『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』(16)女の顔を殴打する罪悪感。
第1ラウンドを一方的に痛めつけられ、何も出来ずレフェリーストップによるTKO負け寸前だった渡瀬耕作。第2ラウンドに入るとじっくり構え、不意打ちのような先制攻撃は許さない。それでもNOZOMIの長い手足から繰り出されるムエタイ仕込の打撃に苦戦する。捕まえても雌蛇のようにニョロニョロと抜け出されてしまう。その柔らかさに渡瀬は焦りを感じていた。
2〜3ラウンドの攻防は細かく書くと長くなりますので本編(25)(26)で確認下さい。
NOZOMIの蛇のような身体の柔らかさと、嶋原や村椿と渡り合った打撃技術に苦戦するも目が慣れてくるに従い地力の差がジワジワ出てくる。渡瀬の鎧のような筋肉が、NOZOMIに襲いかかる。胴タックルからNOZOMIの身体に覆い被さると渡瀬はマウントになり拳を大きく振り上げた。
この時NOZOMIは負けを覚悟していた。
渡瀬はレスリングとボクシングをバックボーンに総合格闘技の世界に来た。相手の身体をコントロールし、最後はマウントパンチから仕留めるのが必勝パターン。
しかし、ここで渡瀬耕作の、、否、男の甘さが、、やさしさ?が出てしまう。
スタンディングからのパンチなら相手が女でも容赦しない。でも、俺は馬乗りになって女の顔を殴ることは出来ない。
渡瀬の心を読んだNOZOMIは、女だからと侮辱されたと感じたのだろう。仕留めなかったことを後悔させてやると思った。
その後も何度かマウントパンチ可能な体勢になるも、渡瀬は決してその顔面を打ち砕くことはなかった。
” 女にリングで倒される屈辱感より、馬乗りになって女の顔を破壊する罪悪感の方がずっと大きい “ 渡瀬はそう考えていた。
渡瀬はNOZOMIを攻めたてながらも、蛇のような柔らかさとチエノワを外すようなテクニックで外される。彼女相手に関節技、絞め技で決着を付けるのは難しい。それでも寝技の攻防、、膠着状態が続いた。
上になって攻めたてる渡瀬。
そこへNOZOMIの長い脚が下からシュルシュルと伸びてきた。それを振り払おうとすると腕を引っ張り込まれ、下からの三角絞めを見事に極められてしまった。
引っ張り込まれ固められたまま、下からパンチ肘打ちを乱打される渡瀬。
ギギギ、、と、骨が軋む音を聞いた。
こうなったら普通は終わりである。
“俺は女に負けるのは絶対に嫌だ!”
渡瀬は何かを叫びながら、それこそ火事場のクソ力でその三角絞めを強引に外した。
超人と云われた男の怪力に流石のNOZOMIも驚きを隠せない。しかし、あの体勢から強引に三角絞めを外すのは無理がある。立ち上がった渡瀬の左肩が下がっており苦痛の表情でそこを抑えている。
明らかに左肩を脱臼している。
慌ててレフェリーが様子を見ようとする。
チャンスだ!!
レフェリーより先に、ふらついている渡瀬の背後からNOZOMIが襲いかかる。
振り返る渡瀬耕作。
シュッ! バキィィッ!!
渡瀬の右フックカウンターがNOZOMIの左顔面に炸裂する。
そのまま後方に吹っ飛びNOZOMIは大の字に倒れた。雌蛇と形容されても、失神している彼女の姿は異様に美しいだけに観ているものには尚更残酷に映った。
美しくも残酷なシーンであった。
NOZOMI、生涯唯一敗北の瞬間である。
渡瀬耕作は女の顔を打ち砕いたことに強い罪悪感があったのか?
リングに倒れるNOZOMIを見下ろしながら悲しそうな表情で立ち尽くしている。
そして勝ち名乗りも受けず不機嫌そうに肩を抑えリングを跡にしたのだった。
この試合の最後。
もし、脱臼状態で立ち上がった渡瀬に襲いかかることなく様子を見ていれば? レフェリーが試合を止めNOZOMIのTKO勝ちであっただろう。
冷静なる雌蛇NOZOMIであっても、焦って判断を誤ったことは想像に難くない。それだけ渡瀬耕作に恐怖を感じていた証だ。
現実的にはこんな試合はありえませんね?女子と30㎏も重い男子の試合をやらせるわけがない。シルヴィアなんて、自分より120㎏も重い元力士と戦ってますから(笑)。
例えるなら、藤田和之選手とRENA選手をガチで戦わせるようなもので、人道的に許されるわけがない、、というより、犯罪ではないでしょうか? そんな罪悪感が渡瀬耕作にあったのだと思う。昨今、元男性のトランスジェンダー選手と女子選手を戦わせたことが問題になったことは記憶に新しい。
当たり前ですが、この物語は妄想ファンタジーであると付け加えておきます。
そして、NOZOMIはあの村椿和樹と再戦することになる。
初対戦でNOZOMIは村椿和樹を肘と膝によって残酷に葬った。女に負けた屈辱、生き恥を晒してしまった村椿はメンタルを病み一時期消息不明だった。
立ち直った村椿はその再起戦の相手にケンカ空手少女シルヴィア滝田を選び、ローキック数発で逆転KO勝ち。
そして、同じくNOZOMIに敗れたダン嶋原とNOZOMIへの挑戦権を賭け戦った。前回の試合ではお互いの団体の威信をかけた試合で、その時は嶋原が勝っている。そして二度目の対決は僅差の判定で村椿が勝利。
NOZOMIへの挑戦権を得たのである。
NOZOMI と村椿和樹の再戦は立技打撃ルールで行なわれる予定だったが、村椿サイドから総合ルールでやりたいと希望。理由は
“男が自分有利なルールで女に勝っても意味がない” というものであった。
「村椿さん! NOZOMIを倒すことはアナタだけの悲願ではない。僕とその挑戦権をかけて戦ったのでしょう? アナタは僕の気持ちも背負ってリングに上がる。なぜ、明らかに不利なルールで、自ら彼女の前に立とうとするんですか! 正気ですか?」
「それは、俺が男でNOZOMIが女だからだよ。明らかに不利なルール? 俺はあいつと心中するつもりで戦うんだ…」
それでも納得出来ないダン嶋原。
「嶋原くん、お前だから話すけどな…」
村椿からNOZOMIと戦う覚悟を聞かされると嶋原は何も言い返せなかった。
「もう、何も言いません。村椿さんの思うがまま、悔いなきよう、燃え尽きるまで、僕の分まで戦って下さい!」
その日に向かって、村椿と嶋原は一緒にトレーニングを積んでいた。お互い、別団体を背負ったライバルと言うことで、以前は口も効かない仲だったのが、今では打倒NOZOMIという共通の悲願、目的のため奇妙な友情が芽生えたのだろう。
NOZOMI vs村椿の再戦、壮絶かつ奇妙な試合に、、そしてサプライズが待っていた。
つづく