見出し画像

72.【読書と私】⑲宮本輝/水のかたち:変わらぬ旨さとともに思ったこと

宮本輝と吉本ばななの対談集『人生の道しるべ』を見た中で読みたいと思っていた『水のかたち』を読み終えました。作品自体より久々の宮本輝を読みたいというのが動機ですが。

読んでまずの感想は、主人公の年齢(50)の設定もあり「あー、自分もこういう小説読む年齢になったのか…」と思ったこと。文章はやはり読みやすかったです。書く人の「筆が進む」に対して、読む人の方は何と言ったらいいのか「ページをめくる手が止まらない」?それともちょっと違う、ミステリーではないし…「箸が止まらない」とかいつまででも食べてられるとかそんな感じで、積読の他の本を追い抜いて読み終えてしまえました。

内容の方にいきますね。


東京下町に暮らす主婦(50歳)が、もうすぐ閉店する近所の喫茶店で、骨董品を貰い受けた。その中の茶碗は三千万円は下らない貴重なものだったとわかる。手文庫には敗戦後に命懸けで三十八度線を越え帰国した、ある家族の手記が入っていた。姉も長年勤めていた仕事を辞め、居酒屋の女将となる。予想もしなかった出会いから、人生の扉が大きく開きはじめる…。

文庫版あらすじ参照に編集

という話ですが、主人公の志乃子さんが、上品なサザエさん(サザエさんをディスっている訳でなく、骨董品の良さを見抜く目がある等含めて)のようで、取り巻く人とのどこか現実味のない設定ながら、ホームドラマのような味わいのものでした。

だって、あまりにも都合が良く羨ましいような状況や、この年代この忙しさの人がこんなフットワーク軽くあちこち行きかうのか…と思うことがあって。だけど、いいんです。

おとぎばなしを聞かせるなら「ありえないこと」と付け足しておいてよ
おとぎばなしはみんなずるい…

あどけない話/中島みゆき

という歌もあります。そう、これは小説というお伽話だから。

それにしても、話があちこち広がる…という印象が拭えないのは、筆者が作品を書いた年齢を考えても致し方ないのかな。それだけ、人生のいろんなことを知っているということで、いや、あとがきを見ると、事実な部分を後世に伝えるために織り込んだところがあり、それだけ内容が詰め込まれたことはやはりあり。だけど、最後の最後にまた登場人物増えるの…と面食らうところもありました!

 *

表題の「水のかたち」を意図する水が関わる多様なモチーフの記述は、そうか…と面白かったし、

著者の伝えたいことの一つになるかと思う

「いまは、そんなときに支えになってやろうって思ってくれる人がいなくなっちゃったのよ。みんな、自分のことだけで…」

文庫下巻p47

という主人公の思いを体現するように、これも偶然の産物か、居酒屋、喫茶店をそれぞれ持つことになった姉妹が、抱えているものがある人を、共に事業を営む人として迎えて支えていくことになるのは、わたし的に良かった部分。

あと、これまで気にしていなかったが、小説には、章ごとにサブタイトルをきっちりつけているものと、数字のみのものがあって、これは、数字のみの章立て。なので、サブタイトルのような章の言い方はできないけど、
主人公の住居の1階の不動産に勤める若い社員の祖母の家を訪ねることになる流れがあって(もうここからして飛躍する設定)大井川鉄道に乗って出かける章が私は良かった。
ちょっと雑多な市井での話から、登場人物も絞られて旅行気分も味わえて。
なので、見出し画像は「大井川鉄道」で検索して選んでみました。

✳︎

それが、作家の変遷なのかもしれないけど、どこか若い時に読んだ初期の作品は、手製のジンジャーエールを始めて飲んだ時の鮮烈な印象で、今読んだ作品はタイトルに合わせるわけでないけど、正に水のような…それも常温の水。フラットに沁みていくような。何でもMBTIにからめては駄目だろうけど、初期のがN型が好みそうで、後のはS型の人が好んで読んでいきそうな感じ。

今回、自分に近い年代の主人公のものを読んでみようという意図の中の読書、思えば作者は60代の作品。その趣もある気はして、改めて50頃の作品を読んでみようかとも思いました。でも、全2巻の短編集を購入したので、作者の変遷、分岐点を辿るような気持ちゆるりと読んでみようと思います。

        宮本輝(1947-   )
                           『水のかたち』2012


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?