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解剖教室行いました。

皆様こんにちは、また久しぶりの投稿です。

1ヶ月前の話ですが、10/15(日)に前回出張自然塾を行った場所(日野町リノベーションラボ)の理科室を使って解剖教室を行ってきました。


解剖とは

皆様は解剖という言葉は知っていますか?
広辞苑では 生物体の一部または全部を解き開いて、その構造・各部間の関連を探究すること。 とされています。

何を解剖するの?

いったい何解剖するの?まさか、、、と思われた方ご心配なく
今年の9月の下旬に車にひかれて死んでいたタヌキを使わせていただきます

江府と伯耆の境界ぐらいで亡くなっていた子

どうして解剖するの?

 さてここまで読まれた方は「なんで解剖するんだ?」という疑問の考え、
更には「解剖するなんて残酷じゃないか!」といった批判的な考えをもたれる方も多い事だと思います。
そういった声に対する私の考えを述べさせていただきます。
皆様はロードキル(交通事故)によって死んでしまった動物は数多くいます。
皆様もたまに道路とかで見かけますよね、ではその子たちは最終的にはどうなるかご存知でしょうか? 
恐らく多くの方は知らないしそんなこと考えたこともない事でしょう。
答えを言いますとゴミとして処理されています。
私たちが常日頃ごみ箱に捨てているティッシュやお菓子の袋と同じです。
ですが動物の死体には生物学的に多くの情報が詰まっています。
ただゴミとして処理されるのはあまりにも勿体ない ならばこの動物たちが生きていた記録を残し自然史研究に少しでも貢献させたい というのが私が解剖をする理由です。
※私はこのゴミとして処理されている状況にとやかく言おうとは思いません、色々な事情があってのことです。

なぜ解剖教室を?

とはいっても解剖という行為はかなり批判されます。
あまり大っぴらに言うと批判が飛んできます。
今回の行事を行うにも少なからず批判の声はありました。
ですが私はある程度批判を受けても解剖はやるべきだと考えてます。
最近、自然と人間は切り離されたものと思ってしまっている人たちが大変多いです。魚の切り身が泳いでいたと思っていたなんて話もよく聞きます。
個人的にびっくりしたのは動物の毛皮を見せたときに「これ生きてるの?」と聞かれることです。それも1人2人の話ではないです。

この自然への認識のギャップが今の様々な社会問題の根幹を作ってしまっているのではないかと私は考えております。なので私は多くの人に自然や動物だって私たちと同じ生きてる、繋がっているということを伝えるべく解剖教室を行っています。

実際に見せたテン(夏)の毛皮

解剖教室はじまる

それでいよいよ解剖教室が始まりました。
なんと参加者は1名(笑)
私が直接声をかけた子です
まぁなんとなく想像はついていたのでOKです。
マンツーマンで色々丁寧に教えることができました。
解剖教室では
・毛皮のはぎ方
・主要の臓器の説明
・体長計測のやり方。
を実際にやってもらいながら教えていきました。
参加してくれたA子ちゃん(仮称)は口数も少なく淡々と話を聞いて手を動かします。まるで職人です。

反響はいかに

昼を過ぎたあたりから、他の子供たちも数名様子を見に来ました
最初は一瞬ビックリしてましたが、どんどん興味深々となり
臓器を指さして「これは何?」「なんで解剖するの?」「かわいそう」
「ちょっと私も触ってみたい」等色々な感想が出てます。
これだけでもやってよかったなと思いました。
そしてその親御さんも見に来られました。
とても理解のある方で大変関心をもたれており
「こういう学習はもっとすべきだ」「かわいそうなんていうやつだって肉や魚を食べてるじゃないか!」等々私の背中を押してくれるような温かい
メッセージを多数送ってくださいました。

解剖中の様子 皆興味深々です。

解剖教室終了

そして全身の皮を綺麗に剥いだところで終了
A子ちゃんは解剖に大変はまってくれたようで満足気でした。
次はいつするの?ともきかれ少しギクッとしました
これは芽をつぶさぬよう頑張らねばという感じです。



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