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自営業父について~障害者グレーゾーン~

父は海が近いところで生まれた。
兄弟が9人近くいた。
祖父は父が3歳の時に仕事での事故で急逝。
そのため当時としては莫大な遺族年金が入った。
加えて祖父は地主だった。
地元では一族で集落が形成されていた。
祖母は女で一つで当時としては破格の遺族年金で子どもたちを養った様子。

父は3歳だったため、ほとんどの世話を長女・長兄にしてもらっていた。
そのためずいぶんとマナーの悪い人間に育った。
しかし、地主の息子でプライドがあったから、若干の色覚障害と聴覚障害を生まれながらに持っていたが、前に並んでいる子どもの答えを暗記して障害診断を免れていた。それぐらいの知恵が回る人だった。
父はそのハンディから就ける職業が限られていたが、当時稼げるのは
呉服と宝石だった。しかし色が判別できない父は、「高田純次キャラ」で
通したのである。ある意味あっぱれである。
そして「高田純次キャラ」+「色恋営業」で営業成績はトップクラスだった。

そんな風に仕事では愛されキャラなのだが、気が抜けると

・箸をねぶる
・箸を楊枝代わりにする
・酒に酔って真っ赤な顔をする
・ところかまわず喫煙する
・ホテルや居酒屋などの備品は気に入ると灰皿やタオルなどもくすねる
・好みでない食べ物はぐちゃぐちゃといじる
・一番風呂に入らせると浴槽の中で鼻をかんでいる

と思い出すだけでもひどいものだった。

母は父と一緒に生活してみて、このようなマナーの悪さに愕然としたようだった。
また、私が小学校低学年の際、母が息抜きにママ友とランチに出かけると
知るやいなや、激高してバスタブに残っていた湯をたらいで頭から被せた。
母は泣きながらマンションの下まで降り
「頭から水を浴びせられたからランチに行けないよ!」
とママ友の前で号泣した。

しかし私からしたら、どっちもどっちだった。
母は家事も金銭管理もできず、部屋は荒れ放題だった。

父から生活費をもらっても、ママ友との豪勢なランチ代に消えていた。
他にも母はブランド品や宝飾品を買いあさっていた。
「子どもたちに肌着を買ってやれ」
と渡した金はそうした遊興費やぜいたく品に消える。

「肌着を買ってもらったと言いなさいね。」と母は私たちに強要する。
しかし肌着の現物なんてないわけだから、そんな嘘はばれ、
「子どもに嘘をつかせて!金はどうしたんだ!」
と殴り合いの夫婦喧嘩になる。
喧嘩になると母は
「働かなくていいと言った!甲斐性なし!死ぬまで稼げ!殺してみろ!」
と金切り声で叫ぶ。

私たち姉妹は見栄っ張りの母が父に借りさせた高級マンションの子ども部屋で早く終わるのを待つしかなかった。
高級マンションで家賃は40万円ほどだが、支払えるわけもなく1年以上
滞納していたらしい。

夫婦喧嘩が終わり片付いていない家を歩いたら、親指の下に激痛が走った。
見ると私の足に爪楊枝が刺さっていた。
私は無言で抜いて、マキロンで消毒して絆創膏を付けた。


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