I can't enter the circle.

こんにちは。ウオノメ銀次です。最近の絶望について、雑記します。

端的に言うとね、私”輪”に入れない!!!!!!彼らの持っている盲目的な熱量をなんだか引いた、冷たい眼で見てしまう。別に自分だってそこに入っていいはずなのに

サークルや、その他コミュニティでは本当にそのコミュニティ内の人間でしか楽しめないような時間がやってくる。私はその時間を楽しむ権利をもっているであろうコミュニティにいくつか参加している。いるはずなんだけどねーーーーーー。過去にも参加していたはずなんだけどねーーーーーー。みんなの楽しさが最高潮に達すれば達するほど、僕はその楽しさをみんなと分かち合うことができない。

例えば、BBQをしていたとして。みんなが飲酒して、バカ騒ぎをしているわけですよ。餅のロンの話だが、僕もそのバカ騒ぎをちゃんと楽しんでいる。だけど僕の立ち位置は、みんなが酒にべろんべろんになっているところで、BBQの片づけを粛々としている。そんな奴だ。

思い返せばこのような事象はたくさんあった。毎度といっていい。

大学でスポーツをする連中なんて言うのはもう、”輪”にあふれていて、僕はその共通部分に一つもなれないってわかりきっているのだ。
だから今の居場所は比較的狭く深くだ。二人三人で、自分がかなり高いテンションで楽しめている事象だったらそんなことは起こらない。

もし、私と同じように。愛する人たちの愛すべきノリにノリきれない人がいたらお話をしよう。そういう人を集めてパーティーをしよう。沸点ギリギリでゆらゆら楽しむっつーのも悪くないかもしれない。

なんで私が”輪”に入れないのかは二つの理由

一つは、人の目を気にしているからだ。ノリが膨張するときは、周囲から冷ややかな視線かほほえましい視線を浴びている時だ。その視線を向けられたくないってのがたぶんあるとおもうんだなぁ。

もういっこはね。これをね気づいたときに泣きそうになって、今だってちょっと泣きそうだし、僕だって地元のあいつみたいに笑っていたいよってそうおもっていることなんだけど。

僕は、根本的に何も信用していない。特に楽しさについては信用してなさすぎるかも。だからノリで生まれる楽しさに特に疑いをかけているのだ。そこにはロジックも何もない。ただフィーリングのみだ。だから怖いし、その楽しさに甘んじるのが嫌なのかな。いやこの理由は高尚だな。もっと自分がしょうもない人間だって前提で生きたほうがいいってのは、みんながみんな学んだこと。

かっこつけたーーーーいのかな。僕はそんなもんに混ざんねーぜって。混ざれよ。楽しいぞ。

中学生の時部活の合宿でみんな羽目を外して怒られた。僕だけ羽目を外さなくて、怒られなかった。

あ!!!!!!これじゃん。これだよこれ。このせいだなーーーーーーー。

怒られたくなかったんだなーーーーーーーーー。今だって何に怒られるわけでもないのに、羽目を外して、ノリに身を任せるのが怖いんだなーーーーーーーーーーーーーーーーー。

地に足つけて生きるのはいいけど、羽が生えていたほうが楽しいのはそうにきまっているからなぁ。



でかちんぽ探検隊。ペルーに眠る桜色のたまきん毛を求めて



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