親父に教わった100の考え方その11 自分教の教祖になれ
4歳の時の話です
23歳の時、交通事故を起こし同乗していた友人を亡くしました。
事故をした時点から前の3日間が思い出せないという大事故です。
何故か私は肋骨6本の骨折程度でしたが、私の友人は亡くなりました。
落ち込む日が続くなか、幼馴染みから電話があり、一度会おうという事になり、会うことになったのですが、ただ単に話すだけではなく、ある宗教に勧誘されました。
以前の私であれば簡単に断っていたのですが、多分こんな私でも心が病んでいたのでしょうね
その宗教は、沢山の人を勧誘することにより位が上がるとのことでした。
うちの親父に電話を入れこう話しました
「今度、今のうちとは違う宗教に勧誘されて入信しようと思うんにゃけどええかなぁ?」
親父はこう言いました
「お前が、それでええと思うなら別にかまへんぞ」
私が「いろいろあったしな、友人んが言うには、心が救われるらしいわ」
親父がこう言いました
「お前がやろうと思う事は反対はしないけど、一つ約束してくれるか、人をその宗教に勧誘しない事や」
私は、別にその宗教が人を入信させれば位が上がるなんてことは一言も言ってないのに、親父はそのことを言ってきました
後電話の最後にこうも言いました
「宗教言うのは、ある意味人間の心がおれそうなとき信じる心のよりどころや、だから多分お前は今心が折れかかっているんやろう、お父ちゃんは止めることはせいへん、でもな、お父ちゃんは、自分教やねん、自分を信じてんねん、お前も早よ、自分教の信者になりや」
今でも思い出す自分教
友達から誘われた宗教は、そこそこに辞めました
今は自分教です。
自分の日頃の行いを正々堂々とそして誰も勧誘することなく自分の後ろ姿を見せるようにして、勝手に人が見習うような、そんな人にならないといけないと思いながら
時々違反はするけどね、それがまた自分教の穴でもあるんやけどね
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