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二度目の恋 第4話

 私は、北山さんと別れたあと、あれだけ啖呵を切ったのに、悲しみに暮れて家路についていた。家に帰ると、リビングに泣き崩れた。なんで、あんなに拒絶されるの?それに、彼の元カノの「かのかすみ」さんって・・・。

「どうしたの?」
「おかあさ~ん。」
「その分じゃ、彼氏に振られたか?」
「ん~、そんなんじゃない。いくら好きって言っても、全然振り向いてくれないの。」
「つばさほどの美人を?」
「私そんなに美人じゃないよ。」
「じゃ、なんで?」
「なんでも、初恋の人が忘れられないみたい。」
「きゃぁ~、ロマンチック!」
「何が、きゃあ~よ。」
「だって素敵じゃない。ずっと想い続けているんでしょ?」
私はむっとした。

「その人は・・・・。とにかく、私、絶対あきらめないもん。」
「あんまりしつこくすると、今はストーカーで捕まるわよ。」
「おかあさんの時は、そんなん、なかったの?」
「そうね、なかったわね。」
「いいなぁ。」
私はふと話を変えた。

「ねえ、おかあさんの初恋ってどんなんだったの?」
「えっ、それ聞く?」
「教えてよ。」
「もう時効よね。小学校の時かな。」
「どんな人?」
「運動が好きな子だったわ。」
「そうなんだ。」
「そんなことより、つばさが頑張って彼氏にしたら、絶対紹介してね。」
「わかんないわ。」
私は、絶対に初恋の人に負けないもん。絶対に振り向いてもらうんだ。


 すぐに、オレは職場復帰を果たした。何事もなかったかのように振舞っていたつもりだが、周りはかなり気遣ってくれていた。もう、大丈夫だっつ~の。そこへ山口がやってきた。

「殴って、すみませんでした。」
「いや、もう気にしてないから。」
「まだ、河合さんのこと、好きか?」
「はい。」
「はっきり言っておくけど、オレは付き合ってはいない。だけど、彼女はオレが好きみたいだ。」
「北山さんは付き合う気ないんですか?」
「ない。」
「わかりました。」

 オレは山口にこう言ったことで、河合さんと見切りをつけたつもりでいた。こうして、公言しておけば、もう彼女からも連絡してこないだろう。何より、今はかすみの面影とオレとの生活を取り戻したい。

 オレはそれから、自分が思うに平穏な生活を送っていた。やっぱり、こんな暮らしがオレには合っているんだろう。また、山口が声をかけてきた。
「北山さん、今晩付き合って下さい。」
「お。珍しいな。いいよ。」
もう、あの時の喧嘩のわだかまりはない。オレたちは、近所の居酒屋へ行った。

「北山さん、河合さんと連絡、断ってるんですか?」
「なんで?」
「彼女、オレに聞いてほしいって言ってきたんです。」
「そっか。」
「どうなんですか?」
「もう連絡先、消したよ。着拒もしてる。」
「そんなに嫌いなんですか?」
「別に嫌いってほどじゃないけど・・・」
「じゃ、なんで?」
「あまりに年の差がありすぎじゃん。それに彼女は幸せになってほしいからね。」
「そんなことで?」
「そんなことでって、大きな問題だぜ。」
「何言ってるんですか?そんなの問題じゃないですよ。」
「とにかく、オレは1人でいいんだ。」
「じゃ、なんであの時、合コンに来たんですか?」
「たまには、女の子と話するのもいいかなって、思ったんだ。」
「あの時の参加メンバーは、みんな真剣に恋人を探していたんですよ。」
「そんなことはわかっているよ。でも、オレには想い人がいる。」
「えっ?」
「もう、忘れられない人がいるんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
「長いんですか?」
「ん、30年になるかな。」
「そんなに・・・」
「もう、無理な話だ。昔話のね。」
「だったら、いい加減、前を向きましょうよ。」
「みんな、そう言うよ。」
「北山さんは意気地なしだ。」
オレはカチンときた。
「どんな時だって、あの子の顔が浮かんでくる。そんなオレが他の女と付き合うわけにいかんだろ?それが意気地なしか?」
山口は、言葉を失っていた。
「こうしていても、あの子ならどうするかなとか、ここにいて微笑んでくれるのかなとか、未だに想い出すんだ。」
「そんなオレには、他の女と付き合うことなんかできやしない。」
しばらくして、山口は口を開いた。
「すみませんでした。」
でも、最近はどうも、河合さんの顔と、かすみの顔がダブってしまう。なぜなんだろう。

 ある朝、オレはいつも通りに出勤の準備をしていた。ふと、スマホに目をやると、なぜかたくさんのメールや着信が入っていた。なんで?オレは、その一つのメールを開けてみた。

「どうしたんですか?大丈夫ですか?連絡下さい。」
えっ?なんで?どういうこと?オレは留守電を聞いてみた。そこにはオレが無断欠勤して、一日休んでいたとの旨があった。時計の日にちを見た。ほんとだ。1日、飛んでいる。どうなっているんだろ?

 とにかく、オレは急いで、会社へ向かった。
「お、北山、どうしたんだよ。」
「オレもよくわからない。」
「とにかく、長谷さんへ説明してこいよ。」
「わかった。」

 オレは上司の長谷さんに話をしに行った。
「どうしたんだ、無断欠勤するなんて、北山くんらしくないな。」
「すみません。普段通りに起きてみたら、みんなからのメールや電話が入っていて、びっくりしたんです。」
「ということは、丸一日寝込んでいたということか。」
「どうやら、そういうことみたいです。」
「疲れてんじゃないのか。まあ、今回は有給ということで処理しとくぞ。」
「はい、すみませんでした。」

 なんで、こんなことになったんだろう。オレにもよくわからない。そんなに疲れている感じじゃない。今まで、こんなに寝込んだことなんかない。だけど、それはまたオレに起こった。一週間も経たないうちに、また丸一日寝込んでしまったのだ。おかしい。何か、おかしい。こんなこと、今までなかったのに。

 冷静に考えて、オレは医者の言うことを思い出した。もしかして、腫瘍のせい?オレは病院に行った。あの時の担当医に、このことの説明をして、再度、CTやMRIなどの検査を受けた。その腫瘍はさらに大きくなり、ますます血管を絡めていた。

「この速度で進行すると、1年持たないですよ。」
「手術も無理なんですよね。」
「申し訳ないけど、あきらめて下さい。」
「いや、仕方ないですよ。それがオレの人生でしょうから。」
「痛くなって、どうしようもない状況なら、鎮痛剤を処方するから。」
「わかりました。」

 というわけだ。オレの人生も終わりが近くなったっていうことだ。だけど、オレは至って冷静だった。今の貯蓄で2年は食える。なら、もう、働かなくていいってことか。どうしようかな。普段通り働いて・・・、そんなわけにいかんか、記憶がないほどに寝込んでしまうんだもんな。仕方ないな。長谷さんに説明してこよう。

 オレは翌日、長谷さんに全部話した。
「・・・というわけで、今後、どんどん会社に迷惑をおかけすることになるんで、大変急ですが、今日で辞めさせて頂きます。」
「事情はわかった。でも、辞めんでもいいだろ。」
「急に何日も休むことが、だんだん多くなるかもしれませんよ。それでもいいですか?納期を守ることもできませんよ。やはり、迷惑はかけられないですよ。」
「多少はなんとかサポートできるが、決心が固そうだな。」
「もうしわけないです。」

 オレは無理やり、退職願を受理してもらった。オレが辞める話は、その日中にみんなに伝わった。
「北山さん、なんで?」
「なんで辞めるんですか?」
「あまりに急ですよ。」
「どんな理由でも、せめて、送別会くらいさせて下さいよ。」
いろいろ言われたけど、仕方がない。みんなに頭を下げて、会社を出てきた。

(つづく)

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