居心地の良い場所 第6話(終)
休みの日、久しぶりに正子と買い物に出かけた。時間もあったので、のんびり、ウィンドゥショッピングなどしながら、買い物を楽しんだ。ちょっと、休んでいこうということで、スィーツのお店に入った。
「なんか、一緒にこういうとこ来るの、久しぶりだね。」
「ほんとですね。うれしいです。」
「スィーツも久しぶりだしね。」
「おいしいです。」
俺はふと、視線を感じた。誰だ?だが、よくわからなかった。でも、正子も感じたようで、こう言った。
「店の外から、怖い目でにらんでいた人、いました。」
「えっ、見たの?」
「ええ、こちらをじっとにらんでました。」
「なんだろうな?」
「知らない人でしたよ。」
「そっか。」
その後、うちに帰るまで、監視されているような感じがじた。
その翌日、会社で佐々木に食いつかれた。
「昨日、あのスィーツの店に一緒にいた人、誰よ?」
「おまえか。やけに視線感じるなと思ったよ。」
「だから、誰よ。」
「妹だよ。一緒に買い物にでて、あの店で休憩してたんだ。」
「うそ。妹さん、実家に帰ったって。」
「誰がそんなこと言ったんだ。まあ、一旦、帰ったけど、また、来てるんだ。」
「うそ。絶対、うそ。」
「別に信じてもらわなくてもいいけど。」
「やだ。あんな人と一緒にいてほしくない。」
「そんなこと言っても、妹だし、何も問題ないだろ。」
「だから、絶対にうそよ。」
「じゃ、ずっとそう思っておけよ。」
俺は、佐々木との話に嫌気がさして、そっけなく対応した。本当に困ったものだ。好き好き攻撃から、今度は焼きもち攻撃か。こんな女はかなわない。もしかしたら、あかりのようなタイプなのかも知れないな。用心しないとな。
その後、佐々木は会うたびに、文句を言ってくる。もう、うんざりだ。
「じゃあさ、俺の立場と佐々木の立場を変えて、考えてみてよ。そんなふうにずっと言い続けられたら、どう思うだろうか?」
「どうって?」
「佐々木のように毎回言ってくる女の子を好きになれるだろうか?」
佐々木ははっとした。
「もう、うんざりするだろうな。好意の欠片もなくなるだろうな。」
「ごめんなさい。もう言いません。許して下さい。」
「俺が、もう遅いっていったらどうする?」
「そんなこと言わないで下さい。もう絶対しませんから。」
佐々木は泣き出した。会社で泣かれても困るんだけどね。まあ、そこまでするつもりはなかったんだけど、この子はそう言わないとわかってもらえないと思ったんだ。
「もうわかったから、その泣き顔、直しておいで。」
佐々木はうなずいて、トイレへ走っていった。まるで、がきんちょだよな。俺も苦労するぜ。同じ年でも正子の方がよっぽど、大人だし。
その夜、食事をしたあと、正子がこう言った。
「私、まだしばらくここでお世話になっていいのかな。」
「別に問題ないよ。好きな時まで居ってくれていいよ。」
「ほんとに?」
「ああ、構わないよ。」
「ありがとう。」
「こちらこそ、いつもありがとう。」
「そういえば、家政婦代、そろそろ払わないといけないね。」
「いいわよ。私も貯金あるし、当面、必要ではないもん。」
「そういうわけには、いかないだろ。」
俺も取締役になるし、それなりに給料をもらえるだろうから、多少、払えるだろうという目論見があった。
「払うなんて大きなこと言っても、そんなに払えないけどね。」
「本当にいいですよ、無理しなくても。私は、これで十分なんですから。」
「いや、せめて、これだけ毎月払うよ。俺の気持ちだと思って、受け取ってくれ。」
そう言って、5万円入りの封筒を渡した。
「すみません、じゃあ、有難く、頂きますね。」
「よかった、受け取ってくれて、ありがとう。」
ずっと、無償というわけにはいかんだろう。俺もちょっとは気持ちが晴れた。
いよいよ、新しい会社がスタートする。やっぱり、佐々木も異動してきた。ちゃんと、働いてくれよ。軌道に乗るまで、まあ、大変だった。でも、子会社だからかもしれないけど、半年ほどでなんとか、売り上げも安定してきて、目途が立ってきた。
ある日、俺は社長に呼ばれて、一緒に食事をすることになった。
「君のおかげでなかなか順調にいっている。ありがとう。」
「いえ、いえ、社長のおかげです。」
「今後の展開の話は、また、役員会で話をすることにして、今日は、お疲れさん会とでも思ってもらったらいい。」
「ありがとうございます。」
その後、他愛もない話をしたあと、社長の本題が待っていた。おそらく、これが一番聞きたかったんだろう。
「ところで、君は真理子をどう思っているんだ?」
「私からは特別な気持ちはございません。一緒に働く同僚だと思っています。」
「そうか。仕方ないな。真理子の話では、彼女がいるのかな?」
「いえ、多分、真理子さんが見たのは妹です。」
「なるほど。では、今は独り身なんだろ。」
「はい、まだ結婚するつもりはありません。」
「それだけ、はっきり言われたのでは、どうしようもないな。真理子も今回はいい勉強になったということだな。」
「申し訳ありません。」
「まあ、気にしないでくれ。」
それからというもの、かなり仕事は忙しくなってきた。俺は役職柄、結構夜の付き合いも多くなってきて、まともに家に帰ることもままならなくなってきた。それに、休みの日も休みになることもないことが多く、これまた付き合いが多くなった。
「最近、夜は遅いし、休みも一緒にいられなくなって、申し訳ないな。」
「気にしないで下さい。偉いさんなんだから。」
「取締役がこんなに大変だとは思わなかったよ。」
「いろいろ経験できてよかったね。」
「ん~、そういう考え方すれば、そうだな。」
「今後の将来に活かせるでしょ。」
「確かに。」
「あのさ。」
「なんですか?」
「もし、やりたいこととか、彼氏できたとか、あれば、いつでも・・・」
「私にはここが一番、居心地良いです。」
「そっか。」
「はい。」
本当に構わないのかな。俺だったら、やりたいこと見つけて、出ていくんだろうけどな。そういえば、以前、京都でのことを思い出した。俺と結婚するって言ってたっけ。
「そういえば、京都に行ったとき、おうちの人に、俺と結婚するって言ったけど、おうちの人、何も言ってこない?」
「ああ、適当に言っておいたから気にしないで。」
「どんなふうに言ったん?」
「だから、気にしないでいいです。」
「もし、おうちの人に何か言われたら、俺どう言ったらいいんだ?」
「直接は言って来ないと思うんで、大丈夫。」
「こういうことはちゃんと打合せしといたほうがいいぜ。」
「・・・」
なんで黙る?困ることでもあるんかな。
「本当にいいんだな?」
「大丈夫です。」
まあ、いいか。正子がそこまで言うんなら、この件については、俺は関与しないぜ。
仕事は、立ち上げの忙しさが落ち着いて、ようやく余裕が出てきた。社員も増えてきたんで、すべてを俺がすることもなくなっていった。最近はネットで打合せもできるので、在宅会議をやったりして、家での作業もできるようになった。
そんなある日、正子が買い物で外出中に玄関のチャイムが鳴ったんで、俺が出た。
「どちら様でしょうか?」
「正子の父ですが。」
何だって?よりによって、俺しか居ない時に。
「正子さんは、今、買い物にでておりますが。」
「結構です。あなたに話があってきたんで。」
そうなんか。どうしよう、だから、口裏合わせようと言ったのに。
「わかりました。少々、お待ちください。」
俺は急いで、正子に連絡を取ってみたが、出ない。仕方がない。
「お待たせしました。どうぞ、おあがり下さい。」
「どうも。」
俺は正子の父親をリビングのテーブルへ招き入れて、席に座ってもらった。
「平日のこの時間にいらっしゃるということは、お休みを取られていたんですか?」
「いえ、今日は在宅勤務で、会議の時間以外は自分の仕事を家で片づけていたんです。」
「そうですか。だいぶ、サラリーマンの働き方も変わってきたんですね。」
「はあ。」
「ところで、あなたは私のところに挨拶にも来ないで、娘を奪い取るつもりですか?」
何?言ってるんだ?
「あなたの態度から、いい加減さがわかります。」
言ってることがわからない。
「そうやって、黙っているつもりですか?」
「いえ、そんなつもりはありません。ただ・・・」
「ただ、何かね?」
「お父さんはどのようにお聞きになっているんですか?」
「どのようにもクソもない。勝手に正子と結婚しておいて、親に一言もないなんて・・・」
おいおい、結婚したのか、俺たち。
「だいたい、私は許した覚えもない。」
そりゃそうだ、俺だって、そんなこと聞いてない。どうしよう?
「おとうさんには大変ご心配お掛けしまして、申し訳ございません。」
何、誤っているんだ、俺。
「本来、私からお話にお伺いすべきところ、このようなことになってしまい、申し訳ございません。」
「ふん、いったいどんな会社に勤めているんだ、名刺を見せたまえ。」
仕方ないので、俺は名刺を父親に渡した。
「えっ、取締役・・・」
絶句していた。当然、そんな地位だなんて、思ってなかったんだろう。
そこへ、正子が帰ってきた。
「あれ、お客さんかしら?」
「えっ、おとうさん・・・なんで・・・」
正子まで絶句している。スマホ見てなかったな。今更、打合せなんかできないので、正子は正直に話し始めた。
結局、家業を継ぐのがいやなので、家を出たこと、ずっと俺に世話になったこと、俺と結婚したと言ったら、自分をあきらめてくれると思ったことなど、正子は思いのたけを語った。正子の父親は何も言わず、じっと聞いていた。
「ということは、まだ、結婚していないんだな?」
「うん。」
「航くんはどう思っているんだ?」
「私が勝手に思っているだけだから・・・」
「おまえじゃない、航くんに聞いているんだ。」
だよな、でも、俺も正子の話を聞いて、気持ちが固まっていた。
「このまま、一緒に暮らしたいと思っています。なので、正子さんを私に頂けませんでしょうか?」
「よし、なら二人で一度、京都に来い。」
そう言うと、正子の父親は、帰って行った。
「航さん、本当に私でいいんですか?」
「俺自身、優柔不断だったと思ってる。だから、ちゃんと言うよ。俺と結婚してほしい。」
「ほんとに、ほんとに、いいんですか?」
「何か、問題ある?」
「いいえ、何もないです。ありがとう。」
そういうと、俺に抱き着いてきた。これでよかったんだ。
それから、短い日程だったけど、ふたりで京都にいくことにした。そこで正式に結婚の了承を頂いた。やっぱり、反対されたままではよくない。正子と家族とも、和解してもらった。
さて、今度は会社の方だ。俺は社長にその旨を報告した。佐々木さんはショックでしばらく会社を休んでいたが、ようやく、気持ちを切り替えて、また、会社で元気に働いている。
「ねえ、あなた、コーヒーする?」
「ああ、お願いするよ。」
「はーい。」
俺にとっては、正子が一番居心地がいい。今晩は食事にでも誘ってみようか。
(おわり)
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