存在感のない野党 ‼ 安心して乱れる政府与党

 政治・労働ジャーナリスト  鳥居徹夫

 政府は、10月28日の臨時閣議で総合経済対策を決定し、29.6兆円の令和4年度補正予算案を編成し、11月中旬に国会に提出し、年内の成立を目指す。29.6兆円の中味は、一般会計29.1兆円、特別会計0.5兆円。事業規模は、国と地方自治体、民間投資をあわせ71.6兆円程度。この総合経済対策は、これからの物価上昇の抑制策であって、ウクライナへのロシア侵略前の水準に、いまの物価を引き下げるものではない。今後の物価高から家計を助けるに過ぎない。

自民党政調全体会議で26日に、この総合経済対策と補正予算について論議が行われていたときに、財務省は勝手に25兆円規模で自民党が了解したと、岸田総理大臣に伝えた。そこで岸田総理が萩生田政調会長に電話確認したところ、財務省のウソがばれ、萩生田光一政調会長や財政出動を求める議員が激怒したという。官邸や財務省は、補正予算の規模を当初20兆円以下に、譲っても25兆円程度に抑える方針だったが、自民党が押し切った形になった。

自民党と財務省とのスキマ風は、安倍元首相が凶弾に倒れ、財務省への重しが消えたことによる。岸田首相が財務省に取り込まれつつあることに対し、自民党の積極経済グループの反撃が表面化した。

◆日本をとりまく国際情勢と、防衛3文書の改定、来年度の予算編成作業 

岸田首相は、昨年の総選挙、今夏の参議院選挙に勝ったが、順風満帆とはいかない。安倍元首相の不在は、岸田首相にとって相談相手がいないことになる。かつて自民党総裁選挙に、「立候補すべきでしょうか」と、当時の安倍首相に相談したのが岸田文雄であった。

首相になって「やりたいことは人事」と言って憚らない岸田首相は、8月の内閣改造で、財務省寄りの議員を重要ポストにつけた。しかも岸田首相が所属する宏池会も、財務省ベッタリである。
財務省など霞が関に大きく流されることにストップをかける人材が、官邸にも自民党内にもいないのである。

ところが世界情勢が大きく変わった。「台湾海峡の平和と安定」の危機だけではなく、今年2月におきたロシアのウクライナ侵略も岸田政権に国際社会での対応が求められた。

今年5月の日米首脳会談で、岸田首相は防衛費の「相当な増額(substantial increase)」とバイデン大統領に言い切った。
政府は5年間で防衛費をGDPの2%の実施を約束したが、財務省が抵抗した。
財務省は「防衛に関する有識者会議」を設置し、防衛費の範囲を他省庁の防衛に無関係の予算も含め、上げ底でGDP2%達成と辻褄を合わそうと画策した。

海上保安庁や科学技術予算、さらには港湾・空港のインフラ整備費なども「国防関係予算」に入れようとしていたのである。北大西洋条約機構(NATO)が軍事関係費に沿岸警備隊の経費などを含めていることを理由に、海上保安庁予算などを加えようとするもの。
日本の海上保安庁は、軍の指揮下にも統制下に入っていないし、NATO基準でも国防費に算入されない。

防衛大臣の浜田靖一は、産経新聞のインタビュー記事(10月26日)で「撃っても無駄だと、相手に伝える広い意味での抑止手段とも考えられる」と説明した。つまり反撃の攻撃能力を持つことで、日本には国を守る設備が整備されていると認識させることで、相手に攻撃を躊躇(ちゅうちょ)させる。

令和5年度当初予算で防衛省は、老朽化した庁舎や隊舎の整備、継戦能力の確保や航空機の修理部品の迅速な調達、司令部の地下化などを進める方針で、来年度(2023年度)は初年度として、防衛費の当初予算を6兆円台に乗せたいという。 

◆骨太の方針(来年度予算編成方針)も骨抜きを図ろうと画策した財務省

その来年度(2023年度)予算編成の前哨戦が、参議院選挙直前の6月に、自民党内で展開された。
来年度予算編成に関する「骨太方針2022」が6月に閣議決定された、その自民党における事前審査で紛糾した。
そこには「令和5年度予算において本方針及び骨太方針2021に基づき」と書かれていた。この字句は最終段階で財務省の官僚が挿入したようだ。

この「骨太方針2021に基づき」とは、社会保障費の自然増以外は、予算増は抑制するということ。つまり「防衛費も社会インフラ整備などもシーリングの対象」ということだ。財務省は歳出切り詰めで予算規模の抑え込みを意図した。
この「骨太方針2021に基づき」との文言をめぐって、財政出動派や積極財政論者が猛反発し、自民党の政務調査会では激論となった。

結局、「骨太の方針2022」には「ただし重要な政策の選択肢を狭めることがあってはならない」という言葉が入り、当初原案にあった「骨太方針2021に基づき」の字句そのものは消え「財政健全化の旗を下ろさず、これまでの財政健全化⽬標に取り組む」となった。

かたや政府は、今年末までに「防衛3文書」の改定作業をすすめる。防衛3文書とは、「国家安全保障戦略(NSS)」、「防衛計画の大綱(大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」である。

北朝鮮のミサイル技術の高度化、中国の軍拡と挑発行為など脅威が増している。反撃能力の保有や防衛費増額も検討対象となる。この「防衛3文書」の改定は日本防衛の転換点となる。

その中国は、台湾への軍事的威嚇を一層強めている。アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に反発し、中国は台湾島の周辺海域で軍事演習を数日間展開した。
8月4日には、弾道ミサイル9発を台湾の周辺海域に発射し、うち5発が日本のEEZ(排他的経済水域)内に初めて着弾した。
ところが外務省は、駐日中国大使へ電話で抗議しただけ。深夜だからという理由で、大使を呼びつけ抗議するようなことはなかった。

まさしく「我が国の存立が脅かされ、わが国の国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される」事態そのもの。即座にNSC(国家安全保障会議)を開き、日本の主張と対抗措置を表明すべきだった。 

◆「黄金の3年間」は、自民党内が安心して乱れる

衆議院が解散しなければ、しばらくは選挙がない。参議院選挙に勝利したので、財務省にとっては「黄金の3年間」となり、財政規律を名目に財政引き締めと増税路線を、安心して進めることになると考えているようだ。

一方、国内を見ると経済状況も深刻である。会社員の年間収入はこの30年間、ほとんど上昇していない。また製造業の設備投資や研究開発も世界的に遅れている。
小麦や農産物、家畜飼料などの原材料高とエネルギー価格急騰などで、日本企業は苦しめられ、消費者は物価高を直撃している。
しかも日本経済は、デフレで個人所得が停滞し、消費需要が減退している。食料やエネルギー支出の比率が大きい低所得者層に打撃となる。
財務省は、物価が上がれば消費税収が伸びると、ほくそ笑んでくそえんでいるのではないか。

企業や家計を支援するカンフル剤が必要である。財政出動を躊躇すべきではない。また円安に合わせた物価高対策と、国民所得の増加による内需拡大は避けて通れない。日本の劣化を食い止めなくてはならない。
日本は、多くの業界で需要不足である。そのため、原材料やエネルギー価格が上昇しても、製品価格に十分に転嫁できない。お世辞にも欧米並みに消費者物価が高騰するような状況ではない。原材料費等との高騰は、労働コストが抑制に走る傾向となる。賃金が伸びないと個人消費が伸びない。個人消費が伸びないから、製品価格が切り詰められ、企業収益は伸びない。そして収入が増えない。いま日本経済は、この悪循環となっている。

ところが野党は、衆参選挙で惨敗し、政治への影響力は低下する一方。つまり自民党は安心して乱れれば良いのである。
そして決定は自民党待ちで、誰にも良い顔をし、長期政権につなげようと岸田首相周辺は考えているのではないか。

 ◆連合内で、国葬参列に反対したのは1組織だけ

岸田首相は、世論調査やメディアばかりを見ている。
たとえば安倍元首相の国葬について「評価する」が大勢であったが、次第に「評価しない」と変わったというのが、多くの世論調査やメディアの報道であった。

労働団体「連合」の芳野友子会長は国葬に参列したが、メディアは参列したことが連合内でも物議を醸したと報道した。
実際、国葬参列に反対したのは1構成組織だけ (10月20日の連合記者会見、芳野連合会長の30日の産経インタビュー記事)。
反対したのは組合員0.2万人の全国ユニオンだけ(連合は700万組合員)。

特定の方向に世論誘導しようとする過熱報道、過熱取材と集中豪雨のような報道を行っておいて、いわゆる「世論調査」を行う。そうすると、旧統一教会問題と別問題である国葬反対や内閣不支持率が急激に上がり、それをもとに国葬を批判するパターンであり、これでは自作自演である。
日本の国民性は、自分が当事者でないことには流れにまかせる。

「報道」ではなく「煽動(せんどう)」であり、「世論調査」ではなく「世論操作」である。
国葬を終えた現在、国会で野田佳彦元首相の追悼演説が好感を持って受け止められたこともあって、国葬パッシングは下火になった。ところが沈静化した時期に世論調査を行わないのがメディアである。

川柳に「聞く力 聞くたび変わる 目的地」というのがある。最後に聞くのは、首相の政務秘書官に任命した長男の翔太郎とのうがった見方も。
つまり岸田祥太郎秘書官の役割は重要となる。
岸田首相の政権運営は、成り行き任せで発信しようとしない。ブレブレとかグダグダと言われようとも、自民党内の事前審査優先で、政府としての決定はギリギリまで伸ばす。
いずれにしても、岸田首相の早期決断は望めないし、見極めるにも時間がかかる。岸田政権の評価作業も長期戦覚悟となろう。 (敬称略)

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