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聞こえるじゃん! 第1話

 ボクの周りは、なんか、おかしい気がする。もしかしたら、みんな特殊能力の持ち主なんじゃないかと思うこともある。だって、みんな、「言わなくてもわかる」って言うんだ。

「そんなことは、言わなくてもわかるだろ?」

 ボクは、この言葉をよく言われる。みんな、言わなくてもわかるんだろうか?ボクにはわからない。ちゃんと、言ってもらわないと分かりっこない。どうして、人の考えていることがわかるというのだ。そんなの、特殊能力の持ち主じゃないと、分かりっこない。大人も子供も同じことを言う。ボクと同じように、ちゃんと言われないとわからない人はいるんだろうか。とっても不思議なのだ。

「言われんでも、わかるようになれよ。」

そんなん、無理だ。

「なんで、お前はこんなことできないかな?」

そう思うなら、最初からちゃんと言っておいてくれよ。

 同級生も先生も、自分の親までも、同じことを言う。いい加減、こんな連中と付き合いたくなくなるよ、まったく。会社勤めをするようになってからも、同じだった。

「なんで、こうしないんだ。言われなくても分からんかな?」

分かるわけないやろ。

「このお得意先には、先にこうすべきだろ。なんで、わからんかな?」

そうなら、先に言っておいてくれよ。

 あ、ボクは青木健太郎。ボクは、毎度、この不毛なやり取りにゲンナリしながらも、仕方なしに社会生活を営んでいる。本当に言わないでもできる人っているんだろうか?って、こういうことを言う人は、それができるんだろうか?でも、その人も上司に同じことを言われてたりする。結局、自分もできないじゃん。じゃ、なんで、そんなこと言うんだろう。

 「言われなくてもできる」ということは、言っていないことに気が付くってことか?ボクは言われていないことに耳を澄ました。でも、そんな声なんか聞こえてくるわけなんかない。でも、ボクに、それが聞こえてくることになったのだ。

「おい、この資料、明日の15時までに作っておいてくれ。」
「はい。」

(本当は明日の10時までなんだ。)

えっ、なんで嘘をつく必要があるんだ。これで、ボクが10時の段階でできていなかったら、なんて言われるんだろう。

「明日って言ったら、午前中、それも10時くらいまでに終わらせておくべきだろう。なんで、分からんかな?」

それじゃ、単なるいじめじゃないか。ボクは今日中にその資料の作成を終わらせた。明日、なんて言われるんだろう?

「おい、資料できてるか?」
「はい、これです。どうぞ。」
「おっ?そうか。ありがとう。」

(なんでやってあるんだ?いびれないじゃんか。)

いびる??てめ~、そういうことか。

「じゃ、明日、訪問する〇〇商事の資料も作っておいてくれ。」

(本当は××商事だけどな。)

「はい、わかりました。」

今度はわざと言い間違えて、ボクに責任を押し付けようとしている。でも、まる聞こえだから、ちゃんと、××商事の資料を作っておこうっと。

 翌日、やっぱり、ボクを陥れようとして、こう言ったのだ。

「ちゃんと、××商事の資料できてるか?」
「はい、どうぞ。」
「えっ、なんで・・・」

なんでもくそもないよ。おまえの嘘には、もうだまされないぞ。

 なんで、わかんないかな?っていうことは、ボクのような存在を陥れて、いたぶる言葉だったのだ。でも、なんで心の声が聞こえるようになったんだろう?そんなことはどうでもいいや。とにかく、今までのボクへのいじめは、これですべてなくなるのだ。

「おい、青木。今週の金曜、うちの部門の懇親会あるから、空けとけよ。時間と場所はあとで、連絡すっからな。」

(こいつには、違う場所を伝えておこうっと。)

またかよ。よっぽど、ボクに恨みでもあるのか?それもと、単にいじめたい対象だと思っているんだろうか。でも、正しい場所はすぐにわかったから別にいいけどね。

 取引先の窓口の課長さんもそうだ。同じように、ボクに嫌がらせをしてくる。よっぽど、ボクはそうしたい対象なんだろうか。

「青木さん、次回の打合せは、××月〇〇日の11時からでいいでしょうか?」
「はい、ちゃんと空けておきますので、大丈夫です。」
「じゃ、それでお願いします。」

(他のメンバーには、10時って、伝えておこうっと。)

 この課長も同じだ。ボクを攻撃の対象にしてくる。ボクを担当から外したいのか、ボクの会社との取引を止めたいのか、本意は分からないけど、ボクのメモには、ちゃんと10時と書いておこう。それに打合せに使用する資料も言われていないけど、持ってきてないことを罵倒するつもりみたいなんで、しっかり用意しておこうっと。

 当然、当日、ボクは遅刻するはずもなく、打合せに必要な資料もちゃんと人数分用意して持って行ったので、何事もなく無事に済んだ。ボクを陥れようとしていた課長は、当てが外れたみたいで、嫌な顔をしていた。これからは何度やっても無理ですよぉ~っだ。

 だけど、それからのボクは、相手の心の声がちゃんと聞こえるので、いい人なのか、悪い人なのかがわかるようになった。それに、道行く人が、すれ違い際に心の声が聞こえてくる。みんなって、こんなもんなのかな。

「今日も疲れたなぁ。」
「あ~あ、なんかいいことないかな。」
「彼女が欲しいなあ。」
「また、今日も一人、淋しいなあ。」
「絶対、あいつを殴ってやる。」
「お金がほしいなあ、給料日まで持たないや。」

 あんまり、不要な声は聞こえてほしくないな。ボクに関係する人の声だけでいいのにな。でも、こういうのって、やっぱり、普通の人には聞こえてこないものなんかな。それじゃ、これをうまく使えないだろうか。

 ボクはこの能力を何かに使えないか、考えた。まあ、自分を貶めたい連中からは、回避できる。それでいいんじゃない?って、考えもあるけど、うまく利用できれば、毎日が楽しいかも?

 本当にたまたまなんだけど、会社の懇親会の時、ボクはたまたまサイコロを持っていた。みんなに何かやれって言われて、ふと思いついた。

「じゃ、課長、このサイコロの好きな数字を上にして机の上に置いて、手で隠して下さい。私がその数字を当てます。」
「お、マジックか?」
「いいぞ、やれやれ。」
「じゃ、後ろ向いて、目をつむりますからね。」

その間にサイコロを机に置いて、手で隠した。

「オッケーだ。」
「じゃ、私がその数字を当てますね。」

(2にしたなんて、絶対、分かりっこないじゃん。)

「課長、サイコロは2ですね。開けて見せて下さい。」
「お、おお~!」

てな感じで、そのサイコロ・マジックは、その場に居合わせたメンバーにかなり受けた。誰がやっても、絶対に当たるので、どんなトリックなんだ?という話になって、種明かししろなんて言われたけど、それは絶対に言えないのだ。

 それから、ボクは接待には必ず呼ばれて、サイコロ・マジックをさせられた。取引先のお客さんもかなり喜んでくれた。そうなると、次なるマジックを考えないといけないな。

 次に考えたのは、数字だ。0から9までの数字で、好きな数字を言い当てるんだ。でも、いくらボクが正しい答えを言っても、わざと間違えた答えを言ったら、当たらなかったということになる。どうしようか。そうだ、ボクが紙に書いておいて、相手に答えを言わせた後に、その紙を見せればいいんだ。そうすれば、絶対にワザと間違えるなんてことはできない。これは、数字だけじゃなく、例えば、アルファベットとか、でもできる。そうなると、ボクのマジックの範囲は広がった。みんなに結構楽しんでもらえるから、宴会とかの集まりではボクが必ず呼ばれることになった。

「青木のマジック、すごいよな。」
「それに取引先でも必ず受けるから、いい余興になるしな。」
「何年くらい練習したんだろう?」
「どんなトリックなんだろう?」
「教えてくんないよ。」
「オレもなにか覚えようかな。」

だけど、あんまりやり過ぎると、墓穴を掘りそうだから、それ以上、新しいパターンは止めといた。

 たまに、ふと原点に戻ることがある。ボクがこんな能力が身についたのは、周りのみんなが「言われなくても分かれよ。」って、言っていたことが始まりだ。あんなことを言われなかったら、ボクはこんな能力が身につくことはなかったのかもしれない。とにかく、自分へのいじめ防御と、宴会盛り上げのゲーム用に使っていればいいってことだ思う、たぶん。

 ある日、ボクが帰宅途中に、小学生らしき男の子とすれ違った。

(家に帰りたくない。)

ん?どうしたんだろう。

(また、叩かれる。)

それって、虐待?どうしようか。とにかく、声をかける方がいいかな。でも、誘拐とかに勘違いされたら、ボクがやばいかも。結局、何もできずに通り過ぎた。もう、こういうことは聞こえなくていいのに。自分が聞きたい人の声だけでいいのにな。でも、あの子、どうなったんだろうか。気になるけど、どうせ何もできないんだし、忘れようか。もう、こんなことで悩むなら、聞こえない方がいいじゃん。でも、周りからまたターゲットにされるだろうし・・・。困ったもんだ。

 会社帰りの電車の中で、また声が聞こえた。

(どうしよう。こんな時に、お腹が痛くなってきた。)

ボクはその声の主を探した。あのおばさんだ。こういうことならと、思わず席を立って、おばさんのもとへ行った。

「ボクが座っていたあの席に座って下さい。」
「えっ?あ、ありがとうございます。」

ボクはそのおばさんに座ってもらった。

「なんで、わかったんですか?」
「なんとなく、調子悪そうに見えたもんですから。」
「本当にありがとうございます。」

よかった。こういうことなら、問題ないだろうし、変な容疑をかけられる心配もない。最近の世の中は、良かれと思って、やっても怒られることもあるもんな。

 今度は、会社へ行く途中の電車の中で起こった。

(嫌だ、痴漢。)

えっ、ボクはその声に主を探した。若い女の人だ。もしかしたら、大学生くらいかも。じゃ、痴漢はどこに?

(ぐへへ、いい感触。)

誰だろう。あ、こいつだ。3、40くらいのスーツ姿の男だ。だけど、これは微妙だ。変にかかわると、ボクが痴漢になってしまうかも知れない。こんな時に、こんな声は聴きたくなかったなぁ。

(やめて。)
(いいケツしてんな。)

だけど、ボクのいる位置は、ちょっと離れているし、その女の人には手が届かない位置だ。

「おっさん、何触っとんのや?」

思わず、言ってしまった。その男は慌てて、手を引っ込めたから、周りの人に当たったみたい。

「こいつか。」

まわりの男たちに、捕まった。最初のとっかかりをつくったら、あとは任せるってえのもいいもんだ。ボクはそのまま、会社へ向かった。

 なんか結構使い道ありそうだな。ボクはそんな気がしてた。会社帰りのコンビニで、ビールのおつまみでも買っているときのことだ。

(どうしよう、お金が足んないや。)

ボクの前の女子高生がレジで精算している。まあ、そんなこともあるだろうな。ボクだったら、最後の1品をあきらめるだろうな。

(これどうしても買ってかえらないと・・・)

ん?なんだろう。後ろから見ると、シュークリームが4つだ。

(私の分がなくても、あの子たちとお母さんの分は絶対・・・)

そうか、この子、優しいんだな。それなら・・・

「これ、落ちましたよ。」

ボクはかがんで、千円札を拾う振りをした。

「えっ?」
「はい、確かに渡しましたよ。」

(私、落としてないのに。)

まあ、いいでしょ。これくらい、ボクの自己満足の範囲だからね。その子は、申し訳なさそうにその千円を使って、支払いを済ませた。

「ありがとうございました。」
「いいですよ。」

ボクがレジを済ませて、店をでると、その子が待っていた。

「ごめんなさい。私、お金ないこと知っているんで、落としたんじゃないはずです。」
「あれ?確かに落ちてきたのを見たのにな。」
「そんなはずないです。あれ、あなたのお金ですよね。」
「違いますよ。」
「もういいです。わかってますから。」

やっぱり、バレバレか。

「じゃ、そのまま受け取っていいよ。」
「そんなわけにはいきませんよ。ちゃんと、お返ししますから。」
「女子高生なのに、義理堅いなぁ。」
「明日、また、この時間にここで、待ってますから。」
「わかったよ。」

まあ、なんでお金がないことに気が付いたのかは、追及されなかったのでよかった。

(つづく)

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