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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(35)どつきあい。

NOZOMI vs 村椿和樹の試合。

その第1ラウンドは異様な展開になった。総合ルールであるにも関わらず両者打撃戦になり、それもあまりフットワークを使わず足を止めての殴り合いになるシーンが多かった。

リーチがあり美しく長い脚のNOZOMIは懐が深く、そこから矢のようなジャブ、パンチが飛び、槍のようなキックも飛んでくる。それでもブルファイターである村椿は、NOZOMIの懐に入ると激しく攻め立て再三コーナーに追い詰めるものの、その度にNOZOMIは巧みなクリンチで逃げる。

異様なのはクリンチからの組技をしてこないNOZOMIだ。
何度も村椿をつかまえ密着蛇地獄に導くチャンスはあったのだ。
やろうと思えば、それは容易で今頃村椿は絞め落とされていたはずだ。

組み付いてこないNOZOMIにバカにされていると思ったのか? 村椿は業を煮やしたかのように自らNOZOMIに組み付き寝技に持っていった。
村椿の戦い方はまるで自ら死地に赴くようでつかまることを恐れていない。
それでもNOZOMIはそれから逃げるだけで組技には付き合わない。

1ラウンドの終盤に村椿は、NOZOMIの前に無防備で立ち “殴ってこいよ!” のポーズになると、まともに右ストレートを喰らいダウン。
両者一度ずつのダウンで、初回は五分五分のスタートになった。

第2ラウンドのゴングが鳴った。

(実況)

「第2ラウンドも既に半分も過ぎました。なんという試合なのでしょうか?
真正面から至近距離での殴り合いが多くなってきました。そして、盛んに不利なはずの組技に持っていこうとするのは村椿の方だ。NOZOMIはそれに付き合いません。これは両選手の作戦なのか? なんとも異様な展開です」

村椿がNOZOMIの首を取るとそれを抱え込み顔面にパンチを叩き込んだ。よろけるNOZOMIに顔を突き出すとニヤっと笑う。NOZOMIもニヤっと笑うとオープンフィンガーグローブの拳を広げ村椿の左頬を平手殴打した。村椿も張り返すと、それはそのまま双方足を止めての平手殴打合戦になった。リング上に血が飛び散る。

リング上の光景に観衆は声も出ない。

(実況)

「こ、これは試合なのか? 格闘技なのでしょうか? まるでケンカ! 否、これはまさしくどつき合いです。それでも、なぜか両者嬉しそうに見えるのはどういうことなのか?」

村椿和樹は嬉しかった。
この死闘の中でNOZOMIと心が通じているような気がするからだ。
(このために、目の前の美女と心を通わせたいがために、俺は倒されるのを覚悟でリングに上がったんだ)

NOZOMIも村椿との死闘に心地良さ、悦びさえ感じていた。こんな気持ちで戦うのは初めてのような気がする。

(村椿さんは何のためにこのリングに上がったの? 私はそれを知りたい...)

死闘といっても、足を止めての殴り合いで本気でパンチを叩き込めばすぐ決着は付いてしまうだろう。ノーガードの時は平手殴打(張り手)で、お互いに殴り合いながらも相手の心を探り確かめ合っているように見える。

3分過ぎると総合の5分間ルールに慣れていない村椿の動きがガクッと鈍くなった。そこへ、ガードする村椿の顔面にNOZOMIのパンチが振り下ろされると防戦一方になった。

村椿の顔面は腫れ上がり、左目はふさがっている。

NOZOMIの口元も血が滲んでいたが、それより村椿に受けたローキックで高額の保険がかけられているという美脚が真っ赤であり痛々しい。

第2ラウンド終了のゴングが鳴った。

「NOZOMI、最終ラウンドはお互い本気で行こう。頼むから打撃だけでなく柔術も使ってくれ...」

コーナーに戻ろうとすると、村椿が小声でNOZOMIにそう声をかけてきた。

その目を見た時、NOZOMIはこのまま意地を張るのは彼に対して失礼であると思った。あの目は何か強いものを訴えている。

(村椿さん。アナタは死ぬ気なの?)

最終ラウンドのゴングが鳴った。

この試合は延長なし判定なし。
決着付かねば引き分けという決まり。

ゴングが鳴った瞬間、今度は華麗なフットワークを使い村椿がNOZOMIに迫ってきた。あの底なし沼のような暗い目をしていた村椿が若い頃に戻ったようなギラギラした鋭い眼光だ。

その何かを覚悟したような村椿の目を見てNOZOMIはドキッとした。

組み付かれることなんて恐れぬように村椿が迫ってきた。
全身全霊と思われるような村椿のパンチとキックがNOZOMIを襲う。

強烈だ!

コーナーに追い込まれた'NOZOMIは覆い被さるようにクリンチで逃げる。
そして、今度はそのままクラッチして組技で村椿を仕留めようとした。
しかし、村椿は体幹が強く首も鍛えられている。中々クラッチできない。

村椿はNOZOMIのゾーンに出たり入ったり果敢にNOZOMIを攻める。

3ラウンド1分37秒。
村椿のボディブローが決まった。
NOZOMIは苦痛の表情で両膝をつく。
そこに村椿が飛び付くとマウントになった。NOZOMIの美しい顔に村椿の拳が打ち下ろされた。
それは数発ヒットしたようだが、巧みに柔らかい身体を利して逃げる。
逆に長い脚を伸ばし三角絞めの態勢になろうとすると、村椿は素早く立ち上がりNOZOMIの身体を踏みつけた。

どうにか立ち上がったNOZOMIの美しい顔も腫れ上がっているようだ。
そうやって村椿の攻撃がしばらく続いていたがそこまでだった。

3分を過ぎると明らかに村椿の動きが鈍くなってきた。それでもNOZOMIに向かって必死にパンチを振るう。

ビシィィ!!

NOZOMIの右ストレートが村椿の顔面をとらえた。NOZOMIの前で四つん這いになった村椿和樹。。。

誰もが終わりだと思ったであろう。

村椿が必死にNOZOMIの美しい脚にしがみついてきた。
このまま蹴倒せば決着がつくだろう。しかし、NOZOMIの身体を支えにしてフラフラと立ち上がろうとする村椿を見るとそれが出来なかった。

NOZOMIは自分の身体を預け村椿が立ち上がるのを待った。

立ち上がった村椿の首を取り膝蹴りを軽く放った。

倒されても死にもの狂いで四つん這いになって立ち上がろうとする。

NOZOMIは四つん這いの村椿を悲しそうな目で見下ろすと、そっと背後から馬乗りになりその首に腕をまわした。

非情なるチョークスリーパー。

もう、この無間蛇地獄は外れない。
ジワジワと村椿の動きが鈍くなる。

NOZOMIがレフェリーに目をやった。

レフェリーもそれに応じた。

レフェリーストップか?

と、思われた瞬間である。

背後から叫び声が上がった。

「むらつばきさーん! もういい。 終わりにしましょう」

セコンドについていたダン嶋原が号泣しながらタオルを投げた。

次回、村椿和樹。

感動のサプライズ。

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