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アレスグート 第4話

 そんな生活は長く続かなかった。半年も過ぎた頃、突然、警察からの呼び出しで、行った先は病院。恵美はもう冷たくなっていた。死んでしまった人からは何も入ってこなかった。オレは生き返らせることなんか、できやしない。道路に飛び出した子供を助けようと身代りになってトラックに轢かれたのだという。

 ひとりになってしまった。あふれ出る涙と絶望感は止めることはできなかった。恵美の傷を全部取り込んで、、、何度もトライしたが、やはり、死んでしまった人からは何も入ってこない。途方もない暗闇に取り残された気がした。

 真新しい家と笑顔の恵美の写真。オレは1週間経っても、2週間経っても、何もする気が起きなかった。そんなオレのところへ会社の社長が訪ねてきた。
「よう、どうだ?ちょっとは落ち着いたか?」
「すみません。もうちょっと時間を下さい。」
「そっか。みんな心配してるぞ。そろそろ復帰してこいよ。待ってるぞ。」
「はい、すみません。」
たぶん、オレの顔は前にも増してひどくなっているんだろうな。そういや、数日何も食べてなかったな。恵美、そばに行ってもいいかな?

 そんなオレのところにお客が来た。
「お願いします。この子を見て下さい。」
「いや、今はやってないんです。」
「お願いします。エミが死んじゃう。」
 えっ、恵美?見ると、まだ、5歳くらいの女の子だった。苦しそうに息をしている。自然と手がでた。彼女に触ると、ウィルス性の病気だということが分かった。オレはそのウィルスをすべて消し去った。なんのウィルスか知らないけれど、全部、消滅させることができた。と、とたん、彼女はあれ?っという顔をした。そりゃ、そうだ。悪い原因がすべてなくなったのだからね。

 でも、彼女にはわかっていた。
「おじちゃん、ありがと。」
オレまだ、おじちゃん、ちゃうし。
「よかったな。治って。」
彼女はにっこりわらった。その女の子のお母さんらしき人は、たいそう喜んで、何度もお礼を言って帰っていった。エミちゃん、か。あれ、オレ今、ウィルスを死滅させたよな。そんなこともできるようになったのか!また、進化したのかもな。

 ようやく、少しはやる気が出てきたオレは、会社に出社した。
「とても長らくご迷惑おかけしました。」
「もう、大丈夫か?」
「ゆっくり、リハビリせぇーよ。」
みんなから暖かい声援を頂いた。この会社はほんとにいい会社だ。また、がんばろうと思った。

 落ち着いて整理すると、恵美のものが出てくる。それをひとつの部屋に集めて、思い出の部屋としておいておいた。それと、オレの能力も少し変わったし、吸い取らないで消滅させることができること、これがよかった。トイレに駆け込まなくていい。

 いつものように、休みには人が訪ねてくる。一応、見てあげている。簡単なものはその場で治すこともしている。食生活のアドバイスもする。そんな生活にも慣れてきた。

 久しぶりに佐藤さんが現れた。
「お願いできますか?」
「またですか?」
「はい。」
「わかりました。いつですか?」
「来週、迎えにきます。」
「わかりました。」
そんなことで、来週はまた、大口の仕事だ。しかし、そんなにもらっていいのだろうか?多分、いいんだろうな。

 どんな人かはわからないが、いろいろと試してみたい欲求に駆られていた。自分はどんなことができるのか?佐藤さんの運転する車で、いろいろ考えていたが、いつの間にか寝てしまった。

「着きました。」
「あ、はい。」
くるまから降りると、どこかの地下駐車場だった。そこから、彼のあとについていくと、最上階直行のエレベーターだった。最上階が何階なのかはさっぱりわからない。最上階につくと廊下ではなく、玄関だった。そこから、豪華な寝室へ案内された。前と同じでカーテンで仕切られたベットに誰かが横たわっている。
「お願いします。」
「わかりました。」
オレはカーテンから見えた手に触った。

 女の手だった。それもまだ若い。オレはてっきり政界かなにかのじいいかと思っていた。この人、やばい。もう、長くない。1ヶ月も持たないだろう。
「どうします?といっても、治してくれってことですよね。」
「はい、お願いします。」
「なんとかやってみます。」
まず、リンパ腺から広がってしまっているガン細胞をやっつけることから始めよう。もう、いちいち吸い取らなくても、握った手から攻撃できる。結構、あっちこっちにガン細胞がある。

 しかし、このガン細胞ってやつは、宿主が死んだら自分も死んでしまうのに、なぜそれが分からないんだろう。アホな細胞だ。握っている左手から、右手、右足、左足、下半身から上半身まで、それから頭へ。脳にも転移している。これは、多分手術でも無理なんだろう。すべてのガン細胞を削除してしまうまで、1時間ほどかかった。

 今度は放射線。こんなに一杯浴びたのか。かわいそうだよな。これは吸い取るしかなかった。あとで、出してしまおう。さて、あとひとつ。変なウィルスがいる。よくわからないが、正常な細胞が活動するには邪魔なウィルスだ。これもすべて削除、完了。きれいさっぱりだ。

 とりあえず、出してこよう。
「トイレはどこですか?」
「こちらです。」
案内されたトイレはとてもきれいだった。汚さないようにしなければな。今回は放射線だけ。そんなにきつくなかった。匂いもそんなでもない。でも、一応、消臭剤をまいておいた。

 部屋に戻って、また、彼女の手を握った。きれいさっぱりだ。でも、かなり衰弱している。いろんな栄養素が不足しているのもわかる。とにかく、カロリーを補給しないといけない。
「点滴でカロリー補給をお願いします。」
そばに看護師さんがいたらしく、私の握っている手と反対の手から、補給されるのがわかった。

 「目を覚ましたら、管理栄養士さんにでもお願いして、バランスのよい食事を食べさせてあげて下さい。最初はなかなか食べれないかもしれませんが、徐々に増やしていって下さい。」
「助かるんですか?」
カーテンの向こうで年配の女の人の声がした。
「もちろんです。もう、悪いとこは、何一つ残ってないです。」
「ありがとうございます。」
年配の女の人のすすり泣きする声や数人の人の気配がした。

 帰り際、必要なこと以外しゃべらない佐藤さんは質問をしてきた。
「もう、ご自分の命に係わることはなくなったのですか?」
「どうやらそのようです。ちょっと進化したみたいです。」
「ではまた助けて頂けますか?」
「いいですよ。」
彼は数日のうちに、オレの口座に報酬を入れておくと言って、うちまで送ってくれた。

 相変わらず、すごい金額が入金されていた。9桁?こんなにもらっても使い道がない。もう、恵美もいない。そのうち、寄付でもしようかな。

 自分の脂肪を排出して気付いたことだが、脂肪を筋肉へ変換できるんだ。いちいち排出せずに筋肉に変換すればトイレにいく手間もはぶける。なんか、筋肉はなにもしないと徐々に減っていってしまう。だから、減った部分を増やしてしまえばいいのだ。割と簡単だ。細菌やウィルスは削除できるし、脂肪は筋肉に変換できる。便利なんだが、それを共有できる恵美はもういない。それだけが悲しい。

 だけど、オレって、突然変異なのかな。こんなことができるなんて、普通じゃないよな。もしかして他にもそんな人がいるのかな。いろんな考えが駆け巡る。オレはこれからどんな人生を生きていけばいいんだろ?ずっと、人助けなのかな?それもいいのかも知れないな。

 平日はいつもの通り、昔からお世話になっている工場勤務。休日は午前中だけ、オレを頼りにしてきた人を見ている。医者じゃないから、このままやっていると逮捕されるのかな?と少々不安にもなっている。だが、佐藤さんが依頼を断らないことを条件に、その心配を解消すると言っていた。いったい、どこの誰なんだ?全国からオレの噂を聞きつけて、いろんな人がやってくる。報酬はなしで対応することにしたが、ほぼすべての人がほんの気持ちですからと、数万円おいていく。普通に働いているし、佐藤さんから多額の金額を頂くし、本当にいらんのだけどね。

 いつものように、休日に対応していると、珍しくきちんとした身なりの上品な若い女性が訪ねてきた。結構、笑顔のかわいい人で、オレより若い感じがした。
「先日はどうもありがとうございました。」
えっ?こんな人に会ったことないけど?
「と言っても、私も初対面です。」
そういって、クスっと笑った。

 ああ、そっか!あの時の。もう、こんなに元気になったのか。
「よかったですね。結構、元気になられてますね。ちょっと手を。」
そういって、手を握った。うん、もうなんともない。栄養状態もかなりよくなっている。
「あなたのおかげで新しい人生を歩んでいけます。本当にありがとうございました。」
「今は全然、問題ないです。健康体ですね。でも、こんなところに来て大丈夫なんですか?」
「たまに一人で好きなところに行ってます。あとで怒られますけど。」
そういって、クスっと笑った。明るい人だ。こんな人を助けられてよかった。

 彼女は有名なお店のケーキを買ってきたので、一緒に食べましょうと言ってきたが、あいにく、それに合う飲み物がない。
「インスタントのコーヒーでよければ。」
「是非。」
そういって、クスっと笑った。よく、笑う。それから、他愛もない話をして、ひと時を過ごし、彼女は帰って行った。なんとなく、恵美を思い出していた。本当は毎日こんな日があったはずなんだよな。

 このまま特に変わったこともなく、こういう人生を送っていくんだと思っていた。でも、神はひまなんだろうな、オレにいたずらをしかけてくる。オレはまた、新しい能力に気が付いた。

 脂肪を筋肉に変えれるということの変形バージョンで脂肪からウィルスや細菌などを作れるのだ。見たことがあるウィルスや細菌ならつくれる。今までの逆だ。これでは人を助けるんじゃなく、病気にさせることになってしまう。つまり、そういうもので人を殺せることになる。こんな能力は絶対に使わない。そう思った。昔から見ただけでその人が病気なのかわっていたが、触らなくてもだんだん詳細がわかるようになってきている。同じように触らなくても治せるようにもなってきている。どこまで、バージョンアップするんだろう。

 休日の対応をしている時、新しい試みをしてみた。白血病の男の子だったが、多くなった白血球を少なくなった赤血球や血小板などに変換し、白血球を生み出しているところを通常の機能に戻してみた。こうすれば、オレにリスクはない。それにもっとすごいことができた。複数人を同時に治せるのだ。もしかしたらと思って、まずは2人を同時にやってみた。どちらも問題なく対応できた。それから人数を増やして、おなじような症状なら同時に対応できる。進化しすぎだろ。

 佐藤さんから緊急で連絡が入った。
「今すぐ、お願いできませんか?」
それは、水曜の夜だった。オレはこれから晩飯を作ろうとしていた矢先だった。断るわけにいかないなと思って、
「わかりました。」
「でわ、すぐに。」
連れて行かれた先で待っていたのは、今にも臨終を迎えそうな中年の男の人だった。

 死ぬにはまだ早い、若すぎる。彼はなんども手術を繰り返して、体力も弱っていた。臓器も恐らくダメになったものがあちこち取り除かれていた。こんなにむちゃくちゃになっていたんでは、もうだめと思うわな。オレは弱っていく彼の意識に「頑張れ」と呼びかけた。

 えっ、こんなことできるん?我ながら、びっくりした。でも、彼はなんとかオレの呼びかけに答えてくれた。
「今から治すから、がんばってくれ。」
「お願いします。」

 たくさんあるガン細胞をすべて、脂肪に置き換える作業から始めた。消去するより、置き換えて有益なものにしていく方がいい。放射線も変換できる。細菌も、ウィルスもみんな脂肪に置き換えた。

 それから、半分以上なくなった胃を脂肪で成形し、もとの状態に戻した。ほぼなくなっていた大腸も脂肪で作った。肝臓もちゃんと整えた。あちこちで細くなって詰まりかけている血管も通常の血管に戻した。頭の中の動脈瘤も失くした。足らない栄養素も脂肪から変換し、からだの必要なところに送った。
 
 だが水分が足らない。オレは点滴で水分補給をお願いした。もう、これでだいじょうぶだ。彼の意識は眠っていた。ゆっくり休んでくれ。おれは何一つ吸い取らないで対応できたのだ。

「最近、変わりましたね。」
帰りのくるまで佐藤さんが言った。
「うん。」
オレは短く返事した。本当に変わった。あんな苦しい思いはしないで済む。休日の対応でいろんなことを試して、できるようになっている。人の意識と会話もできるようになっている。どうなっているんだ、オレ。

 いつものように佐藤さんからの連絡。行きしな、
「今回は外国の方です。」
と言われた。恐らく大丈夫だろう。同じ人間なんだし。いつものようにカーテンが掛かっているかとおもいきや、今回はそうではなかった。

 ベットに寝ている人は有名な歌手だった。オレだって知っている。横に通訳がいる。私の顔をみるや、英語であいさつをしてくる。すかさず、通訳が入った。
「はじめまして、私のためにありがとうございます。」
「いいえ、気にしないで下さい。」
「医者ではないのに治せると聞きました。」
「はい、大丈夫です。安心していて下さい。」
「よろしくお願いします。」
「でわ、リラックスして目をつむっていて下さい。」
私は、彼女の手を取った。

 やはり、ガン。喉頭ガン。あとはいろいろと少々問題のある個所も。この人は脂肪が多い。でも、一旦、ガンを脂肪に置き換えた。これで、また歌える。脊椎の変形も治した。腰痛もなくなっているはず。筋肉質なので脂肪を筋肉にする必要はない。栄養素の足りないものに一部変換し、それでもまだ多すぎる。内臓脂肪はきれいに取った。やはり、吸わないといけないな。彼女はとっくに眠りについていた。
「あの、ひとつ質問していいですか?」
「なんでもどうぞ。」
「彼女の体脂肪率を減らしていいですか?」
「そんなことができるんですか?」
「今現在、多過ぎるので30%くらいに下げますね。」
「お願いします。」
「今日はトイレをお借りします。」
そう言って、脂肪を吸い取った。

 だんだん、オレのことが世界中に知れ渡っていくのかな?あんな有名な歌手からも依頼があるなんて。えらい人たちは口が軽いぜ。でも、報酬もすごい。さすがは何十億も稼いでいる人は違うな。オレの通帳は、ほぼ使わないので桁外れの金額になっている。

 ある日、銀行マンがやってきて、大口定期にしてもらえないかって言ってきた。何もわからないオレは、銀行マンの言われるがまま、とりあえず10億を1年定期へ。あとはそのままに。これが個人資産なんだね。信じられないや。

 もうオレは、休日対応では報酬をもらわないことにした。すべて無料にした。ただし、休日の午前中だけ。それ以上はオレのプライベートがなくなってしまう。最近は外国人も多くなった。言葉が分からなくたって問題ない。悪い個所をメモし、ホスピタルと言うと喜んで帰っていく。休日対応では基本的に治さない。自分の身を守るためだ。治せることがわかると、自分の生活が確保できなくなるからだ。

 早いもので、オレは30になった。この能力が分かってから、生活が一変した気がする。そんな時、アイツが現れた。休日対応でアイツがきた。オレより、年上の40歳くらいの男だ。
「高橋くんだね。診断だけではなく、治せるんだよね。」
「いえ、診断だけです。」
「うそを言うな。オレには分かっているんだ。」
なんだ、この人?
「悪いけど、君には死んでもらうよ。」
そういうとオレの腕を掴んできた。

 とたん、自分の体に毒が入ってくるのを感じた。なんだ、コイツ?オレもその毒を相手のからだに戻した。
「ほう、そんなことができるのか。」
アイツは一旦オレの手を放した。
「今日のところは退散だ。また、来るから、覚悟しておけ。」
「おまえはいったい何なんだ?」
アイツはニヤリと笑って出て行った。いったい、アイツは?なんでオレを殺そうとするんだ?

 急に敵が現れた。オレを殺そうとしている。アイツはからだに毒を送り込んでくる。普通の人間なら、死んでしまうんだろう。オレは毒も変換できるし、相手に戻すこともできる。からだに入ってくる異物は除去できるのだ。だけど、アイツはなんなんだ?なんで、オレを殺そうとするんだ?オレがいたらまずいのか?毒殺しようとして無理だと思ったら、今度はどういう手でくるんだろう?ちょっと、不安になった。

 また、佐藤さんから連絡が入った。緊急だという。くるまの中で、
「今回は病気というより、毒を盛られたようなんです。」
と佐藤さんが言った。アイツの顔がよぎった。アイツ、暗殺者か?

 部屋に着いて、患者を診ると、あの毒だ!間違いない。アイツに盛られたんだ。すぐさま、毒を消去した。別に脂肪に変換させなくても、消去できることが分かっていた。ついでに他の問題点を治しておいた。
「間違いなく、毒でした。」
「やはりそうでしたか!」

 アイツはいったどこの回し者なのか?帰りのくるまの中で、佐藤さんに言った。
「オレは毒を盛ったヤツに心当たりがあります。」
「本当ですか?」
「実は、そいつはオレを殺しにきました。」
「えっ?」
「そいつが使った手が毒殺なんです。その毒と同じでした。」
「でわ、あなたの身辺に警備を置いておきます。」
「そこまでしなくても大丈夫です。」
「いえ、あなたがいなくなる非常に困ります。念のため対応しておきます。」
ということで、私に護衛がついた。らしい。どこにいるのか全然わからない。さすがですわ。

 なんか、命を狙われているとなると、気が休まる暇がない。最悪、刺されたり、撃たれても、そいつにキズを転送できるのが分かっている。でも、あまりの痛さにそんなことをする余裕があるかどうかわからない。大丈夫だろうか?

 会社からの帰りに事が起こった。そいつはバイクでオレに突っ込んできた。後ろからだったので、気付くのが遅れたオレは避けるのが間に合わない。瞬間見えたことだが、オレを轢くのと同時に切り付けようとしていた。フルフェイスだったので、誰だかわからない。

 やられたと思った瞬間、オレは公園にいた。見覚えのある、家の近くの公園だった。でも、あの現場からかなり距離がある。どうなっているんだ。
「お怪我はありませんか?」
しらない声だ。声の主は、、、やはり、知らない人だった。
「どうなっているんですか?」
「安全な場所にお連れしました。」
状況がわからない。

「私は護衛のものです。危険が迫っていたんで、この公園にお連れしました。」
「いったい、どういうことですか?」
「あなたと同じです。わたしはこういう能力をもっているんです。」
すべて合点がいった。こんな能力をもった人たちがいる。つまり、オレだけではないんだ。
「ありがとうございます。助かりました。」
「でわ。」
その人はすぐ去っていった。さすがは護衛だ。

 この世には、オレみたいな能力をもったヤツが他にもいたんだ。オレみたいに目立つようには生きていない。たぶん、この能力を持っていることを隠して、影でひっそりと生きている。どれくらいいるんだろう?ちょっと安心したような、不安なような複雑な気持ちだった。

 休日の対応は続けることにした。それなりにオレを頼ってくる人がいる。すると、アイツが現れた。
「おっと、そんなに身構えなくてもいいですよ。今日は何もしませんから。」
「何の用だ?」
「あなたはすごいですね。あんなこともできるんですね。」
瞬時に移動したこともオレの能力だと思っているらしい。
「それがどうした?」
「私たちの仲間に入りませんか?」
突然、何を言う?
「暗殺集団か?」
「いつでもするわけではないですよ。本当に必要な時だけです。」
「オレは人を助ける仕事をしている。殺すなんて考えられない。」
「いや、あなたはそれだけでいいんです。他のことはほかの人がやりますから。」
「いったいどんな組織なんだ?」

 アイツは小林といった。その組織とは、オレのような能力をもったメンバーが集まった組織でそれぞれの能力に応じて仕事をしてもらっているらしい。オレを殺そうとしたのは、オレのようにスタンドアローンで行動していて世間に知られてしまっている能力をもった人は邪魔ということらしい。

 だが、思った以上に能力を持っているので、組織のメンバーに迎え入れたいということだ。だが、オレにはあの佐藤さんとの付き合いがある。佐藤さんの組織にも能力をもったヤツがいる。まあ、即答はできないと時間的な猶予をもらって、今日のところは帰ってもらった。なんかだんだん面倒くさくなってきた。オレの好きなようにはいかないみたいだ。

 佐藤さんから連絡があった。今度はいつもの仕事ではないようだ。
「どうやら相手は一筋ならないようです。」
「どういう意味ですか?」
「敵対する相手ということです。」
「そうなんですか!」
やはり、この佐藤さんとは別組織の連中のようだ。

「どうするんですか?」
「取りあえず、護衛はつけたままにしておきます。」
言おうかどうか迷ったが、
「実は相手が自分たちの組織に入らないかと言ってきました。」
「そうでしたか!で、どのように返事されたんですか?」
「即答は避けました。」
「賢明です。あなたは今まで通りでいいと思います。」

 もしかしたら、佐藤さんの組織に入れと言われるかも知れないと思っていたが、そうではなかった。
「ところで私を護衛している人は普通の人ではないですね。」
「はい、あなたのように何かあればお願いしている方です。」
ほかにもどんな人がいるのか、聞きたかったが、多分答えてはくれないだろうな。
「もう、あなたを勧誘する人はこないようにしておきます。」
「そんなことができるんですか?」
「はい、問題ないです。」
佐藤さんの組織って、いったいどんな組織なんだ?まあ、でもこれで少しは安心できる。

 そんなことがあってから、しばらくは外出や通勤時は緊張する日々だったが、日が経つにつれて特に何も起こらなかったので、緊張は薄れていった。オレの日常はいつもの通りになった。もう、警備はなくなっているのだろうか?疑問に思うこともあるが、まあ、平穏無事ならいいとするか。

 ある日、会社からの帰りに寄った本屋で、オレの隣で本を探している女性が気になった。調子が悪いはずなのだが、元気そうに見える。オレは声を掛けてみた。
「あの。」
「何でしょうか?」
「元気そうなんですが、調子悪くないですか?」
「はぁ?」
そうだよな。そんな質問、おかしいよな。
「あ、ごめんなさい。気にしないで下さい。」
ちょっとはずかしくなった。

「あっ、高橋さんですよね?どこかで見たことがあると思ったわ。」
ちょっと、ほっとした。オレを知っていてくれると話が早い。
「なんか体調が悪い感じがするんですが、見た目は元気そうなんで不思議な感じがするんです。」
正直に言ってみた。
「へぇ、そうなんですか?確かに私、元気ですよ。今のところ、どこも悪くないです。」
「でも、一度、検査された方がいいような気がします。」
彼女は手を差し出して、
「じゃ、見て下さい。」
「わかりました。」
手に触れたとたん、すべてが分かった。

 この人!自分でくいとめている!多分、すい臓に腫瘍があるが、成長しないように自分でくい止めている。でも、多分自分では全然気が付いていない。だから、元気のままなんだ。オレはその腫瘍をインナーマッスルの筋肉組織に変換した。結構大きな腫瘍だった。

「どうなんですか?」
「あ、いえ、もう大丈夫です。」
「そんな気がしました。だって、もっと元気になった気がするんです。取り除いてくれたんでしょ?」
「あ、はい。」
「よかったぁ。じゃぁ、もう安心ね。」
この人、なんとなく雰囲気が恵美に似ている。

「私、大滝香織って言います。見て頂いてありがとうございます。」
「あ、オレ、高橋洋です。」
「知ってますよ。」
「そうでしたね。」
ちょっと、緊張している自分がいる。やっぱり、恵美に似ている。でも、ここまでにしとかなくっちゃな。そう思っていたら、
「今度、お食事、どうですか?見て頂いたお礼に。」
「あ、いや、結構ですよ。たいしたことしてませんから。」
「お礼は口実。ちょっと一緒にお話しできたらなと思って。嫌ですか?」
「いえ、そんなことないです。」
「じゃ、きまりですね。」
半ば強引に彼女の誘いに乗らされた。よかったのかな。

 次の休みのお昼に、香織さんと食事に行った。やっぱり、雰囲気が恵美に似ている。話せば話すほど、恵美と重なる。なんか、涙がこぼれた。
「大丈夫ですか?」
「あ、いえ、大丈夫です。あまりに亡くなった妻に似ているので。」
「奥さん・・」
彼女は絶句していたようだ。彼女に恵美と結婚してすぐ事故で亡くなった話をした。
「とても悲しい思いをしてたんですね。私、悪いことしちゃったかな?」
「いや、そんなことないです。大丈夫です。」

「あの、私じゃ、奥さんの代わりになれないですか?」
彼女は意を決したように言った。 オレはこのことで、彼女が去っていくとばかり思ったから、この質問にはびっくりした。
「いや、そんなことはありませんが、あなたが嫌な思いをされると思ったものですから。」
「じゃ、いいですよね?」
「ええ。」
「やったー!」
あまりに意外だった。そんなことになるなんて。

 オレは恵美が香織さんになって、戻ってきてくれたように思った。でも、そんな思いでいいのだろうか?やはり、彼女は別人格なんだろうし、そんなふうに思うと失礼じゃないかな。でも、少しなら。。。とにかく、オレと香織さんはつきあうようになった。

 香織さんは、人見知りしない。あれ?友達だっけ?と思うほど、普通に話をする。オレの職場にも顔を見せるようになった。最初は、お昼前に突然、やってきた。
「おい、高橋、お客さんきてるぞ。」
「あ、はい、今行きます。」
「美人なお客さんだぞ!」
「なんで高橋ばかり、そんなお客さんが来るんだ?」
「どれどれ、拝見してこよう。」

 みんな、好き勝手に言ってる。誰だろうと事務所の来客ソファーを見ると、香織さんだ。なんで?
「あ、ヒロシさん、お弁当もってきました。」
「おお、ええなぁ。」
「オレもほしい!」
外野がうるさい。
「あれ、みなさんも欲しかったですか?じゃ、今度、作ってきましょうか?」
おいおい、そこまでするか?なんか、勝手にみんなと、次回、作ってくると約束してる。誰に会いにきたんだ?まあ、いいか。

 香織さんは明るく、すぐ打ち解けて、誰とでも友達になれる人みたい。オレの職場であっという間にみんな知り合いみたいだ。オレと付き合っているんだよな?と言いたくなる。でも、オレも楽しくなるから何も問題ない。これから先、今度こそきっと、いいことが待っているに違いない。

 大滝香織、26歳、オレの会社と同じくらいの規模の会社の事務員をしている。たまたま、オレの会社の近所の会社。だから、しょっちゅう、顔を出す。仕事、いいのかな?会社ではなんかいつの間に公認の仲になっている。飲み会などにも、勝手に来る。でも、みんな普通に歓迎してくれている。背はちょっと高い方、ちょっとポチャリ体型かな。まあ、でも好きな体型にできるから気にしない。

 やはり、香織さんはあまり病気にならない方だという。そりゃそうだよな。自分でくい止められるんだからね。オレは会うたびにちょっとづつ脂肪を吸引していった。3ヶ月で5、6キロは減ったと思う。いつ気付くだろうか?

「ね、ね、私、ちょっときれいになったと思わない?」
「うん、最近、そう思ってたよ。」
「でしょ、5キロ痩せたのよ、すごいでしょ?」
「へぇ~、そうなのか。頑張ってるね。」
「ううん、全然頑張ってないの。気が付いたら減ってたの。」
「へぇ~、そんなことがあるんだ。」
「そうなの、びっくりよね。」
大丈夫、もう少し減って頂きます。オレ好みの体型にするのだ。内臓脂肪をとっぱらってしまえば、もう1キロは痩せると思う。
「ウェストもだいぶ痩せたの。いろんな服がかっこよく着れるわね。うれしい。」
よかった、気付いていない上にかなり喜んでいる。

 ある日、香織さんは神妙な面持ちでこう言った。
「あの、聞いてほしいの。」
「何、改まって。」
「いずれ分かることだけど。私特異体質なの。」
「ん?どんな?」
「ちょっとしたキズならすぐに治るの。子供の時からずっとなの。」

 たぶん、病気をくい止めれる体質のことは知らないだろう。でも、キズを直せるなんてすごいな。
「そうなの?すごいな。」
「気持ち悪くない?」
「全然、オレ自体が病気が分かる体質だもん。」
「あ、そっか!」
おいおい、今頃かい?香織さんはかなり安心して、ほっとしてにこやかな表情になった。マジ、心配してたのか?びっくりだ!

「なぜ、こんなこと、告白したと思う?」
「ん~、なんででしょう?」
「私のこと、お嫁さんにしてほしいの!」
こっちの方がびっくりだ。

「えっ!」
「だめ?」
「そんなことないよ。でも、いきなりでびっくりしたよ。」
「じゃ、いいの?」
この勢いに負けてしまった。
「いいよ。」
「うれしい。」
そう言って、香織さんは抱き付いてきた。ん~、もうちょっと、吸引したほうがいいかな?

 香織さんは一人でマンションに住んでいた。セキュリティの厳重なマンションだ。女のひとり住まいならこれくらいじゃないとね。両親はとうの昔に亡くなってしまっていて、独り身だという。オレと同じだ。

「オレんとこに引っ越すかい?」
「えっ、いいの?」
「だって、オレの奥さんになるんだろ?」
「うれしい。ありがとう。」
恵美、勝手に決めたけど、許してくれよ。

 次の休みにオレは恵美の荷物を整理した。恵美のことはオレの心の中だけに留めておく。これからは、香織と生きていく。

 翌日、香織の荷物が届いた。女の人の荷物は思った以上に多い。なんでこんなにあるのだ。
「すごい。こんなに広いの?びっくり!」
香織は恵美と住んでいた家にこだわりはなかった。素直に喜んでいた。
「本当に一緒に暮らしていくのね。うれしい!」
家の隅から隅まで見て回り、ひとりではしゃいでいた。よかった。これで本当によかったんだ。

「オレは2度目の結婚だから、あまり盛大にできないと思うけど、構わないかな?」
「うん、平気よ。」
「その代わり、ハネムーンには行こな。」
「了解です!」

 でも、会社の社長は、
「アホか!香織ちゃんは初めてなんだろ?盛大にやらんでどないする?」
と文句を言ってきた。

 会社のみんなも香織を知っているし、みんな大好きなんで、結局、結婚式は盛大にすることになった。身内だけの結婚式と言っても、身内はオレにも香織にもいないから、両方の会社のみんなが集まってくれた。すっごく、うれしかったけど、くたびれたよ。香織もうれしそうだった。

 次の日は旅行。社長に何度もすんまへんと謝りまくったが、しっかり働いてもらうからという条件で1週間の休みをもらった。オレたちはハワイへ旅立った。

(つづく)

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