岸田首相が頼りないから ‼ 狂った財務省の増税シナリオ

             政治・労働ジャーナリスト  鳥居徹夫

◆防衛費は大幅増額。原発のリプレースも促進の政府方針
 
政府は、昨年(2022年)12月に➀国家安全保障戦略、➁国家防衛戦略、➂防衛力整備計画の「安保防衛3文書」を改訂し、初めて「反撃能力」を組み込んだミサイル防空など包括的安保戦略を打ち出した。
 ロシアのウクライナ侵略を契機に、安全保障に関する国民意識が大きく変わった。「自分の国は自分で守る」との決意と防衛力の保持が、国民世論の大多数を占めた。
 ロシアが、核を持たない国連加盟国に軍事侵略した。ウクライナが旧ソ連の版図だったからロシアに隷従せよと言わんばかりである。
 ウクライナが、主権と独立を守り、国民の生命と安全、領土を維持することは、独立国として当然であり、侵略者を跳ね返す軍事力が不可欠である。
 また政府は、停滞していた原発の建て替え(リプレース)や運転期間の延長などを盛り込んだ基本方針を確認した。
 政府は防衛費の5年間で43兆円とする基本方針を決定し、昨年末に114兆円規模とした令和5年度政府予算案を提示した。予算案には、従来からの経済産業や生活福祉、子育てなどの支援のほか、防衛費を6.8兆円(前年度比12.6%増、金額でⅠ.4兆円増)に拡充し、さらに防衛力強化資金(仮称)を新たに設立し3.4兆円計上した。
 この政府方針は当初、財務省などが猛抵抗した。骨抜きが懸念されたが、自民党が反撃し突き返した。この政府方針は、安倍元首相が推し進めた防衛・安全保障政策に他ならない。 

◆防衛費や経済政策で、論戦が予想される通常国会 
 岸田文雄首相にとって真価を問われるのが開会中の通常国会。令和5年度政府予算案は「防衛力強化」の初年度となる。昨年末に閣議決定した「安保防衛3文書」に記載された「反撃能力」や防衛費の財源問題など、これに反対する立憲民主党や共産党などは激しく政府を攻撃すると思われる。とくに防衛力強化資金(仮称)は、将来に向けて基金の設立の枠組みであり法制化が必要である。激しい攻防も予測される。この法案が不成立になると、予算が執行できず計上した3.4兆円は使えない。2023年度予算未執行の繰越金となる。
 財政緊縮路線を撥ねつけられ、自民党に財政出動を押し切られた財務省は、防衛力強化資金(仮称)の所管を防衛省や内閣官房ではなく財務省とした。
<参考>令和5年度一般会計歳出概算 所管別 内訳https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2023/seifuan2023/03.pdf

  そして立憲民主党や共産党の抵抗に望みをかけ、予算未執行で繰越し扱いされることを期待しているようだ。
 財務省は、財政緊縮路線を撥ねつけられ、自民党に財政出動を押し切られた。ところが防衛力強化資金(仮称)の所管は、政府予算案を見る限り防衛省や内閣官房ではなく、財務省の拠出金として計上しており、財務省の天下り先を確保しようということなのか。 
 安倍元首相が凶弾に倒れたことで、安倍晋三元首相の岩盤支持層は岸田ばなれし、岸田首相を応援していたアンチ安倍の自民党支持者も、岸田首相に失望してしまった。
 内閣支持率は低下したが、自民党の支持率はそれほど下がっていない。まして野党への支持も広がらない。
 一方、わが国経済を取り巻く状況は依然として厳しい。デフレに加えロシアのウクライナ侵略などによるエネルギーや輸入食糧、穀物、さらには原材料の高騰が国民生活を苦しめている。経済政策についても激しい論戦が交わされることになるだろう。
 この安保防衛3文書や防衛費は、昨年末に閣議決定されるからであり、その前段として昨年(2022年)末の臨時国会で論議が交わされると思われた。ところが国会に対立案件がないにも関わらず、こうした論議が少なく、閣僚のスキャンダル追及に終わった。

◆突如としての防衛増税に閣内からも疑問。実施時期も明示できず 
 
ところが政府は昨年末になって、突如「防衛増税」を財源確保と称して提示した。その対象となるのは、法人税、所得税、たばこ税の3税。
 2027年度時点で新たに約4兆円の財源が必要となるとして、岸田首相はこのうち1兆円強を増税で捻出することを表明。
 この「防衛増税」について、経済安全保障担当の高市早苗大臣は「賃上げマインドを冷やす」などと発言、閣内からも批判の声が相次いだ。さらに高市大臣は「政府与党連絡会議に呼ばれず、(中略)その席で、総理から突然の増税発言」「間違ったことは言っていない。罷免されるならそれは仕方ないという思いで申し上げた」と反発した。
 岸田首相は、防衛増税について財務省に忠義立てし、自民党を執拗に押し切ろうとしたが、自民党政調では激論が交わされた。
 萩生田光一政調会長も「増税はさまざまな努力をした後の最後の手段だ」と猛反発。自民党内からの批判が続出する中で、防衛増税の実施時期は見送った。
 また岸田首相は「異次元の少子化対策に挑戦する」と表明した。そしてその財源には消費税率のアップを図る動きもみられ、財務省の影響が強い宏池会と霞が関、「成長なくして財政なし」「増税なき防衛力強靭化」の自民党内の積極財政派とのバトルが続く。
 岸田首相周辺は、増税をする時期が決まってから解散と言うが、そもそも増税する前に、その良し悪しを国民に問うのがルール。増税が決定した後の総選挙では、国民の信を問うことにならない。
 消費税の税率アップなど増税を決めた後の解散総選挙では、橋本龍太郎政権、野田佳彦政権とも与党が惨敗し、首相の座を失っている。決定前に解散し、総選挙で国民の信を問うのが憲政の常道である。 

◆景気刺激策はなし、労使に賃上げ要請だけの岸田首相 
 
岸田文雄首相は今年(2023年)1月4日、年頭の記者会見で、成長と分配の好循環を実現するため、今年の春闘で「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」「先送りできない問題への挑戦を続けていく」と述べ、賃上げと少子化対策を重点的に取り組むと述べた。また5月予定の広島サミット(G7)議長国として、欧米5カ国を訪問し、バイデン米大統領との会談で「日米同盟の一層の強化を内外に示す」と語った。
 岸田首相は、賃上げを「成長と分配の好循環の中核と位置づけ、何としても実現しなければならない」と訴え、「賃金が毎年伸びる構造を作る」と言明した。政府も最低賃金の引き上げや、公的機関や政府調達に参加する企業の労働者の賃金が、インフレ率を超えることを目指すと表明した。
 いま日本経済はデフレ下の需要不足を抱えている。しかし、賃金増額と内需拡大、国民生活の向上を図るために、政府が果たすべき景気刺激策が見えないのである。
 単に経済界や労働界に賃金引上げを要請するだけというのなら、政府は汗をかこうとしない。エネルギーや原材料、輸入穀物の高騰が、製品価格にストレートに転嫁できる経済構造が必要である。
 むしろ政府こそ、経済発展の呼び水となるカンフル剤、つまり異次元の財政拠出で需要を伸ばし、需給ギャップ(供給力と総需要の差)を解消し、原材料の値上げ分を安心して製品価格に転嫁できる経済活性化策が必要とされる。
 賃金が上がり、消費が増えて、投資が拡大する好循環を目指すなら、それを加速させ促進させるカンフル剤を投入なくてはならない。
 いま物価上昇を上回る賃金の底上げが求められ、それにはデフレ脱却に向けた成長投資と需要の拡大が必要である。その需要不足を財政出動でバックアップしていくことが政府の役割であり、そして労使がそれに応え、賃金増額で個人消費の増大と内需拡大をはかり、経済を大きく発展させることである。
 賃金が伸びなければ、国民はさらに節約して消費を抑えるしかない。そうなれば企業は労働コストを切り詰め、日本は再びデフレスパイラルに突入しかねない。
 世界的な物価高で、欧米は10%前後だが、日本は3%程度となっているのは、原材料の値上げが製品価格に反映されないからである。日本経済は、国民の購買力の低下、つまり需要不足であり、個人消費低迷のデフレ状態が続いたままであるから、価格転嫁が不十分となっている。
 こういう時こそ、政府は日本経済にカンフル剤、つまり異次元の財政出動で需要を伸ばし、需給ギャップ(供給力と総需要の差)を解消して、現材料の値上げ分を製品価格に転嫁できる経済活性化策が必要とされる。賃金が上がり、消費が増えて、投資が拡大する好循環を生み出すこと。つまり個人消費の増大と内需拡大などで、経済を大きく発展させること。内需拡大による日本経済の活性化、労働価値を高める賃金増額を生み出し、その好循環を「令和版所得倍増計画」に発展させることが必要なのである。
 また岸田首相は、他人事のように労働市場の流動化を唱えるが、労働者の意思で高賃金の企業に移動するのには政府の音頭は不要である。同じ企業内、グループ企業内でのリスキニング(学び直し)など、個々の労働者の選択による処遇改善を伴う職種の移動ならば、雇用の維持を図れる。
 ところが正社員の派遣社員への転換などの非正規化や、労働コストの削減で企業の収益増を図る目的での安上がり労働ならは、勤労国民の総貧困化を招きかねない。これでは「竹中平蔵的な新自由主義」「労働規制の破壊促進」になってしまう。
 中高年労働者や女性、障碍者を戦力化せず、企業から外す労働移動ならば、単に低賃金の職種に移動させるだけであり、勤労者の不安が増大することになりかねない。これら雇用保障と労働政策についても国会で真摯な議論が求められる。

◆統一地方選挙では、自民党公認辞退の保守系候補も。
 岸田政権は、一昨年(2021年)10月の発足時には支持率が6割を超えていたが、その1年後は支持率が3割前後という危険水域にある。
 衆参選挙を乗り切り、昨年夏までも高支持率で「選挙のない黄金の3年間」で順風満帆と思われたが、ここにきて支持率は急降下。岸田政権は、国内も世界にも存在感がなく生体反応なし。内外とも諸課題山積の中でデッドロックに乗り上げている。
 しかも岸田政権の支持率が上向く材料は、何も見当たらないのが現状。
このままだと、春の統一地方選では自民の公認や推薦を欲しがらず、無所属で出馬する候補が増え、自民党の当選者数は減ると予測される。
 このことは統一地方選挙の前哨戦とされる昨年12月の茨城県議選でも起きていた。自民党が強い地域にもかかわらず、自民党公認で出馬した45人の自民党公認候補のうち、現職10人が落選し、代わって当選したのが保守系無所属候補であった。長老の茨城県連幹事長も元県会議長も落選した。

◆自民党に譲歩しても岸田首相を守る財務省 
 
自動車産業の本田技研工業 ㈱ の創業者であった本田宗一郎(故人)は、社長退任の挨拶で「社長が頼りないから、皆さんが支えていただき頑張っていただいた。有難う」と社員に感謝の言葉を述べたという。
 安倍晋三元首相が昨年7月に凶弾に倒れ、岸田政権は参議院選挙では勝利したものの、エンジンを失った船のように漂流するかに見えた。 しかし国民の支持を受けた自民党の大多数は、財務省からの財政緊縮の攻撃から身を挺して、安倍元首相が敷いた路線を継承するために、財務省の緊縮財政路線に抵抗し獅子奮闘の活躍を見せた。
 しかも安倍派は、主亡き後に分裂・解散するというマスコミの予想に反し、派内の結束は強いまま。
 本田宗一郎は、社員・従業員を称える立場だが、岸田首相は軸足がなく成り行きまかせで敵を作りたくないというスタンス。自民党にも財務省にも両方に顔が立つように振る舞っている。
 岸田首相は、自民党からも財務省からも国民からも存在が軽い。首相という肩書・地位があるからこそ岸田文雄がある。
 宏池会の議員には財務省出身者が圧倒的に多い。宏池会の人材供給源でもある財務省は、宏池会の首相を守り抜く。そのため自民党内が乱れることを忌避し、財政出動派の言い分も取り入れる。
だからと言って、野党に自民党攻撃を働きかけたくとも、野党そのものに存在感がない。
 財務省にとって、首相ポストを宏池会が握ることが大切であり、財務大臣は必ず宏池会か財務省寄りの議員に就任してもらう。また官邸にも財務省からの出向者で主要ポストを握り政権を動かそうとする。
30年ぶりに首相の座を射止めた宏池会。財務省は、財務省寄り岸田首相の政権を、何としても死守したいところ。そのためには岸田文雄が自民党総裁であり首相であり続けることが肝要である。
 それには、積極財政論者に突き上げられ岸田首相が押し切られた形になったとしても、財務省は我慢する。
 岸田政権が弱体化すればするほど、財務省は自民党に譲歩する。苦境に立った岸田首相を守ろうとするからこそ財務省が譲歩し、防衛力の強化や経済安全保障の確立が進んだ。
 これは安倍政権や菅政権でできなかったことである。
宏池会と財務省が岸田首相を支えている。内閣支持率が如何に下落しても、財政出動派に首相のポストを渡したくないのである。
 そして自民党の多数派も国民の支持を得て、岸田首相や財務省の姿勢を撥ね返す。そして防衛費増や安保防衛政策などは、財務省を押し切った。
 いまも岸田官邸は、自民党の財政出動派と財務省の駆け引きが続く。自民党は、財務省による増税ありき政策や社会保険料負担増などの防波堤ではない。
自民党と財務省とは一体ではない。ましてや自民党は、財務省の増税路線の防波堤ではないのである。
「岸田首相が(掛け値なしに)頼りないから、自民党の各議員が頑張っている」「岸田首相が頼りないから、財務省の路線に流されないよう各議員が奮闘している」という構図。
財務省が重視することは、政権基盤が弱体化しても、岸田政権を守ることにある。岸田内閣には、強いリーダーシップもなく、成り行きまかせの「背骨のないクラゲ」そのもの。内閣支持率も危険水域で、自民党からも財務省からも国民からも重視されないがゆえにダラダラ。奇妙な政権安定が続く。
                             (敬称略)

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