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第77話 藤かんな東京日記②〜両親にバレる〜


突然の母からの電話

 東京に引っ越して1週間。母親からラインが来た。
「郵便物が実家に届いてるから、転送しておくね」

 ”まずい”
 両親には東京へ引っ越したことを伝えていなかった。もちろんAV女優をしていることも言っていない。両親の中で私は、以前勤めていた会社にまだ勤めていることになっている。本社は東京にあるから、いつか東京転勤になる可能性はあるよと、布石は打っていた。しかしいざ東京への引っ越しが決まると、嘘に嘘を重ねるようで言えなかった。

 母はよく言った。
「頻繁に会えなくても、娘が近くに住んでるってだけで安心するもんよ。大阪に住んでてくれて良かった。本当はもっと顔見せに帰ってきてほしいけどね」
 東京に引っ越したなんて知ったら、間違いなく悲しむだろう。

 しかしもう告白しなければならない。母が転送してくれた郵送物は、再び実家に返ってしまう。バレるのは時間の問題だ。
「実は東京に引っ越してん。ごめんやけど、転送してくれた郵便物、また戻ってくるわ」
 ラインを返した数分後、母から電話がかかってきた。

「なんでえ」
 電話の母はひどく驚いた様子だった。きっと驚きすぎて、他に言葉が見つからなかったのだろう。私は「東京本社に転勤になった」と伝えた。バタバタしてしていて余裕がなかった。言ったらショック受けるだろうから、伝えられなかった、ごめん、と。

「びっくりしたよ。引っ越しは大変やったやろう。手伝いに行ったのに」
「手伝いに行くって大騒ぎされるのがしんどいから、言われへんかったんよ」
 時々、親の愛情が重くて辛くなる。

「それもそうやな。とにかく元気なん? 体調だけが心配やわ」
 胸がギュッと痛くなった。母はなぜ引っ越すことを言わなかったのかよりも、私の体調を一番に心配した。そう思うだろうことも分かっていた。それが辛かった。

 また会社員をしていると嘘をついて、東京本社に転勤になったとさらに嘘をついた。しかし母は変わらない愛情を注いでくる。苦しかった。いっそ「なんか変なことしてるんちゃうの」と訝しんでほしかった。

「体調は大丈夫やで。引越しの片付けも落ち着いたし」
 それ以上、言葉が出なかった。声が震えてしまいそうだったから。

 母は父に電話を代わった。父は怒っていた。きつい言葉を投げかけてくるわけではないが、声の雰囲気でわかる。父は昔から心配すると怒るのだ。私が熱を出して寝込んだ時も怒った。転んで血まみれの顔で家に帰った時も怒った。娘が苦しんでいるのに、自分は何もしてやれないことが辛くて怒る。彼はいつも自分に対して怒るのだ。

「気をつけて。いつでも想ってます」
 電話を切った後、父は短いラインをくれた。返事はできなかった。

両親との鎌倉旅行

 1ヶ月後、両親を1泊2日の鎌倉旅行に誘った。私の引っ越しを知り、彼らは明らかに元気を無くしてしまった。だから元気づけたかった。しかしそれは建前で、親に嘘をついている罪悪感を、少しでも払拭したかったのだと思う。罪を金で償おうとしているようで、情けなかったが、今はこれしかできなかった。

 鎌倉駅で両親と合流する。会うのは約1年ぶりだ。会うたびに思う。だんだん小さくなってきているなと。2人は確実におじいちゃんとおばあちゃんになっていっている。当たり前のことだし、嘆くことでもないが、そう感じる瞬間はいつもハッとする。会えるうちに会っておかなければと思うが、彼らに嘘をついている罪悪感が、足を遠ざけさせる。

 両親は久々に会えて嬉しそうだった。私も気持ちが緩んだ。やはり幾つになっても、この両親の”子”なんだなと思う。社会人になって、完全に親元を離れて生活して、独りで生きている気になっていたが、心のどこかでは両親を拠り所に思っていたのだと思う。

 1日目は江ノ電に乗って江ノ島に行き、2日目は大仏を見にいってと、普通の観光をした。東京に来て感じた大阪との違いや、バレエは続けている話、水泳を始めた話、最近読んだ本、見た映画の話を、彼らは楽しそうに聞いてくれた。「あんたの話は本当に元気でるわ」と。

 仕事のことを聞かれた。朝は何時に起きるのか。東京の電車通勤はしんどくないのか。どんな部署に異動になって、どんな仕事をしてるのか。残業は多いのか。辛くはないのか。これに対して全て作り話をしないといけないのが、一番辛かった。

「AVの仕事は楽ではないけど、愉しいよ。今の生活はまさに”楽しい”でなくて、”愉しい”やわ。お父さんは昔に、『苦労や努力の先に得られる”たのしい”は、”愉しい”の漢字を使うんやで』って教えてくれたよね」
 こんな話がしたかった。AV女優になって経験したことの話で、きっと3日間は話し続けられる。今、本気で向き合っていることの話ができないのは、非常に残念だった。それにしても鎌倉の大仏様って中身スカスカやな。

親は呪い。子は幸せでいて

 2日間の旅行を終え、両親は昼過ぎに関西へ帰る予定だった。電車を待つホームで母は言った。
「お母さんは母親とうまくいかなかったやん。小さい頃、辛い思いもしたし、寂しい思いもした。だから今もやっぱり、母親を責める気持ちが残ってるのね。でも実の母親を責めてしまう自分って嫌だなと思う。我が子には絶対、自分と同じ思いをさせたくないと思ったし、私は母親みたいになりたくないって思ってるのよ。我が子の呪いになりたくないの」

 父は隣から「次、実家にはいつ帰ってくるの?」と聞いてくる。軽く流し、母は続けた。

「自分ではそんな気がなくても、無自覚に子どもの呪いになってることがある。あなたはもう大人なんやから、干渉せんとこ、考えんとこと思っても、やっぱり我が子のことは何よりも気になるんよね。あなたはあなたの人生。ただ健康に生きてくれたらいいのにね。お母さんはあなたが幸せでいてくれたら、それでいいのよ」
 母は何かを察しているのかもしれない。いつか本当のこと両親に話したいと思っていたが、言わなくてもいい気がした。”私が幸せでいること”、それが彼女にとって大切なことなら。

「年末は帰るから」
「待ってるよ! 有休多めに取らせてもらい。貴重な2日間をありがとう」
 両親と別れた。母は少し泣いていた。

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