー商店街にするという企画を立案し、商店街は活性化した。しかし、五年が過ぎ、商店街は再び衰退していた。そこで再度バンビ企画に商店街の活性化案を依頼した。疑似殺人事件を商店街で起こし、参加者が犯人を推理するという「ミステリーツアー」が開催された。ところが、実際に殺人事件が起こり、商店街は大騒ぎとなる。商店街に住む犬小五郎と猫マリリンが活躍する。


ミステリー通りコナン商店街

1 ちょっと話につきあってくれ、ワン!

吾輩は犬である。名前は小五郎(こごろう)という。
人間の子どももそうであるが、産まれてくる子は親と性別、名前を選ぶことはできない。だから、吾輩のちょっと意味深な名前に文句をつけられる筋合いはないことをご承知いただきたい。吾輩の飼い主は小さな薬店を経営する阿笠(あがさ)小太郎(こたろう)という頭の禿げあがった中年オヤジだ。
阿笠家の家族構成は、つまり吾輩の家族構成でもあるが、妻の裕子、長女の伊佐美(いさみ)、長男の大五郎(だいごろう)である。伊佐美は中学一年、大五郎は小学校五年だが、こやつらは吾輩が小さい時はよく面倒を見てくれたが、いまは部活や遊びで忙しいと、まったく散歩に連れていってくれなくなった。
妻の裕子は生粋の猫派ということもあって、最初から吾輩のことを無視していた。

そんなわけで、主人小太郎が毎日吾輩の世話をしている。ご主人様のことをあまり悪く言えないが、吾輩を連れて散歩する時には、吾輩を利用してギャルなどと交流する狡猾な奴だ。
「まあ、可愛い。名前はなんていうの」
「小五郎でござる。豆芝でござる」と主人小太郎はぬけぬけと言う。そして女子中学生や女子高校生たちの胸の膨らみや生足にいやらしい目を這わせている。
「おい、お前はいいな。視線が低いからスカートの中がよく見えるだろ。首輪に盗撮カメラでも括(くく)り付けるか。おまえ、この間は綾香(あやか)に頬ずりされていたな」
はあ、情けない、綾香は羽生(はにゅう)美容室の一人娘でまだ高校二年生だが、母親に似てかなりの巨乳だ。
こんな家族構成だが、また、食事や寝床などに文句を言えば切りがないが、吾輩はまあ平穏に幸せに暮らしている。

 一軒隣の写楽(しゃらく)法務事務所の柴犬ミミがどこかの雑種犬と恋をして産まれたのが吾輩ということは、このしけた商店街では周知の事実である。しかし皆、小太郎に遠慮して、吾輩のことを豆芝ということにしてくれているのだ。残念ながら、吾輩を産んだ実の母親のミミは昨年亡くなってしまい、父親がどこのどいつかわからない吾輩は犬としては天涯孤独となってしまった。

東京郊外の私鉄沿線の各駅停車しか停まらないこの小南(こみなみ)駅前の、このしけた「コナン商店街」は果てしなくさびれきっている。隣の御殿山(ごてんやま)駅は急行も特急も停まるし、駅にも立派な立体舗道があり、巨大な駅ビルもそびえたち、住宅雑誌とやらの住みたい街投票とやらで、いつもベストテンに入っている町だ。さらに駅周辺には巨大な高層マンションが建ち並び、ヨーロッパ風の赤レンガが敷き詰められた舗道が特徴の商店街には多くの人々が集まっている。
それに比べてこのコナン商店街はと考えるだけで、吾輩は本当に情けなくなる。
これもすべて五年前に商店街の名前を「小南(こみなみ)商店街」から「コナン商店街」と改名したからだと、マリリン姐さんが言っていた。おっと、マリリン姐さんとは、『マロン』というケーキ屋で飼われている黒猫だ。
彼女とは犬・猫の種別、性別を越えて気があい、よくこの町内の情報交換をしている。なにしろ吾輩は昼派で夜は早寝だが、マリリン姐さんは夜行性でよく夜中に商店街の屋根の上を徘徊、いや失礼、彼女にいわせるとパトロールしているからだ。吾輩はまだ2歳だが、マリリン姐さんはすでに7歳で姐御として絶対的な権力を持っている。いまでもその黒い毛艶は妖艶に輝き、吾輩を魅了している。

「あんたのご主人阿笠小太郎と写楽法務事務所の写楽歌右衛門(うたえもん)が、商店街改悪の元凶なのよ。ミステリー好きのこの二人が提唱して、さびれた商店街の町興(おこ)しとして、『ミステリー通りコナン商店街』なんて名前にしちゃったのさ。閉店を考えていた商店街の他の店も、何かせねばと同調したのはしかたないがね。たまたま彼らが阿笠と写楽という名前だっただけなのにさ」
「えーと、『阿笠』と『写楽』? それが何か?」
ミステリーなど、主人の小太郎がテレビで見ているのを覗き見たことしかない吾輩には、マリリン姐御の言っている意味がわからない。ここはマリリン姐御に当時の顛末を語ってもらおう、なにせ吾輩は五年前にはまだ産まれてもなかったのだ。

2 ちょっと愚痴を聞いてくれるかな、ニャン!

五年前のちょうど今頃の季節かな、川沿いの桜が咲き始めて、なんだかあたしも胸やお尻がむずむずする季節だった。巷では巨大ショッピングセンターがあちこちに乱立して住民が集まり、逆に多くの町の駅前商店街がシャッター街となりはてていた。
御多分にもれずこの二十軒ほどの小南商店街も、八百屋、魚屋、肉屋がまず閉店してから数店が立て続けに閉店して危機に瀕していた。何とか商店街を再興させるべく、街の商店主たちが立ちあがったのさ。商店街振興組合の会合は、いつも閑古鳥が鳴いている喫茶店「スイス」を会場として、何度となく開かれ、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論がされたが、なかなか復興の名案はでなかった。
あたしもカウンターの上に寝転んで、進展しない議論に欠伸をしていたさ。なんせ、こんな田舎の商店街の親爺やおばさんが何人集まって、何回議論してもまともな振興案がでてくるわけはないのにさ。

「色街(いろまち)商店街としたらどうかな。なにせ、人類最古の商売はアレというじゃないか」
あちゃ、あたしのご主人のケーキ屋小倉(おぐら)花蔵(はなぞう)がとんでもない提案をした。
「キャバクラや大人のおもちゃ屋を誰かやらないか? この喫茶店は同伴喫茶にして、エロ映画館も誘致しよう」
「いいかもな。阿笠さん、今では大手薬屋チェーン店でもバイブなどの大人のおもちゃを売っているぞ、あんたんとこもどうだい。商店街を『黒薔薇(くろばら)通り』なんて名前にしようか」
お調子者のクリーニング屋の斎藤菊三が追随する。
「小栗(おぐり)さん、あんたの古びた旅館は、少し改装して、連れ込みラブホテルにすれば大儲けだぞ」
商店街の一番奥で旅館を経営している小栗俊一は、学生時代に初めて行った池袋のラブホテルの回転ベッドを思い出して、思わず赤面した。その部屋には本物のオープンカーのベンツをベッドに改造したものがあり、枕元のスイッチを押すと、ベンツはゆっくりと回転を始め、ベッドの中心部分がなにやらリズミカルに上下した。やっと連れ込んだ彼女は大喜びした。
「一カ月前にやっと予約した」甲斐があったというものだ。ところが、そのわずか二週間後にその部屋で殺人事件が起き、俊一はテレビに映し出されたベンツベッドを呆然と見つめた。その彼女とも、大学卒業とともに関係は自然消滅してしまった。
「ラブホに改装する時はちょっと覗き穴もつけてれくれよな」
煙草屋の主人目黒福三(めぐろふくぞう)は、アダルトビデオを見るのが趣味だ。
「おいおい、すぐそばには小学校もあるんだぞ、この田舎町にいかがわしい風俗街なんてもってのほかだ」
 パン屋の有瀬(ありせ)和也が珍しくまともなことを言う。この親爺はあたしに時々、売れ残りのパンをくれるが、その見返りだといわんばかりに、必ずあたしのおっぱいをやらしい手つきで触るヒヒ爺だ。
「ねえ、『アニマル通り』はどうかしら? 今は空前のペットブームでしょ。猫や犬、ヤギ、狸、オウム、フクロウ、アザラシ、亀、どの店にも看板動物を飼って、お客と触れ合いさせるというのはどうかしら」
「猫喫茶とか、いいかも」
おいおい、美容室の羽生(はにゅう)西子は何を言い出すのだよ、毎日見知らぬ奴らの相手をするあたしらのストレスも考えな。この間、テレビでやっていたニュースを見てないのか。オーストラリアのコアラたちは、観光客との記念写真にいやいや駆り出されるので、ストレスからハゲていたぞ。

「私と写楽さんで相談したのだが、『ミステリー商店街』というのは、どうかな? ミステリーブームだし、猫探偵なんていうのもテレビドラマや映画になっているから、かなり話題になるのでは」
薬局の阿笠小太郎がなかなか面白い提案をしたので、あたしも、むっくりと起き上がったよ。阿笠の突然の提案に、皆はきょとんとした。
「幸い、私の名前は写楽、薬局の小次郎さんは阿笠、何か気がつかないかい?」
でっぷり太った写楽が団子鼻をピクピクして謎かけをした。こいつは自慢するときはいつも酒焼けした赤い鼻をヒクヒクさせる。
「そうか! シャーロック(写楽)・ホームズ、アガサ(阿笠)・クリスティだよな」、洋食屋の真日(まび)文久(ふみひさ)が、はたと膝を打った。「なるほど!」、他の商店主たちも一斉に身を乗り出した。
「ほかにも考えれば、いろいろこじつけ、いや元へ、世界の探偵たちと関連づけができるかもしれない」

「やはり、エルキュール・ポワロ、刑事コロンボ、コナン・ドイル、エドガー・アラン・ポー、明智小五郎、ルパンなども入れたいね」
「フニャラ、あの、ルパンは探偵でなく盗賊だけど」、あたしもつい口をはさみたくなったのはわかるでしょ。
「なるほど、探偵に限定せずミステリーという大きな枠で考えると、面白いかもしれない。探偵だけでなく悪党、脇役、作者、町とか、話は広がるな」、ケーキ屋花蔵は乗り気だ。
「商店街の名前もミステリーに由来したものにすれば面白そうだ。『エルム街』とか『ベーカー通り』、『モンタギュー通り』とか……」
大工の早雲(そううん)大九郎(だいくろう)が初めて口を開いた。この男もミステリーにはなかなか詳しいようだ。早雲は、本業は大工だが荒物屋も兼業しているなかなかのやり手だ。

「素人の俺たちがどんなに知恵を絞っても、実行に移すにはやはりプロの力を借りるべきだろう。昨日のテレビで見たんだが、山形の洞穴(どうけつ)町はカラスの缶詰で村興しに成功したそうだよ。そのプロデュースをしたのが鬼頭(きとう)という商店街再生プロデューサーだったよ」
「そうだな、多少金がかかってもいいからその鬼頭という男に相談してみよう。写楽さん、あなたは司法書士だろ、契約とか法律に詳しいから鬼頭とかにコンタクトしてよ」
つぶれそうな旅館経営の小栗俊一が話をまとめた。

3 ふむ、ふむ

「なるほど、姐さん。この商店街がコナンミステリー通りになったのには、そんな経緯があったんですね」
吾輩は駅前の商店街のアーケートを見上げた。アーケードのアーチ型の看板には『ミステリー通りコナン商店街』と派手な色合いで書かれているが、設置されてからすでに五年、色はくすみ、所々ペンキが剥げている。おまけに、燕、鳩、椋鳥の糞まみれだった。吾輩はマリリン姐さんのちょっと芝居がかった語り口にひきずりこまれていた。
「小五郎、話はここからだよ、その鬼頭というプロデューサーはとんでもなくヤバイ奴だったんだ」
「そやつ、名前からしてヤバイですよね」
 ゴクリ、吾輩はマリリン姐さんの話の迫力に息をのんだ。
「少し、話が長くなるよ、覚悟しニャ」

4 こわっ! 蜘蛛男と蜂女

 背が高く手足の異常に長いその鬼頭(きとう)伴尾(ばんび)という男は、商店街の要請を受けてから一週間ほどで町に現れた。歳のころは五十代ぐらいで、太い縦縞の派手なダブルの背広にその長身を包んでいた。
「私がマスコミで有名な『バンビ企画』の代表鬼頭です。あなた方は私に依頼したことで、もう商店街興しは成功したようなものです」
派手なピンク色のベンツから降りるなり、鬼頭は口を開いた。居並ぶ商店街の面々から誰ともなく拍手が湧きおきた。ベンツからはもう一人、派手なツーピースの女が降りてきた。身体に密着した服から、女王蜂のようなグラマラスな体形がいやがおうにも見てとれた。
「よくぞ、こんな田舎の商店街まで来てくださいました。どうぞこちらへ」
旅館の小栗が丁重に喫茶店スイスに鬼頭らを案内した。

 おいおい、こんな手足の長い蜘蛛男みたいな奴、みるからに怪しいじゃないか、あたしはそいつに近づき臭いを嗅いでやったよ。やはり胡散臭(うさんくさ)い獣(けもの)臭がプンプンしていたよ。ついでに女王蜂女の臭いを嗅ごうとしたら、この女、ハイヒールであたしを蹴ろうとしたのよ。もちろん、軽くかわしてやったけどね。

 喫茶店にはすでに商店街の店主全員が集まり、鬼頭の言葉をいまかと待っていた。
「こほん、まずは自己紹介ですが、私のことはもうご存じですよね。こちらは秘書のグレース蜂子(はちこ)です。彼女は調査全般、商店街の改装デザインなどを担当してもらいます。もうこの小南商店街の概要は調査しました。失礼ながら貴店らの経営状況も、帝国データバンク、税務署に当たり調査済です」
そう言って、鬼頭は分厚い企画書をテーブルの上に無造作に置いた。その厚さは十センチはありそうだった。商店街の店主たちは、もう威圧されて声もない。
帝国データバンク、税務署? もう鬼頭の巧妙な術中にはまっているようだ。
あたし? あたしはいつものようにカンターの隅に香箱(こうばこ)座りして、耳を澄ましていたよ。もちろんこいつらが何かしたら猫パンチをくらわしてやろうと身構えていたよ。
「それで、この商店街の再興は、見込みはありそうですか」
薬屋の阿笠が待ちきれずにせかした。
「おっ、いきなり直球が来ましたね。あなた方が私に相談してきた提案はかなりいい線をいっています。しかし、『ミステリー通り』というネーミングは、すでに熊本市で使われているのですよ」
「えっ、もう先を越されているのですか?」
写楽ががっかりした声を出す。
「しかしながら、私の調査によるとその通りはまったくミステリーには関係なかった。その通りにある大病院が夏の患者さんや通行人のためにミスト、ほら、夏にショッピングモールなどでみかける冷たい霧『ミスト』のこと、それを散布しており、ダジャレで『ミステリー通り』なんてふざけた名前を付けたようです」
「そんな、ばかげているわ」
美容室経営の羽生西子が、口と自慢の胸を突き出した。
「そうですね、この熊本の件は問題ないです。ただ、ちょっとやっかいなのが『ミステリー通り商店街』という本があるのですよ」
「そんな本、ミステリー好きの俺たちも読んだことないよな」
「あまり売れなかったようで、内容も商店街のミステリー好きの親爺たちが事件の推理をするという内容で、まあ無視していいでしょう」
皆、鬼頭のネガティブな話にひやひやしたが、期待をもたせたり、がっかりさせる、これが鬼頭の巧妙な手口であった。

「さて、本題に入ります。ここ小南商店街には現在十三軒の商店があります。たった十三軒、されど十三軒です。あと空き商店が八軒ありますよね。私はあなた方商店街のメンバーの名前をまず調べました。写楽法律事務所:写楽歌衛門、阿笠薬局:阿笠小太郎、いちごケーキ店:小倉花蔵、羽生美容室:羽生西子、斎藤クリーニング店:斎藤菊三、有瀬パン屋:有瀬和也、洋食山猫軒:真日文久、喫茶店スイス:小林哲郎、天婦羅伊勢家:伊勢海老三、小栗旅館:小栗俊一、煙草屋:目黒福三、荒物屋:早雲大九郎、アルプス信用金庫:金田(かねだ)一(はじめ)支店長、コンビニ小南:望月昭。すばらしいじゃないですか! 写楽、阿笠の名前の連想するものはあなた方もすでに分かっていますよね」
「アガサ、シャーロックぐらいはわかっていますが、他は???」
こいつは何を言っているんだい、あたしも最初は意味がわからなかったさ。

「さあ、皆さまにお渡しした企画書を見てください」
鬼頭が得意そうに鷲鼻をヒクヒクさせている。こいつがこういう動作をした時は要注意だと、あとでわかったがね。

5 気をつけて! できすぎた企画書

【小南商店街再興プロジェクト】
一.新商店街ネーミング:ミステリー通りコナン商店街
二.商店屋号改称(皆さまの提案を最大限活かしたネーミングを考えました)
阿笠薬局→アガサ薬店 つまり アガサ・クリスティ
写楽法律事務所→写楽法務事務所 つまり シャーロック・ホームズ
羽生美容室→ハニーウエスト美容室 つまり 女探偵ハニー・ウエスト
有瀬パン屋→有瀬・ル・パン つまり アルセーヌ・ルパン
いちごケーキ店→マロンケーキ店 つまり 酔いどれ名探偵マロン
斎藤クリーニング店→アイアン斎藤クリーニング店 つまり 鬼警部アイアンサイド
目黒煙草屋→メグレ煙草店 つまり メグレ警視
天婦羅屋伊勢家→サーモン天婦羅店 つまり 怪盗サーモン・テンプラー
喫茶店スイス→喫茶店フレンチ つまり フレンチ警部
山猫軒→レストランモンク つまり 私立探偵エイドリアン・モンク
コンビニ小南店→コンビニコナン つまり コナン・ドイル
荒物屋早雲→ソーン大工店 つまり ソーンダイク博士
小栗旅館→ホテル→ホテルマスカレード

三.商店街改装計画
・アーケードの作製、できるだけ派手に
・石畳を敷き詰める
・各店のデザインをミステリー通りにふさわしく改装する
・各店の商品にミステリーの要素を加える
・シャッターに世界の探偵を描く
・商店街ホームページを開設して情報発信する
・月に二回はミステリーイベントを開催する
・スタンプラリーも通年で開催

***

「みなさん、そこのテレビを見てください」
秘書のグレースがいつのまにか持参したノートパソコンを喫茶店のテレビに接続して、コナン商店街の予想完成図を映し出した。
「おー」
「ひえー」
商店街の店主たちは、映し出されたミステリー通りコナン商店街の素晴らしい予想イラストに感嘆の声をあげた。アーケードの看板には鮮やかに『コナン商店街』の文字が踊っていた。閉じられた各店のシャッターには、大きく世界の探偵、刑事、怪盗の姿が描かれ、ミステリー好きにはたまらないものとなっていた。
「オオオ、小南をコナンと読むのか! 鬼頭さん、あんたは天才だよ!」
小太郎が興奮して真っ赤になっている。
「見て、見て! 駅名も『コナン駅』となっているわよ!」
「そうです、鉄道会社に駅の改名を申請する予定です。皆さまの署名さえ集まれば実現しますよ。小田急線に『大根(おおね)』という駅があったのですが、近隣住民から『だいこん駅』と言われ住民は恥ずかしい思いをしていました。そこで私が依頼され、『東海大学前駅』と改名させました」
「そうなんですか! 鬼頭先生、確か神奈川県に『相模』ナンバーがありましたが、いつのまにか『湘南』ナンバーが新設されましたが、あれも先生の働きかけですか?」
小太郎はもう鬼頭のことを「先生」と呼んでいる、こりゃまずいニャ。
「残念ながらその件には私は関与していませんが、『すもう』から『しょうなん』ではイメージが大違いですよね。

つい最近の話ですが、横須賀市で現行の『横浜』ナンバーを『横須賀』ナンバーにするか住民投票がありましたが、圧倒的な差で却下されました」
「なるほど、横須賀市住民は『横浜』という洗練されたネーミングを捨て去ることができなかったのですね」
もうこいつらは俺の術中だといわんばかりに、鬼頭がほくそ笑み、グレース蜂子と目配せしたのをあたしは見逃さなかったよ。

「さらには、皆さま商店主にはミステリーに関係した仮装をしていただきます。羽生西子さん、あなたがハニー・ウエストの格好をしたら最高に映えますよ」
「えっ、あのセクシーな女探偵? そうね、私にピタリかも」
美容室の西子は自慢の巨乳をさらに突き出してポーズをとった。
おいおい、女から篭絡する策略だな、あたしはこのあたりから少し心配になってきたよ。

「さらにさらに、さらなる秘策を私は用意してきています」
鬼頭はニヤリと不気味な笑みを浮かべてパソコンを操作した。テレビにはロバ、犬、猫、鶏のオブジェが看板となった商店街が映し出された。
「あれ、『ブレーメン通り商店街』って書いてありますが?」
写楽が目を細めてアーケードの看板の文字を読んだ。
「そうです。川崎市元住吉の商店街です。グリム童話の『ブレーメンの音楽隊』にちなんで商店街を再興した成功例です。なんと、現在ではドイツのブレーメン市と姉妹都市にもなっています。
もともとは『元住吉西口商店街』という何ということもないさびれた商店街でしたが、名前を『モトスミ・ブレーメン商店街』として、童話にちなんだアーケード、商店外観デザインにしただけで今は大ブレイクしています。もちろん私がプロデュースし、すべてのデザインは秘書のグレースがしました」
もう商店主たちは開いた口がふさがらない、皆、唖然としている。さらに鬼頭はたたみかける。
あたしも、半分はこいつを信用し始めていたよ、情けないがね。

「童話などをパクっても、まったく著作権上問題になりませんし、費用も発生しません。次の写真を見てください。『オズ通り商店街』です、笑っちゃいますよね、『オズの魔法使い』のパクリですよ。これも川崎市です。これは私のプロデュースではないですよ、私にもプライドはありますから、二番煎じの企画は出しません」
「童話をモチーフにするとはグッドジョブですね」
感心する旅館の小栗に満足そうに頷き、鬼頭はさらに続けた。
「先ほど、『さらにさらに』と私は二回言いましたよね。ミステリー商店街にさらにもう一つ、集客の秘策をプラスしました。各店が必ず動物を飼ってください。子ども連れのファミリーも楽しく遊べる商店街にしましょう」
「そう言われれば、童話には必ずなにがしかの動物が登場しますね。どんな動物でもいいのでしょうか?」
「まあ、猫はそこにちょっと不細工な猫がいますが。犬、ヤギ、フクロウ、インコ、亀、イグアナ、蛇、ウサギなど、飼いやすいものなら何でもいいですよ。小栗旅館さんはアルパカなんかどうです? いざとなれば毛も刈って毛布にできますし」
ブザイク? この蜘蛛男、ぶち殺してやろうか! あたしゃ、切れたよ。

鬼頭が企画したこの「ミステリー通りコナン商店街」にする案は全員一致で採択された。オブザーバーで出席していたアルプス信用金庫の金田一支店長も、商店街の整備や店の改装資金に対しての融資を約束してくれた。
「金田一(きんだいち)支店長!」、皆が拍手した。金田一(きんだいち)耕助探偵になりきって、金田支店長は前髪を手で撫で上げたが、バーコード禿頭をこすっただけだった。
鬼頭のコンサルタント料は二千万円とかなりの額であったが、提案の素晴らしさに感嘆した商店街の主たちは了承した。また、写楽が自身の法律知識を活かし交渉し、頭金一千万円、あとは毎月の分割払いということで落ち着いた。

さて信用金庫の融資も受けて、商店街の改装工事が大々的に始まったわけだよ。まずは銅製のしゃれたアーケードの看板を設置し、商店街の舗道は石畳を敷き詰めた。これだけで、かなり商店街の雰囲気は、ヨーロッパの街並みのように品のあるものになったから驚きだ。そして、商店街の各店はなにかミステリーに関係ある屋号や店舗デザインに変更し、さらにはミステリー関連商品を置くことになった。改装費用は各店舗平均五百万円ほどとなり、さらにはアーケードの整備に二千万円かかってしまったが、信用金庫の金田支店長の太っ腹融資により、三カ月後には無事『ミステリー通りコナン商店街』は新装オープンとなったわけさ。秘書のグレース蜂子が作成したホームページも見事な出来栄えであり、3Dで作成された仮想商店街を閲覧者は現実のように歩き、各店のドアを開け内部まで見ることができるものだった。ホームページの運営・維持管理は、パソコンに強いハニー・ウエストこと羽生西子が担当した。

「ミステリー商店街」開設後も、鬼頭は初期コンサルタント料以外に、ミステリー商店街の年間顧問料を継続して要求してきた。しかし、せこい商店街の店主たちはその申し出を断ってしまったのさ。
「あなたがた、後悔しますよ。何事も始めるのは簡単ですが、維持するのが至難の技なのですぞ。継続こそ力なり、お忘れなく」
鬼頭は捨て台詞を吐いて、小南商店街の店主たちと決裂したわけだ。

6 ああ、無情! コナンミステリ商店街の末路

 以上が、姐御マリリンが語ってくれた商店街再興計画の顛末だった。聞いていて、吾輩はご主人小太郎の苦労に涙を流しそうになった。それで、吾輩も「小五郎」と有名探偵の名前をつけられて商店街の一員となったわけだ、納得。これからは心して、出された食事に文句をつけるのをやめようと誓った。
「うちはアガサ薬店だけど、前は阿笠薬局だったそうだね」
「そうね、アガサ・クスリティと読ませるためよ。店の一番奥の髑髏(どくろ)のマークがついた棚には実際に猛毒の薬が入っているわ」
「姐御のところはマロンケーキが売りだよね」
「そう。あたしのところだって『いちごケーキ店』という名前から、『マロンケーキ店』に名前を変えて、看板商品はブランデーたっぷり入りのマロンケーキよ。もちろん、『酔いどれ探偵マーロン』にちなんでよ」

 このように話を聞いてみると、旧商店街からミステリー商店街への模様替えはかなり強引だったようだ、店によっては、それはこじつけともいってよいほどだった。
『写楽法律事務所』は、『写楽法務事務所』と改称し、これでシャーロック・ホームズと読ませるのはまだよしとしよう。羽生西子の『羽生美容室』は『ハニーウエスト美容室』となり、巻き毛が特徴のハニーパーマが一押しだ。早雲大九郎の荒物店は『ソーン大工店』となり、巨大なハンマーが店頭にぶらさがっている。もちろん、ソーンダイクにこじつけたわけだ。
斉藤菊三のクリーニング店は『アイアン斎藤クリーニング店』となり、やはり巨大な鉄製のアイロンが看板となっている。鬼刑事アイアンサイドだとはたして気づく人はいるだろうかと、ちょっと不安になる。目黒福三の小さな煙草店は『メグレ煙草店』と改称し、店頭の大きなパイプのオブジェが目印だ。
真日文久の洋食店『山猫軒』は『レストランモンク』と改称され、エイヒレとドリアンをメニューに加えたそうな。しかし、エイドリアン・モンクに結びつけることのできるお客はやはり少なかった。パン屋は『有瀬℞パン屋』となり、チョコパンの『ル・パン』が看板商品だ。
こじつけの圧巻は新設された公衆トイレの名前の、『小南(コナン)トイレ』だ。これでどうやってコナン・ドイルを連想させるというのだ。
「ほら、公衆トイレの横に弁天様があるだろう。銭洗弁天じゃなく、銭形弁天という名前さ、もうあたしゃ、呆れたね。おい、小五郎、銭形平次も知らないのか?」
「あの『何でもブラックホール』という大きな穴は何なの?」
「それが不思議なんだよ。鬼頭の企画書にはそんな穴などなかったんだけどね。コナン商店街が完成後に、突然グレース蜂子が造ったのさ」
「でも、何でも捨てていい『何でもブラックホール』、その穴は地球の反対側まで続いているという宣伝で結構人気になっているよね」
まず相当深い穴を掘り、そこにコンクリートの下水管を嵌め込んで作られたホールだが、直径七十センチほどである。転落防止のために十センチ幅の鉄製の格子で蓋をされており、弁天様のすぐ隣にあった。コーヒー缶などを投げ入れても音が聞こえないので、確かに相当深いことは間違いなかった。

「サーモン天婦羅店の代表料理が鮭の天婦羅というのはどういうこと?」
「サイモン・テンプラーという探偵だよ、鮭のテンプラが名物商品さ。小五郎、お前も明智小五郎という名探偵にちなんだ名前だから、心しろよ」
「ワン、はい」、吾輩ももう少しミステリー小説を勉強しなくてはと思った。
「エルキュール・ポワロ、エラリー・クインもこじつけようと知恵を絞ったようだけど、無理だったようね」

「それで商店街改装の効果はあったの?」
「最初はテレビのワイドショーに取り上げられたり、週刊誌に紹介されて、どっとお客が押し寄せてきたさ。空き店舗にも噂を聞きつけた商店が新しく入居して、商店街は二十軒となり、商店主たちはホクホクだったよ。だけど、半年もしたら元通りよ。だって、ミステリーにかこつけてこじつけただけで、何も実体が伴ってなかったからさ。鬼頭が提案していたミステリーイベントも二回ほど開催しただけで立ち消えてしまったしね」
「残ったのは莫大な借金ということ?」
「そうさ、鬼頭の捨て台詞は的を射ていたわけだ。やはり継続してお客を引き付けるような努力が必要だったわけニャ。それに信用金庫の金田支店長は手の平を返したように、借金返済を執拗にせまって、商店主たちともめているのさ。金利も最初の約束と違い、契約書には年利十パーセントとなっていたことが判明した。ほら、この間、写楽と金田支店長が激しく口論していただろう」
「やれやれ、これから吾輩の食事は大丈夫かな。缶詰のレベルを落とさないでくれ」

7 さあ、復興イベントの開催にゃん!

 コナン商店街の組合員全員が、今日は喫茶店フレンチに集合している。
最初の商店街改装から五年、また衰退してしまったコナン商店街の再生を、商店街組合はバンビ企画に再度依頼したのだった。吾輩とマリリン姐御も店の片隅で成り行きを見守っている。
現れたグレース蜂子を見る組合員の眼は厳しい。
「グレースさん、なんとかならんかね。あんたにも責任があるだろうが」
吾輩の主人小太郎が口をとがらせている。ほかの商店主も同調して頷いている。
「私たちを途中で切ったのはあなた方ですよ。顧問料が惜しくて、私たちの企画案だけちょうだいして、その言い方はないでしょう」
女王蜂のような蜂子に睨まれると、働き蜂のような商店主たちはすくみあがった。
あれから鬼頭の姿はついぞ見ていない。グレースによると、「鬼頭は今はアメリカに移住して悠々自適な暮らしを送っている」そうだ。鬼頭が残していったバンビ企画をグレースがそのまま引き継いだようだ。
「蜂子さん、あなた方が、嘘をついたからでしょ。ブレーメン通り商店街は一九九〇年新装で、あなた方のプロデュースではないじゃないですか」
怒りに胸を震わせているハニーウエスト西子の目元の皺が目立つ。
「それは見解の相違というか、そもそもの発案は私ですよ。そんなことより、過去より未来に目を向けましょう。なぜ、コナン商店街がまた衰退してしまったのか分析しましょう」

「グレースさんの意見は?」
「継続性よ。私は月に二回はミステリー関係のイベントを開くように提案しましたよね。その後、あなた方は何かイベントらしきものを開きましたか?」
「七夕にテキ屋を呼んだよ。お好み焼きや金魚すくいなんか盛況だった」
「他には?」、グレースは腕組みをして高飛車だ。
「えーと、W大学のミステリー研究会が旅館に泊まり、合宿をしたぐらいですかな」
「はー、もういいですわ。要するに何もしていなかったのですね! そんなことだと思い、ここに画期的な企画書を用意しました」
女王蜂グレースは持参した企画書を商店主たちに放り投げた。こいつは蜘蛛男鬼頭以上に恐ろしいなと吾輩は震えあがった。マリリン姐御も背中の毛がすでに逆立っている。

***

「ミステリー通りコナン商店街殺人事件」、解決するのはあなただ!

概要:商店街のなかで殺人事件が起こり、イベントに参加したお客が推理してその犯人を特定するというイベントである。もちろん、推理の手がかりは至るところに散りばめてある。
殺人現場:アルプス信用金庫事務室
参加費用:日帰り三千円 宿泊一万五千円
参加人員:日帰り 無制限  宿泊二十人
コーディネーター:グレース蜂子
スケジュール:五月五日(祭日)
10時 参加受付、イベント説明開始  場所:喫茶店フレンチ
―コナン商店街散策―
12時 昼食
13時 事件発生
14時 推理検討会、犯人は誰か投票
17時 結果発表、豪華景品あり

殺人事件のストーリー:
アルプス信用金庫事務室で金田一支店長が惨殺される。事務室は施錠されていて完全密室殺人である。金田一支店長を恨んでいたのは、商店街店主二十人全員、犯人は誰だ? またその密室殺人トリックは?
犯人:商店主X 二十人の商店主の誰が犯人か推理する
被害者:金田一支店長
探偵:お客の皆さま
探偵コナン:この町の出身、AV俳優大木(おおき)金造(きんぞう)氏が探偵コナン役として登場。皆さまの推理の手助けをします。
賞品:商店街商品券一万円、小説「コナン商店街殺人事件」、映画入場券
追記:この事件は有名作家により小説化され、さらにテレビドラマ化される予定である。
・宿泊者にはさらに特別イベント
有名推理小説作家栗栖川(くりすかわ)栗栖(くりす)先生による「密室殺人トリック」講義

8 イベント開始

「さあ、皆さま! ミステリーツアーの開始です。一軒目は今現在、皆さまがいらっしゃる喫茶店フレンチです。そこのメニュー写真にあるようにフレンチトーストが名物です。その天井の梁にいるのがこの店のアイドル、オコジョです」
「フレンチ警部ですね」、度の強い眼鏡をかけた高校生がしたり顔だ。
「オコジョ?」、美少女が首を傾げている。
「おほほ、オコジョはイタチの親戚ですよ、ペットは主人に似るといいますわよね」
本当にこの蜂女は性格が悪い。

「さあ、私についてきてください」
グレース蜂子は中国の観光ガイドがするように小旗をかざして、参加者を誘導した。タウン誌や近隣駅にポスターを貼り、ミステリー雑誌に大枚はたいて広告を出した甲斐があってか、参加者は五十人、そのうち宿泊者は八人と初回にしては盛況であった。
「写真を撮ってもいいですか?」
「ご自由に写真やメモをおとりください」、グレースは腰を妖しく振り、質問者にウインクした。

「五年前、小南(こみなみ)商店街は寂れ切っており、閉店する商店が相次ぎ、シャッター街化していました。商店組合は商店街の再興を私たちバンビ企画という専門業者に依頼しました。バンビ企画の鬼頭伴尾社長、秘書の私ことグレース蜂子が素晴らしい再興案を提示し、商店組合全員が賛同しました。そして、皆さまご存じのようにこの『ミステリー通りコナン商店街』がオープンしたわけです」
「その鬼頭社長は、今日のイベントには来てないのですか?」
「おほほ、今は私が社長です。無能な鬼頭は引退しました」
「ほー」、参加者一同が声を出した。
「しかしながら、五年が経過して、またこの商店街は勢いを失ってきました。そこで、商店組合に再度依頼されたバンビ企画は、この一大イベントを企画しました。そしてこの犯人推理イベント『ミステリーツアー』は毎月一回開催されます。本日は記念すべき第一回です」
グレースは、参加者についてうろうろしている吾輩をうさんくさそうにジロリと睨んだ。

「それでは商店街の紹介から始めましょう。まず二軒目はそこのしょぼい犬がいるアガサ薬店です。店頭の髑髏がいい感じですね。店内にはアガサ・クリスティの小説で登場した毒薬がすべて展示されています。また、毒薬についての本が並んでいます。ご主人は阿笠小太郎です」
「彼が犯人という可能性もあるということですね」
でっぷり太ったオタク男が聞いた。
「その通りです。動機もあり、毒薬もある、それになにより、主人も犬の小五郎も悪人顔でしょ」
「ワン!」
ふざけるなよ、蜂女め! うかつにも吾輩は思わず悪人顔をしてしまった。

「三軒目は写楽法務事務所です。言うまでもなくシャーロック・ホームズですね。遺産争い、離婚争いが得意分野で、かなり顧客の恨みを買っています。あっと、鹿撃ち帽も売っていますよ。主人は写楽歌右衛門、ワニ亀ワトソンを飼っています」
「フンフン、こいつも要注意人物だな」、参加者たちが小声でささやきながら、熱心にメモをしている。

「四軒目はケーキ屋マロンです。売り物は当然、ブランデーがたっぷりのマロンケーキです。このケーキが毒殺に使われたかもしれません。主人は小倉花蔵、そこにいるのが駄猫の老いぼれマリリンです」
 吾輩は必至で姐御の尻尾を掴み、とびかかろうとするマリリンを止めたよ。

「フン! 五軒目はハニーウエスト美容室です。強くカールしたハニー巻がおすすめです。主人は羽生西子、ちょっとハニーウエストにしては年増ですが。美容室なので、ハサミなど凶器になるものがあります。横にいるのが襟巻トカゲのエリーです、可愛くないですね」
「なんだか、商店街の不倫とか痴情の縺れ殺人事件を連想しちゃうね」
遠慮ない参加者の声はハニーウエスト西子にも聞こえていたが、ここは我慢だと拳を握りしめた。

「はい、急ぎましょう、六軒目はアイアン斎藤クリーニング店です。店頭のオブジェ、巨大アイロンがいかめしいですね。店主は鬼警部アイアンサイド、斎藤菊三、アイロンの上にいるのがおしゃべりインコの花子です。店のアイロンは立派な凶器になりますね」
「犯人はお前だ! 犯人はお前だ!」
「ほら、この馬鹿インコはこれしか言わないのですわ」
―グハハ、参加者は大笑いである。

「七軒目はそこの角の目黒煙草店です、大きなパイプがぶら下がっていますでしょ。まあメグレ警視ということに。主人は目黒福三、横のフウロウと顔がそっくりですね。みなさん、セクハラにお気をつけを」

 すでに犯人候補は七人だ、先は長いが、グレースの巧みな話術もあり、参加者は意外と楽しんでいるようだ。
「あのー、トイレに行きたいのですが」
ベレー帽を被った美少女が、小さな声で聞いた。
「あら、ちょうどそこがコナントイレよ」
グレースが目の前の小さな公衆トイレを指さした。
美少女は恥ずかしそうにトイレに駆け込んだが、すぐにトイレ内から、彼女の疳高い悲鳴が聞こえてきた。
「あら、説明するのを忘れたわ、コナンドイルよ、ただのトイレのわけないでしょ」
マリリン姐御によると、男子小用はおしっこをすると、一物に水がかかるようで、女子トイレは水洗ボタンを押すと、不気味なうめき声がするとのことだ、くわばらくわばら。

「さあ、反対側の商店街に行きましょう。八軒目はレストランモンクです。看板料理はエイの煮つけとドリアンです。ふふ、私の一番好きな探偵エイドリアン・モンクですわ。主人は真日文久、ペットは奥の水槽のピラニアです。お客が食べ残した残飯は水槽に投げ込めば、天然のフードプロセッサーです。猫ぐらい五分で片付くでしょう。もちろん、包丁、ナイフ、フォーク、フライパン、凶器のオンパレードです」
吾輩と姐御は参加者のあとにピタリとついて様子を見ていたが、姐御がピクリとした。おそらく、蜂女の殺意を感じたのだろう。

「九軒目は『有瀬・℞・パン屋』です。これには説明は要りませんね。店主は有瀬和也、パン粉を捏(こ)ねるのを手伝っているのはアライグマのポンタです。大丈夫ですよ、ちゃんと手は洗っていますから」
「なんか、一日中働かせているなんて、動物虐待じゃないかな?」
ペアで参加している若い二人が、顔をしかめた。

「さて十軒目はソーン大工店です。大きなのこぎりが怪しいですね、凶器かもしれませんね。主人は早雲大九郎、もちろんペットは穴開け上手なキツツキです。凶器はハンマー、のこぎり、斧、何でもありですね」「倒叙ミステリーの産みの親ソーンダイク博士ですね」
「ご名答。この商店街の改築を一手に引き受けたので、商店街改装で一番儲かったのは彼でしょうね。皆に妬まれていたので動機になりますかね」

―おお!
参加者から歓声があがった。十一軒目の天婦羅屋サーモンの店頭に飾られた巨大な鮭のオブジェの尻尾がバタバタと動いていたからであった。
「はい、すごいですね。サーモン・テンプラーですね。主人は伊勢海老三、水槽に入っているのは鯰のデカちゃんです」
―可愛い!
このデカ頭の鯰のどこが可愛いんだい? 姐御が毒づいている。

「はい、十二軒目はコンビニコナンです。コンビニというだけあって何でも置いてありますが、商品はすべて少し割高ですね。店長は望月昭さん、そこ気を付けてください、ケージにニシキヘビが入ってますから」
―趣味悪いわね 蛇はさすがに女性陣に人気がなかった。

「十三軒目はマスカレードホテルです。仮面舞踏会、どこかの小説に出てきますよね。主人は小栗俊一さん、ペットとしては多くのミッキーマウスがいます」
―うそ! ネズミが住みついているってこと?
本日宿泊する予定の参加者たちが呻いた。もうキャンセルはできない。

「さて、最後は。アルプス信用金庫コナン店です。支店長は金田一(かねだ・はじめ)、かなりアコギな男です。金田一(きんだいち)探偵とは似ても似つかないですね。五年前の商店街の改装資金を気前よく融資しましたが、実際の契約書を後から見直したら高金利でした。そして、経営の思わしくない商店主に返済の督促をサラ金のように容赦なくしています」

 アルプス信用金庫の建物はコナン商店街の丁度真ん中あたり、右側にあった。一階にATMが二台設置され、二階が支店窓口と事務室だった。
「さあ、足の弱い方はエレベーターを、他の方はそこの階段から上がりましょう」
グレースは芝居がかった仕草で一階入り口のドアを開き、参加者を店内に招きいれた。総勢四十人、ぞろぞろと狭い店内に入っていく。
もちろん吾輩と姐御も続いた。
「あら、可愛い」
―パシャ
吾輩とマリリン姐御は参加者のスマホにポーズをとる余裕が、その時はあったのだ。

―ギャー
突然、二階からすごい悲鳴が聞こえた。
「おっ、臨場感ありますね」
参加者が感心している。しかし、グレースはなぜか怪訝な顔をしている。「はい、今エレベーターが二階から降りてきましたね。みなさん気をつけて! 犯人が乗っているかもしれませんわよ」
吾輩も固唾をのんでエレベーターが開くのを待ったが、誰も乗っていなかった。
「それでは二階へあがりましょう」
高齢の四人がエレベーターに乗り、他の参加者は階段で登った。
「さあ、カウンターの向こうの一番奥が支店長席です。みなさん、見えますか?」
グレースの指さす先、事務室の一番奥の机に一人の男が突っ伏しているのが見えた。
「あら、大変! 金田一支店長が殺されていますね」

 何よ、あいつ! 毒殺のはずでしょ、勝手にシナリオを変えないでよ、グレースは怒りに震えた。金田一支店長は頭から血を流しており、その血は支店長のスーツにまで滴りおちている。デスクの上には食べかけのサンドイッチとマロンケーキが散乱していた。少しマロンケーキのブランデーの香りが漂っていた。
「そこのお客さん、あなた参加申込書に看護師と書いてあったわね。ちゃんと死んでいるか脈をとってきてね」
グレース蜂子は立ち直りが早い、気を取りなおして予定通り進行させた。「まったく毒殺のはずだったのに、まああのハンマーを凶器にすればいいか。どうせ安物のスーツでしょ、汚れたからって弁償なんかしてやらないから!」
「死んでいます」
 看護師が金田一支店長の脈をとり、さらりと言った。
「はい、みなさん、ちゃんと死んでいるそうです……。あなた、なかなか演技が上手いわね」
「いえ、本当に死んでいます」
―キャー
―ギャー
参加者の悲鳴が店内に響いた。マリリン姐御がジャンプして机に上がり、金田一支店長から流れている血の臭いを嗅いでいる。
「死んでるニャ」
「あの、その。私は何をすればいいのですか?」 登場の出番を待っていたのか遅れてきたコナン探偵役の大木金造は、エレベーターから降りてきておろおろしている。

9 出番です! 素人探偵さん

ピーポーピーポー
けたたましいサイレンの音が押し寄せ、吾輩は店の外に飛び出した。通報を受けた隣の御殿山警察署のパトカーが一台、救急車が一台走ってくるのが見えた。
「どこだ、現場は?」
パトカーから転げるように降りてきたガマ蛙のような刑事が、短い足で信用金庫に跳びこんできた。
「御殿山署の安賀(あが)多(た)刑事だ! 被害者はどこだ?」
安賀多刑事は警察手帳をかざして、青ざめている参加者たちを見回した。後ろには助さん、格さんのように二人の制服警官が控えている。
「こちらです」
グレース蜂子は頭をフル回転させて、この追い詰められた状況打開策を考えていた。
商店主たちも信用金庫の前に集まり、騒がしい。
「さすが、グレースさん! パトカーや救急車のエキストラまで用意していたのか!」
「臨場感ありますね」
「犯人は名乗りでてね、ハハハ」
信用金庫の外で見物していた商店主たちが感心している。シナリオの秘密が漏れないように、商店主たちもこのミステリーツアーの進行内容について詳しく知らされていなかったのだ。

―そうじゃないだろう。これは本当の殺人事件だぞ!
吾輩は主人小太郎のにやけた顔に吠えた。
金田というその支店長のことを吾輩は嫌いであった。こいつは人が見てないときに「おい、小五郎!お前は本当のところ雑種だろう」と吾輩にからんでくることが何回かあったからだ。
いやだからといって、吾輩は奴を殺してはいない、誤解するなよ!

 思いもしないミステリーツアーの展開に、コナン商店街は騒然となっていた。
「みなさん、ちょっと手違いがありましたが、予定通りこのツアーは継続します」
グレース蜂子はやはり只者ではなかった。
―これは大チャンスだ、本当の殺人事件が起きてしまうとは! よし、参加者に犯人推理をさせよう。真犯人はこの商店街店主か参加者のなかにいるに決まっている。
「さあ、みなさん、喫茶店フレンチに戻りましょう」
信用金庫では大々的に現場検証が始まり、鑑識員たちも大勢到着していた。

 参加者も商店主も全員が喫茶店フレンチに集められ、吾輩とマリリン姐御もカウンターの椅子に陣取り状況を見守ることとした。
「さあ、みなさん、この質問用紙にご記入ください」
安賀多刑事は手書きで作成した質問用紙をコンビニでコピーしてきたようだ。その質問用紙を全員に配り、全員の素性とアリバイを調べるつもりのようだ。
氏名、住所、電話番号、年齢、職業、今朝六時から死体発見までの行動記録、記入事項は多かった。全員が記入し終わるのに三十分ほど要した。グレース蜂子が質問用紙の回収を手伝っていた。こやつもいいところあるなと、吾輩も少し彼女を見直した。

「さあ、出番ですよ、素人探偵さん! コナン探偵も登場しなさい! ほら早く! あんたにギャラいくら払っていると思うのよ」
安賀多刑事たちが店外に出ていくや、グレースはホワイトボードにパソコンの画面を写しだした。本来進行役のコナン探偵役の大木金造は予定されたシナリオとまったく違う展開に、ただおろおろしているだけだ。
「それって個人情報ですよ!」
「何言っているの、あなた。これは殺人事件よ。個人情報もへったくれもないわよ」
狡猾なグレースは質問用紙を回収するときに、スマホカメラですべての用紙を撮影していたようだ。それをパソコンに取り込んで画面に表示していた。
「あら、あなたたち不倫関係? 動機がありそうね」
中年夫婦と思われていた二人が顔を赤くしてうつむいた。
「あら、あなた、この通りに朝の八時に来ていたのね。ツアー開始までどこで何をしていたのかしら?」
迷彩ジャンパーを着ている青年があたふたしていた。

「グレースさん、あんたが一番怪しいのじゃないのかい?」
写楽がグレースを睨んだが、どこ吹く顔で窓の外をグレースは見ている。「遅いわね、さっき電話で連絡したのに」
グレース蜂子は事件が起こるとすぐに、複数のテレビ局に電話をしていたのだ。殺人事件が起きたのですぐ取材にくるよう要請していた。どうりで、グレース蜂子の化粧がバッチリなわけだ。
「さあ、みなさん、何社いらしたのかしら?」
眩い照明に照らされたグレースはご機嫌だ。結局取材に来たテレビ局は三社で、グレースは一社あたり取材協力金として十万円をしっかり徴収していた。事件を報道しているレポーターの横に割り込み、しっかりと全国放送にそのグラマラスな姿態と美貌を見せつけている。
もちろん、吾輩と姐御も控えめだが、テレビカメラの撮影範囲に移動したがね、ワン。

「取材の方々、これから『ミステリーツアー』の参加者の方々が名推理を披露いたします。犯人推理の実況中継ですよ。そこらの二流の推理ドラマより面白いですよ。実況中継なさりたい報道局の方はこちらに署名をお願いします」
吾輩がその用紙を覗き込むと、「金百万円……」とか書いてあった。「さあ、皆さん、まずは現場検証が大事ですよね」
早くもコナン探偵は首になったようだ。グレースが意気揚々と司会役を行なっている。ホワイトボードにまず信用金庫の店内の見取図が写し出された。一階はATM機二台と倉庫、二階が窓口、事務室となっている。シナリオではここが犯罪現場なので、事前に見取図は作成してあったようだ。
次に信用金庫内のビデオ映像が流れだした。
「これって!」
「そうです、私たちが店内に入るところからのビデオ映像です。私が事前に設置しておいたビデオカメラで、私たちが店内に入るところから起動しています」
「信用金庫の防犯カメラは? それには犯人が写りこんでいるのでは?」
シャーロック・ホームズを真似たのか鹿撃ち帽子を被った初老の参加客が質問した。
「犯人はそこまで馬鹿ではないようね。監視カメラは店内、エレベーター、通路、すべてケーブルを切られていました」

出入口:正面入り口、裏口の二か所。裏口は施錠されていた。
    一階から二階へはエレベーター一基と階段でしか上がれない
死因:頭部を何らかの鈍器で殴打されたこと
死亡推定時刻:十三時前後、つまりあの悲鳴を聞いた時間である
凶器:不明、未発見
鍵:正面、裏口の鍵は金田一支店長の上着のポケットにあり
密室:二階への出入口は二か所のみで、殺人実行時の悲鳴を聞いてから参加者たちは、エレベーターと階段で二階にあがった。そして途中には誰にも遭遇せず、二階の事務室内もすべての窓、出入口は施錠されていた。

「支店長の自殺じゃないの?」 ―凶器が発見されてない

「犯人はトイレに隠れていたのでは?」
 ―私はトイレが近くて、二階に上がるとすぐトイレに入りましたが、誰もいませんでした(女子大生)

「あの悲鳴は録音されたもので、どこかに再生機器が隠されているのでは?」
 ―警察がすべて調べましたが、そういう機器はありませんでした

「犯人はエレベーターの天井に貼りついて降りてきたのでは?」
 ―二階から降りてきたエレベーターのドアが開き誰もいないことは大勢が見ていた

「支店長は血を流して死んだふりをしていたのだが、脈を取りにいった看護師がその場で殺したのでは? 看護師と支店長は愛人関係だったとか?」 ―「ふざけるな、ばか!」(看護師)

 テレビで放送されているので、素人探偵たちの推理に気合が入っているが、どうしても密室トリックが暴けなかった。

「あんたたち、ここで一体何をやってるんだ!」
喫茶店フレンチに戻ってきた安賀多刑事は、テレビ局が三社も入っているこの状況に唖然とし、怒鳴った。
「はい、マスコミは帰って! 帰らないと逮捕するぞ!」
「あら、刑事さん。あなたもテレビにもうお映りになってらっしゃるのよ。そんな品のない発言してよろしいのかしら。警察にもコンプライアンスとかあるでしょ」
「グレースさん、あなたも殺人事件を金儲けの道具にしないでください」
「名探偵さんたちの推理でかなり犯人を絞り込めましたわよ」
「どういうことだ?」
「このミステリーツアー参加者は犯人ではありません。また、商店主の方々も犯人ではありません。皆さま、この喫茶店に集まり、そこからアルプス信用金庫まで同行し、犯行直後に全員一緒で二階に上がりましたから」
「じゃあ、誰が犯人だ?」
「あら、それ私に聞く? それはあなたが考えることでしょ、安賀多刑事」 グレース蜂子にとっては、もう犯人が誰でもよいことだった。この猟奇的殺人はしばらくの間はテレビ、週刊誌で報道され続けるだろう。バンビ企画と私の美貌を売り込むのに千載一遇のチャンスとグレースは舌なめずりをした。

「あの、僕はこのレストランの説明会には参加していませんでした。僕はコナン探偵役ですので、殺人事件が起きてから登場する予定でした。ですから信用金庫の隣のメグレ煙草店で待機していました。でも、あまりに信用金庫が大騒ぎになっているので慌てて駆け付けました」
コナン探偵役の大木金造はおずおずと発言した。
「それは問題だな。いつ、どうやって現場に到着したのだ?」 安賀多刑事は金造に食いついたようだ。
「エレベーターがちょうど一階に停まっていたので、それで二階に上がりました」
「そうだよ、この人がエレベーターから降りてくるのを私は見たよ。もちろん、事件後で一番最後に現場に来たよ」
「ほっ」、金造はため息をついた。
「ちっ」、これで安賀多刑事は八方塞がりとなってしまった。

10 凶器はどこニャン? ここ掘れ、ワンワン!

「まずは凶器の捜索だな。店内にないことは確認した」
安賀多刑事のこの一言で町中の捜索が始まった。店外に逃げたとしても犯人は時間がなかったはずなので、コナン商店街のどこかに凶器を隠したはずというのが安賀多刑事の推理だった。「コナン信金密室殺人事件」としてもうマスコミ中で報道され、「ミステリー通りコナン商店街」という呼称のおかげで世間の関心が集中していた。御殿山警察署長は安賀多刑事に強烈な檄をとばし、捜査人員を五十人も派遣してよこした。

コナントイレ内部、銭形弁天のさい銭箱、アーケードの側溝、郵便ポスト、あらゆる疑わしい箇所が徹底的に捜索されたが、凶器は発見されなかった。
「うーん、後はあそこしかないな」
「あそこしかないですね」
捜査陣が最後に捜索対象としたのはあの「何でもブラックホール」であった。
ブラックホールの捜索は大掛かりだった。巨大クレーン車が搬入され、ホールの鉄製格子蓋が外された。そして小柄な鑑識員が一人、ロープに吊り下げられブラックホールの底に降りて行った。もちろん酸素濃度、二酸化炭素濃度などの測定をしながら安全を期した。
「何が出るやら?」
マリリン姐御も興味深々だ。

 どうやら穴の深さは二十メートルもあったようで、巨大バケツによって底のゴミが地上に引き揚げ始められた。空き缶、空き瓶は当然だが、鍋、フライパン、三輪車、生ごみまで出てきた。
「姐御、あいつ顔色が真っ青ですよ」
吾輩はグレース蜂子の異変に気づき、姐御をつついた。
「あいつ、後ずさりして逃げていくよ、やはりあいつが犯人か?」

「何だ、これは!」
突然作業員が叫んで尻もちをついた。作業員の手から汚れたサッカーボールのような物が転げ落ちた。
「頭だ、人間の頭だ!」
現場は騒然となった。頭蓋骨は白骨化しており、生ごみにまみれて凄い臭気を漂わせていた。そして頭蓋骨のぽっかり空いた目の部分にハンマーが刺さっていた。さらに探るとミイラ化した身体部分も引き上げられた。
「おい、このハンマーは新しいぞ、これが今回の事件の凶器かもしれないぞ」

【コナン信金密室殺人事件。新たな謎!】
五月五日に発生した金田一支店長殺人事件の犯人は、一週間経過した本日現在、未だ特定されていない。ただ、凶器捜索のため、「何でもブラックホール」の中をさらい出したところ凶器と思しきハンマーが発見された。驚くべきことに、すでに白骨化した人間の頭蓋骨とミイラ化した身体も発見されたことであった。DNA鑑定の結果、頭蓋骨は五年前に失踪した鬼頭伴尾氏であることが判明した。警察は鬼頭氏失踪の重要参考人としてグレース蜂子を指名手配した。グレース女史は、「何でもブラックホール」内の捜索が開始されると、いつのまにか現場から姿を消していた。黄色地に黒の縞模様、女王蜂カラーに塗られたベンツに乗っているので、発見も時間の問題と思われる。

喫茶店フレンチで阿笠小太郎は読んでいた新聞をカンターに置き、ため息をついた。
「結局、この密室トリックを破らないことには、犯人は捕まらないな」
禿頭がまぶしい写楽歌右衛門も、アルプス信金の店内見取図をためつすがめつ眺めて唸っている。
「姐御、こういう展開を何というのですかい?」、吾輩は主人小太郎の頭を抱えた姿にひと吠えした。カウンターの奥にマリリン姐御がいつものように香箱すわりをしている。
「小五郎、よくぞ聞いた。『迷宮入り』というのニャ」
「竜宮城のようなものですかね」、吾輩の言葉に姐御は髭を震わせた。

「写楽さん、ハンマーは凶器と特定されましたね。金田支店長の頭部の傷と形状が合致しましたし、血痕もついていました。ただ、犯人は手袋をしていたようで指紋は検出されませんでしたよ」
「そうだよね、阿笠さん。俺が思うに、今回の殺人犯はあの『何でもブラックホール』に鬼頭の死体があるなんて知らなかったじゃないかな」
「鬼頭とグレース蜂子は会社の経営で揉めていたようですし、鬼頭殺人の動機は金がらみですね」
「それでは金田一は誰かに恨みを買っていたのかな? それともグレースの五年前の犯行を目撃していて、グレースを脅迫でもしていたのかな?」

「金田一支店長はほら大木玉夫さんと揉めていませんでしたっけ?」
「あの肉屋の大木さんか! 七年前の店の改装でかなりの借金を抱えていたな。小太郎さん、大木さんは結局自己破産して奥さんは出ていき、大木玉夫さんは六年前に富士の樹海で死んでしまったな」
「そして息子の大木金造が今回の『ミステリーツアー』に探偵役で参加していた、これは息子が怪しいな」
―お前ら、そんな大事なことを早く安賀多刑事に言わなきゃ、ワンワン。 吾輩はこの親爺二人のにぶさに舌打ちした。

11 君はトリックを見破れるか?

今日は殺人事件の最後の現場検証だ。もう事件から十日が経っていた。 グレース蜂子は軽井沢の貸別荘に潜伏していたところを逮捕されていた。予想されていた通り、五年前に会社の経営権を巡り争いになったグレースは鬼頭を撲殺していた。そして一時的にコナン商店街の銭形弁天の祠に隠していた死体を処理するために、「何でもブラックホール」なるものを急遽発案して建造したのだった。完全犯罪の条件としては、死体が発見されないことは重要な要素である。グレースの計画はまんまと成功したが、予想だにしなかった今回の殺人事件で過去の殺人が暴かれてしまったのだ。

「さあ、こっちへ」
安賀多刑事が腰縄を付けられ、手錠姿のグレースをパトカーから降ろした。 今日の現場検証における警察関係以外の参加者は商店街店主全員、第一容疑者大木金造、グレース蜂子だ。
もちろん吾輩とマリリン姐御もピタリと貼りついたさ。大木金造は自分の無罪に自信があるのか堂々としていた。反面、グレースはあたりをキョロキョロしている。
「あいつ、この後におよんで、マスコミのカメラを気にしていますね、姐御」
「本当に懲りない奴だわ、あれじゃ刑務所でもすぐ女王様になるね」
事件から十日が経過していたが、未解決、密室トリックということで、いまだにテレビのワイドショーでは「ミステリー通り殺人事件」としてこの殺人事件がとりあげられていた。マスコミの取材もさらに激しくなり、今日は8社も来ていた。
アルプス信金は事件以来休業していた。安賀多刑事が一階のシャッターを上げ、入口のガラス扉を開けると、かび臭い埃が浮いた。
「それでは、そこの階段から二階に上がり、二階店内を検証、最後にエレベーターで降りてきましょう」
「そこの犬、警察犬じゃないでしょ! なんで猫が付いてくのよ!」
グレース蜂子が敵意丸出しで吾輩たちに吠えてきた。安賀多刑事と大木金造が腹を抱えて笑っているのも、気にいらない。

 吾輩は全集中した。階段には多くの臭いが残っていたが、ほとんどは嗅いだことのある商店街の人々のものだった。
金田支店長のデスクの上はすでに綺麗に片づけられていて、血痕も、散乱していたサンドイッチ、マロンケーキもなかった。安賀多刑事は大きな写真アルバムを開き、当時の現場写真と現状を見比べている。
「うーん」
捜査員たちの低い唸り声が聞こえてくる。一時間も事務所内を検証したが新たな手掛かりは何も発見されなかった。大木金造は空いているデスクに座り、暇そうに首をコキコキさせている。
「もう僕は帰ってもいいでしょう?」
「いや、ご足労感謝いたします。もう現場検証は終わりましたから、下に降りたらご自由にお帰りください」

安賀多刑事の目の下の隈(くま)は日増しにひどくなってきていた。署長からは毎日尻を叩かれ、ワイドショーでは「無能警察」と無責任なコメンテーターから叩かれていたから無理もなかった。世間の素人探偵の推理は金田支店長の自殺説が主流であり、高名な推理小説作家栗栖川栗栖氏だけは最初に支店長に触れた看護師犯人説だった。

「さあ、どうぞ。お帰りはエレベーターで」
エレベーターは六人乗りなので、安賀多刑事が商店街の店主たちを最初に乗せた。次にグレース蜂子が乗せられていった。
「さあ、お前らも乗りな」
大木金造が吾輩とマリリン姐御をエレベーターに押し込み自分も乗りこんできた。
「私も一緒に降りますよ」
安賀多刑事が「この役立たずの犬め」という顔で、エレベーターに最後に乗りこんできた。

 実は吾輩はエレベーターなるものに乗るのは今回が初めてなので、緊張して身震いがした。隣町の獣医のところでエレベーターに乗ったことのあるマリリン姐御は余裕だ。
―うん、何だ、この臭いは?
何か異様な臭いを嗅ぎつけた吾輩と姐御は顔を見合わせた。
「ワンワン!」
「ニャーニャー!」
吾輩と姐御は鳴き叫んだよ。
エレベーターの壁を叩きまくってやったニャン。

犯人が誰かわかったのだ!
安賀多刑事は何事かと吾輩の首輪を掴んだ。
「はは、エレベーターが怖いのでしょ」
大木金造が引きつった笑顔で必死にごまかそうとしている。
―ここだよ、ここにマロンケーキの臭いがする!
吾輩はエレベーターの奥の壁を必死に引っ掻いた。その壁の奥から微かにマロンケーキの臭いがしてくるのだ。

「小五郎、でかしたな」
主人の小太郎が吾輩の頭をさすって、ビーフステーキが載った大皿を置いた。
―こんなご馳走は初めてだ
吾輩は猛然とステーキにかぶりついた。ちょっと筋がある安物の肉のようだが、美味い。今頃、マリリン姐御も好物のチュールチュールをもらっていることだろう。
阿笠小太郎は朝刊をまた手にした。何度読み直しても楽しくなってしまう。

名探偵小五郎 & マリリンが密室トリックを暴く
五月五日に小南町コナン商店街で起きた信金支店長殺人事件は迷宮入り濃厚でしたが、昨日の現場検証で巧妙なトリックが解明されました。トリックを解明したのは何と豆芝小太郎氏と黒猫マリリン女史です。それではお二人に密室トリックの詳細を語っていただきます。
(この記者、遊んでいるな、でも小太郎を雑種ではなく豆芝としたのはよかった)
「ワン、エレベーターに乗った時です。何か懐かしい臭いがしたのです。僕の嗅覚は人間の三千倍から一万倍あります。そうです、マロンケーケーキ店のブランデーたっぷりのマロンケーキの臭いでした」
「あたしの家はマロンケーキ店だからね。でもエレベーターの中には臭いの元はなかったニャン。どうもエレベーターの奥の壁の中から臭いがしているようでした」
記者が調査したところ、実はエレベーターには一般の人が知らない秘密がありました。そこを犯人の大木金造は利用したのです。このアルプス信金には六人乗りエレベーターが一基あります。六人乗りのサイズは幅105センチ、出入口幅80センチ、奥行き115センチ、高さは220センチです。
ビル設備会社の平賀部長にお聞きしました。
「エレベーターにはトランクルームというものが設置されていることが多いのです。このエレベーターにも設置されていました。エレベーターの箱の奥に普段は閉じられている扉があり、専用鍵で開けると、高さ120センチ、幅120センチ、奥行き50センチの空間が出現するのです」
「ほら、救急隊がストレッチャーで病人を運んだり、あれ、あれですよ。葬儀の時に棺が入るようになっているのです」
記者の私も、エレベーターにそんな秘密の空間があるなんて知りませんでした。
ここからは安賀多刑事に説明していただきます。
「大木金造は父親の自殺が金田一支店長の厳しい借金取り立てにあると恨み、犯行を計画しました。『ミステリーツアー』の台本では支店長は毒殺されるはずでした。大木はコナン探偵役として参加することになっていました。事前に信金事務所の見取り図を作成する時に、支店長のデスクの引き出しからエレベーターのトランクルームの鍵を盗んでおきました。そしてミステリーツアー一行が到着した時を狙い金田支店長を殺しました。悲鳴をツアー一行に聞かせて殺人が今現在起きたことを知らせるためです。
 そしてエレベーターのドアにバケツをはさんで二階に停めていました。それに飛び乗り、あらかじめ開けておいたトランクルームに身を潜めました。内側からは強力磁石で鉄製の扉が開かないように押さえていました。一階から乗ったツアー一行が二階で降り、殺人現場が混乱しているのに乗じて、トランクルームから這い出て、最後に現場に到着したふりをしたのです」

「そして犯人大木金造の最大の誤算は、金田支店長が昼食後にマロンケーキを食べていたことでした。殺害した時にマロンケーキが大木金造の衣服に付着したのでしょう、それがトランクルーム内に落ちて残ってしまったようです。たったマロンケーキの小さな欠片が命取りとなったのです」

 この「コナン商店街殺人事件」のおかげで、商店街には多くの人々が訪れるようになり、町に活気が戻ってきた。あの死体がでてきた「何でもブラックホール」も深さは一メートルほどに埋められたが残されることとなり、霊感スポットとして写真撮影場所として大人気である。

さらには、推理が大外れした推理作家栗栖川栗栖先生はこの事件を題材に長編推理小説を完成させ、すでに映画化も決定していた。もちろん映画のロケ地はこのコナン商店街である。そして当然のことだが、マリリン姐御も吾輩も映画に登場する。投獄されたグレース蜂子もしたたかで、「獄中手記」を週刊誌に連載して荒稼ぎしている。AV男優大木金造は獄中で収監者たちからかなりの性的ハラスメントを受けているようだが、これは自業自得といえよう。

 そして吾輩にもさらに嬉しいニュースがある。ワイドショーに出まくり全国区となった吾輩の姿に惚れたようで、吾輩に来週にも嫁がくるのだ!
マリリン姐御というと、ああ、またアーケードの看板の上に寝ている。観光客がその姿を撮影するには、チュールチュールの寄付が必要であった。ともあれ、小南商店街の町興しは六年かかったが大成功となり、ついに電鉄会社も世間の声に押され、駅名を「小南駅」から「コナン駅」に改名してくれることとなった。

 これで吾輩の住む「ミステリー通りコナン商店街」の繁栄が約束されたのだ、ワン。

(完)
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