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社会不適合者黙示録 思春期編(11)

毎日、給食の後はお昼休みを挟み、掃除の時間がある。班ごとに担当の場所が割り当てられる。僕の班は3階の廊下だ。階の端から端までほうきではき、雑巾がけをする。たったこれだけだが、顔面放棄たちは些細なことでももめ事を起こすのが得意だ。
権力を駆使して作り上げた情報網から重要な連絡事項を取り出し、お前はこんなことも知らんのかとマウンティングをとったり、拭き掃除は嫌だからお前がやれとごねたり、かといって最後には吹き方が気に入らないとわめいたり、ぞうきんを絞ったバケツの水を捨てるのが嫌だからお前がやれと押し付けてきたり…

15分ぽっちの掃除の時間だけでよくもここまで他人にフラストレーションを充填させられるな、とここまで来たら関心ものである。当の本人からしたら気の弱そうな奴はちょうどいい餌なのだろう。

3年の後期になり、この班ともなんとか解散することができた。任期満了だ。この中学校の仕組みとして、前期・後期のそれぞれ初めに各個人の委員を決める。"班長"もこの肩書の一つだ。この役職によって大まかに構成される班員が限定されていくので、この選択は非常に重要なものとなる。立候補した役職への熱意をクラスの前でお披露目する会が開かれる。その後に投票によってふさわしい人物を決めるのだ。まあおそらく政治家の演説だとか社内プレゼンだとかを模しているのだろうが、こんな思春期の子供がやったところでクラス内カーストが顕著になる、もしくはいじめが可視化されるのがオチだろう。また班長を立候補したんだっけ、ここについてはあまり深く覚えてはいないが、候補したものはことごとく落とされた。なぜなら、そう、事あるごとに顔面放棄が棘を指してきたからだ。あいつは責任感がないだとか、前期は仕事を全うしなかっただとか、大きな声を出さないだとか、その原因となる部分を言わずに弱い部分だけを取り上げる様はまさにマス・メディアだ。週刊誌の言い回しで周囲を動揺させ、ネタにされる者は権力で捻じ伏せる。こうして「自分」という存在は炎上の中心となり、次第に関係のない第三者までもが火を投げ入れる図が完成した。こうして最後の最後まで余っていた職に就いた。

その日の夜、担任から家に電話がかかってきた。さすがにこの状況は危険だ、と思っていたのだろう。親が最初電話に出て、先生が僕に代わってほしいとのことだったので会話することになった。

しかし、こちらはちょうどポケモンのアルファサファイアでユクシーを厳選しているところだった。何度も何度も黄色いリングからユクシーが出てくるのを眺める作業中なので、あまり会話には乗り気ではなかったのだ。要するに、あまり学校のことは引きずりたくないということだ。小学生時代にいじめられたことを親に打ち明けたら、クラスの前でそれを止めるよう演説しろとしごかれたのが当時トラウマになっていて、親と学校のことを共有したくなかったのだ。また大勢の前で号泣しながら恥をかくようなことはしたくない、だったらもう過去のことは忘れられるくらいになった方がましだとでも思っていたのだろうか。「大丈夫です。気にしてないです。」と言って電話を終えた。

今思えば、ここではっきりと言えば動くべき機関が動いたのかもしれない。変に学習性無力感を発動させるよりかは、時には復讐するのも悪くないかもしれない。終わってからは反省点が見つかりやすい。

こうして、"余り者"として1つの班の班員となった。ここに前期のメンバーはいない。それが救いなのだろうか。そこには後期の学級委員も在籍しており、最後の半年間は僕に手厚く接してきた。彼はクラスの中では割と人気な方で、ヤンキー組ではないいわゆるカースト2群を束ねるような奴だった。他の友達と同じような温度で僕に接してくるが、それを心の底からは受け入れられなかった。なぜなら前期は僕のことを嫌っていたからだ。移動教室で皆同じ方角へ向かうはずなのに、こちらに向かって「お前はSTK(ストーカー)で嫌われてるんだよ!!」など。一緒にいることを拒絶するような人間だったので、今仲良くしようと近づかれても心を開きたくなかった。これもおそらく担任からの差し金なのだろう、あいつは孤立しているから仲良くしてやってくれ、と。

昼休み、サッカーに誘われても参加することはなかった。サッカーは好きだが、人に心を開くことができない。給食の配膳台を拭く仕事を率先して入念に行い、トイレで丁寧に歯を磨いた。磨き終わった後もずっとトイレにこもっていた。下痢でも便秘でもない。一人になりたかった。外には敵がいる。教室にも敵がいる。図書館にも敵がいる。廊下ではいつ刺されるかわからない。トイレだけが安全地帯だったのだ。

人を信用できず、ふさぎ込むことが多かった。誰も今の自分を助けてくれない、動き出せばからかわれる、近寄ってくる人は誰も彼も敵に見えてしまうようになった。朝登校してから夕方帰宅するまで一言もしゃべらない日もあった。一緒に登下校していた近所の同級生とはいつからか登下校のタイミングが合わなくなってきた。朝早く学校に行っても自分の居場所がない。それならば始業ぎりぎりに到着するようにしよう、と意図的に朝のリズムをずらすようになった。帰りの自転車は日に日にスピードが速くなった。人とすれ違わないように、裏口からこっそり下校するようになった。時々生徒指導の先生にばれて注意を受けるが、この心情など理解してもらえるはずがないのだろう。

それでも転校や不登校は考えなかった。親にばれたくなかったからだ。自分が我慢すればいいだけ、今は絶えて、今は絶えて…


次回 第1章最終回


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