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親父に教わった100の考え方その9 頭の中の天秤

私が小学生の5年生くらいだったと思います。

その頃、私は成長期という事もあり、腕力には自身があり、どちらかと言えば、喧嘩が強かった方だと思います。

今で言う、いじめ問題といわれる出来事は、わが田舎の小学校でもありました

その頃はいじめというより、からかって遊んでたり、力の強いやつが、あいつ気に入らないと言えば、そいつに好かれようと思い、気に入らないと言われた

人とあまりじゃべらなくなったり、他の人から見たらいじめと言われる出来事は日常茶飯事にあったと思います。

ある日、そんな中、うちの親父が、家族で晩御飯を食べているとき、こんなことを言い出しました

「お前、いじめてないか?」

私は、そんなことしてないけど、と答えました

すると、親父が

「腕力が強いとついついいじめてないつもりでも、腕力の弱い子からしたら、例え、殴られてなくても、面白いゲームのつもりでも、相手はいじめととらえることがあるから、注意しないといけない、でもな、注意しても相手がどう受け取るかやからある意味注意しようがないわな」

私が、「そんな場合、どないしたらええんやろ?」聞くと

親父がこう言いました

「頭の中に天秤をおけ」

私「なにそれ?」

親父「女の子、力の弱い男の子、貧乏な子、片親の子、そんな人は世間一般に弱い子や!そんな子に勝ったとしても、それってカッコええか?

そんな子を助けてやる方が誰が見てもカッコええと思わへんか?」

私「確かに」

親父「だからお前の頭の中の天秤で、男として、カッコええか、カッコ悪いか、天秤にかけたらええねん」

私は、なぜか納得してうなずいている自分がいてました

すると親父がもう一言

「男はな、やらなあかんときがあるねん、バカにされたとき、なめられたとき、家族が危険にされされたとき、世間一般はそんな時でも我慢せなあかんと言われてるけど、そんなときはやってまえ、例え世間から白い目で見られても、お父ちゃんんはお前の見方や」

この言葉は、勇気になった一面、バカにされたり、またはなめられたらあかんように生きなければならないなぁという教訓にもなりました

そんなこんなが今の生き方になっています。

しかし、よくよく大人になって映画とか見てると、これって任侠の世界みたいだんなぁと

ヤクザにはなっていない自分でよかったと胸をなでおろしている次第です


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