見出し画像

居心地の良い場所 第4話

 しばらく、黙って二人で歩いた。
「何か食べようか。」
「うん。」
遅いお昼になった。

「ワタルさん、知っていたのね。」
「なんで、そんなウソついてたん?」
「ごめんなさい。そのうち本当のことを言おうと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。」
「そっか。で、どうする?」
「もう出ていかないといけないよね?」
「いや、そうじゃなくって、実家とのやりとりだよ。」
「あそことは縁切られてもいいの。」
「本当にそれでいいのか?」
「うん。あの家を出たときに、決心してたから。」
「そっか。で、あの場で話したことは?」
「思わず言っちゃって、ごめんなさい。迷惑だったでしょ?」
「まあ、一緒に住んでいるから、同棲は否定できないし、結婚は・・・」
「ごめんなさい。嫌だったよね?」
「そんなに嫌ってほどではなかったけどね。」
「えっ?」

こんだけ1年近くも一緒にいるんだ、ほとんど内縁の妻状態だろ、プラトニックではあるが。
「まあ、兄妹のままでいいよ。」
「う、うん、ありがとう。」

 正子は、ちょっと残念だったような、うれしいような顔をした。まあ、微妙ってやつだな。俺たちはその後、ホテルに向かった。一応、シングル2部屋取っていたんで、別々になった。まあ、ひとりでじっくり考えると、また結論も変わってくるだろうしね。正子は実家に帰る方がいいかも知れないし、俺と居っても、もしかすると何の進展もなく、ずっと、あのままかも知れんしな。そんなことを考えながら、いつの間にか寝てしまった。

 翌朝、朝食の時間に待ち合わせをして、正子と一緒に食事にいった。
「寝れた?」
「あんまり。」
「そう。」
「うん。」
「今日はせっかくだからいろいろ行ってみよった。」
「あ、はい。」

 ゆっくり食事をしてから、俺たちは京都観光に出かけた。といっても、正子にとってみれば、庭みたいなものかも知れないけどね。でも、正子は案外灯台下暗しで、行ったことがない場所も多かった。ちょっとは、気分が晴れたかな。

 夕方、俺たちは東京へ帰った。
「やっぱり、この部屋の方が落ち着くわ。」
「おいおい、もうそんな感じなんか?」
「うん。私にとって居心地がいいの。」
「しゃ~ないな。」
「これからもご迷惑お掛けするかも知れませんが、よろしくお願いします。」

 まあ、家政婦代払わんでいいし、一人も二人もそんなに食事代変わらんし、俺にとっても快適を提供してくれるんで、何も問題ない。今まで通り、やっていくことにした。

 ある日、正子がこんなことを言い出した。
「私、働きに出てもいいかな?」
「別に構わないけど。」
「家事に支障がでない範囲で、考えるから。」
「そう?」
「うん。」

 まあ、外に出たい欲求はわかるし、俺も家政婦代、渡していないしな。だめとも言えないな。正子が探してきたのは、俺が仕事に行っている間だけのスーパーのパートタイムだった。
「それでいいの?」
「うん、あんまり、迷惑かけれないもん。」
「だけど、そんなに気にしないでいいよ。」
「これでいいの。」
「そっか。」

 まあ、正子の好きにさせてやろう。すぐに、正子のパート生活が始まった。働いた経験はあるということなので、全然不安はなく楽しそうに話ししていた。やっぱり、いろんな人と知り合いになれるし、社会とのつながりも大切だしね。

 それから、半年も経った頃、
「相談があるの。」
「ん?」
「今のパートで、正社員のお誘いを受けたの。」
「へえ~、すごいじゃない。なかなか半年くらいでそんな抜てきないよ。」
「やってもいいかな?」
「問題ないでしょ。」
「時間が長くなるので、ワタルさんに迷惑がかかるかも。」
「多少はいいでしょ。元々、ひとりだったし。」
「でも、あんまり、迷惑にならないようにするから。」
「無理すんなよ。」
「うん、ありがとう。」

 時に、俺より早く出勤するときは、朝ご飯を作っておいてくれるし、晩だって俺より遅いときは、作っておいてくれる。逆にこんなにしてもらっていいのか、恐縮しちゃうな。でも、俺はなんとなく、正子が出ていくような気がしていた。ずっと一緒にいたけど、正子は多分、自分の居場所を見つけるだろうと思っていた。そうなったときに、俺は一人でも大丈夫か?なんて、自問自答していた。もしかすると、こんなに長い間、一緒に暮らしていて、何もないってことは、それだけの関係なんだろう。俺はある程度、覚悟を決めていた。

「あの、相談があるの。」
「何?」
「いつも無理ばかり聞いてもらって、ありがとう。」
「いやいや、何も問題ないよ。正子だって、よくやってくれているんで、助かっているよ。」
「そんなことないよ。」
「で、相談って?」
「今のスーパーの本社に来ないかって言われてるの。」
「すごいじゃないか。出世だね。」
「でも、本社は遠いの。」
「そっか、じゃ、いよいよ、この部屋から出ていくってことかな。」
「ごめんなさい。」
「いいよ。そんな気がしてたから。」
「ワタルさんにはとってもお世話になったのに、何もできなくて、ごめんなさい。」
「いやいや、ここまで、十分してくれたよ。で、住む場所は見つけたの?」
「これから、見つける。」
「そっか、わかった。いいよ。」
「ほんとに?」
「ああ、正子が進むべき道を見つけたんだ。俺が邪魔するわけにいかないよ。逆に応援するよ。」
「ありがとう。」

 それからは、あっという間だった。正子は俺の元から去っていった。正子のものなんか、あまりなかったので、部屋の雰囲気はそんなに変わらない。でも、なんか淋しい空気だけが残った感じがした。

 さてと、これからは俺ひとりだから、久しぶりになんでもしなくっちゃな。俺は昔のように自炊もするし、掃除、洗濯もする。すぐに慣れるだろう。会社では、慣れた仕事で、振り分けられた売り上げのノルマを達成することに注力して、目途が立ったら、のんびりしたり、次の種まきに奔走したりしてた。

「田中先輩、一緒にご飯でもどうですか?」
久しぶりに佐々木たちから誘われた。
「女の中に男一人かよ。ちょっと無理かな。」
「先輩も誰か連れてきて下さいよ。」
「ん~、じゃ、暇なやつ連れていくわ。」
「やった~!」

 俺は、後輩を二人ほど捕まえて、佐々木たちと晩御飯を食べにいくことにした。まあ、一人だから、外で食べることもいいだろう。
「風の噂で、田中先輩は、妹さんが帰ってしまって、今一人だと聞きました。」
「だ、誰がそんなことを?」
俺、そんなこと、会社で言ったっけ?

「だから、風の噂ですって。」
「まいったな。」
「じゃ、今度遊びにいってもいいですか?」
「だめ。」
「いいじゃないですか?」
「だめったら、だめ。」
「いじわる。」

 なんでそんなことになるんだ。面倒くさいなあ。だけど、こういうメンバーが集まると、恋愛沙汰の話ばかりだ。どの部署の誰々と誰々がいい関係とか、つきあっているとか、いったいどこからそんな情報を入手するんだか。

「田中先輩はいつまで一人でいるんですか?」
「さあ、いつまでかな。」
「私、ずっと待ってるんですけど。」
「方向転換しないと、そのまま、おばあちゃんになっちゃうぞ。」
「それでもずっと待ってます。」
「懲りんやっちゃな。佐々木は恋に恋してるんだと思うよ。」
「どういうことですか?」
「俺を美化しすぎだということだよ。」
「そんなことないもん。」
いい加減、俺にその気がないこと、わかれよ。

「こいつなんかどうだ?いいやつだぞ。」
俺は後輩を勧めた。
「先輩、俺、彼女いるし。」
「あれ?いたっけ?」
「彼女いる人、勧めないでくださいよ。」
「ワリ~、ワリ~。」
「この男のメンツの中で、彼女いないの、先輩だけですから。」
「え”~、そうだった?」
「知らないのは先輩だけですから。」
「はははは。」
「この際、先輩と佐々木さんをくっつけちゃいましょうよ。」
「いいねえ。」

 おいおい、待てよ。俺にそんな気がないって、言ってるだろ。だが、結構飲んで、いい加減どうでもよくなってきている自分がいた。いつの間にか、俺と佐々木さんだけになっていた。

「もう、終電ないし、今日はお願いしますね。」
「だめだったら。」
「いい加減、私に意識を向けて下さい。絶対、よかったと思いますよ。」
「まだ、そんな思いにならないし。」
「いつの間にか、傍にいる女っていいもんですよ。」
「今日はお帰り。家まで送っていくから。」
「先輩、分かって下さいよ。」

 俺はタクシーを止めて、彼女と乗り込んだ。
「うれしいな。先輩と二人っきり。」
「はい、はい。」

 俺は彼女の住所を告げて、走ってもらった。彼女も結構、酔っ払っている。彼女の家の前に着くと、年配の男の人が立っていた。多分、お父さんだろうな。俺は、彼女を降ろして、お父さんに引き渡した。

「遅くまで、連れまわして申し訳ございません。佐々木さんの上司の田中といいます。」
「うむ。」
「先輩の家じゃないじゃない。嫌だよ。」
「これ、真理子、しっかりしないさい。」
「わざわざ送って頂いて、ありがとう。」
「いえ、いえ、こちらこそすみませんでした。」
「ほら、お前もお礼を言いなさい。」
「先輩のうちに行きたかったのにぃ~。」
「こら、みっともない。」
「では、これで失礼します。」

 俺は、そのタクシーにまた乗り込んで帰途についた。玄関を開けると、真っ暗な部屋。もう、正子はいないんだな。俺はリビングの電気をつけると、椅子に座って、水をいっきに飲みほした。

 正子が来るまでは、割と、一人でもそれなりに楽しかったし、一人でも自由に生活していけた。だけど、今はなんか、淋しい気分だ。佐々木の言っていたように、俺を好いてくれる子が傍にいてくれる方がいいのだろうか。そんなことを考えているうちに寝てしまった。

 次の日、学生時代の友人から連絡をもらった。遠くにいるヤツがこっちにくるから合流しないかというお誘いだ。どうせ、暇だったし、行くことにした。

 約束の場所に行くと、仲の良かった小林がいた。
「よう、久しぶり。」
「今日は誰がくるん?」
「全部で6人。お目当てのあの子もくるぞ。」
「そうか。」

 学生時代に付き合っていた知佳だ。男3人、女3人で合流した。この中で結婚しているのは男2人、女は知らん。まあ、ミニクラス会やし、そんなんどうでもいいか。小林と二人で行くと、みんなもう、待っていた。懐かしい顔ぶれだ。5年振りということだね。

「みんな、久しぶり。」
「相変わらず、おまえらふたりは最後やな。」
「ほんと、変わってないわね。」
そっか、本当にそうだ。昔のように、俺らはいつも一番最後だ。

 ふと、指に目が行った。女二人とも結婚している。知佳は・・・してなかった。
「さあ、乾杯しよっぜ。」
「再開を祝して、乾杯。」

 早速、今の状況の話になった。やっぱり、俺と知佳だけ、結婚してなかった。
「やっぱり、あんたたちは別れちゃだめだったのよ。」
「いまからでも、間に合うんじゃない。」
「そうだよ。」

 人の気も知らんで、よく言うよ。知佳は俺より、仕事を選んだんだぜ。今でも、バリバリやっているはずだ。
「で、知佳はどうしてるの?」
「私は実家に戻って、家事手伝いかな。」
え~、なんでだ。そんなんだったら、別れる必要なかったんじゃん。

「そうなのか。」
「で、ワタルは?」
「俺はサラリーマンしてるよ。働き出してから、何も変わらんよ。」
「そうなんだ。」
「おもしろくないやっちゃな。」
「まあそんなもんやろ。」
「でもさ、知佳とワタルだけ独身で、こんなところで出会うなんて、運命っぽくない?」
「ほんとにそうかもね。」
「やめてくれよ。」

 それから、なんやかんやと盛り上がったけど、最後は、また、俺ら二人にされてしまった。やっぱ、こういう展開か。
「ほんとに、久しぶりね。」
「元気そうでなりよりだよ。」
「ほんとに、ひとりなの?」
「ああ。」
「でも、ごめんね。あんな大見得切って、結局、実家にいるんだもん。」
「こっちで働くつもりはないの?」
「うん、今のところはね。」
「そっか。」
「で、今日はどこに泊まるの?送っていくよ。」
「まだ、取ってないの。」
「おい、おい、いいのかよ。早く、見つけないと泊まるとこ、なくなるぞ。」
「ワタルんとこ、泊まれる?」
やっぱり、俺とよりを戻したいのか。じゃ、どうする、俺。

「無理そう?」
「二部屋あるから、大丈夫だよ。」
「そう。」
知佳はなんか淋しそうな顔をした。でも、一緒に俺んちへ向かった。

 だが・・・玄関を入ると、電気がついていた。あれ?なんでだ?
「あ、おかえり。」
なんで、正子がいるんだ?
「あれ、お客様?初めまして、妹の正子です。」
「今日くるって言ってた?」
「ううん、言ってない。サプライズ。」

 知佳が遠慮した。
「妹さんがいるなら、私、ホテル取るわ。」
「お兄ちゃんのお友達ですか?」
「ちょっとせまいですけど、私と一緒に寝ます?」
「いえ、今日はホテルを取りますね。」
「大丈夫ですよ。私も淋しいので、一緒にどうですか?」
「そういうことで、泊まればいいよ。」
「わかったわ。ありがとう。」

「なにか、飲みます?コーヒー、紅茶、お茶、お水?」
「じゃ、俺はコーヒーで。」
「私も。」
「了解です。ちょっと、待っててね。」
正子は台所へ行った。

「ごめんね。まさか、妹が来てたなんて知らなかったんで。」
「かわいい妹さんね。」
「あんまり、人見知りしないみたいだからね。」
「はい、お待たせしました。どうぞ。」
「知佳はね、学生時代の同級生なんだ。」
「そうだと思ったわ。もしかして、昔の彼女だったりして。」
女の感はするどいなあ。
「当たった?」
知佳は困った顔をしていた。バレバレやん。

「ホテル取ってないなら、俺んちおいでよ、みたいな?」
「うるさい。」
「ごめんなさーい。」
知佳も笑っている。なんか、よかった気がする。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?