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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(9)男と女、噛ませ犬はどっちだ?

鳩中薫と望月雅之。
第2R開始と共に壮絶な死闘になる。

内気で気が弱く何事にも自信が持てずイジメられっ子だったこの男と女。そんな自分を変えようと格闘技の世界に飛び込んできた二人だった。しかし、望月も薫もデビュー以来連戦連敗。お互いに自分の才能にケジメを付け勝っても負けてもこの試合を最後にリングを降りる(引退)覚悟なのだ。

“ 絶対悔いの残る戦いはしたくない!”

最後のリング?になるであろう両者は今までの気弱なファイトがうそのように必死の形相で戦っている。
2Rゴングと同時に薫が望月に向かってイノシシのように突進してきた。それに合わせて望月はカウンターパンチを叩き込もうとするが、相撲の立ち合いのような突進でそれは間に合わなかった。ドシーン!と、望月は後方にふっ飛ばされる。
コーナーに追い込むと薫は低い体勢からショルダータックル。ドスン、ドスン!と、
2〜3発それが決まると望月は苦痛の表情で腰を落とした。薫は上から覆い被さると首固めを狙う体勢になった。

「うううう、、、」
薫は自分の腕のなかで望月の苦しそうにうめく声を聞いた。
“大丈夫かしら…”   心優しい薫のシュートマッチにおける最大の欠点が出てしまう。

「かおる〜  躊躇しちゃだめ。そこで極めるの! 絞め落とすのよ」

セコンドの嶋原(奥村)美沙子が叫ぶ。
望月は薫の一瞬の逡巡を見逃さず下からその脚にしがみつくと掬った。バランスを崩した薫に馬乗りになると拳を振り上げる。必死に十字にガードする薫。今までの薫ならこれで終わりなのだが、この日に備えてマウントパンチを想定した防御練習を積み重ねてきたせいか容易に殴打を赦さない。それでも数発当たったのか? 薫の口元からはうっすら血が滲んでいる。

“ 僕は女の子の顔を馬乗りになって殴っている。血が出ているじゃないか、、、こんなことするのは男として許されるのか?”

望月はそう思うと急に身体が動かなくなってきた。イップスの表情である。急に動きが鈍くなってきた望月を不審に思いながらも薫はマウントの体勢からどうにか抜け出すと立ち上がった。

何故なのだろうか?
それからのふたりは、精神的弱さからくる悪い癖は影を潜めた。望月のイップスも薫の相手を恐がる様子もない。お互い相手の目を見つめ合い、その表情はこの戦いを楽しんでいるかのようだ。
それでも、徐々に肉体面の男女差が出てきたのか? 望月のパンチがキックが、クリーンヒットこそ許さないが、ジワジワ効いてきたようだ。2Rも4分を過ぎたあたりでは薫の顔は幾分腫れ、ローキックを受けた脚も痣がうっすら。打撃戦では勝ち目がない薫は必死に望月に組み付こうとするが望月はそれを赦してくれない。

リング上では望月のパンチがキックが薫に襲いかかっている。それでも薫は必死に耐えている。いつもの彼女なら打撃への恐怖心から及び腰になり戦意喪失になっているところだが打ち返そうとさえしている。恐るべき進化? きっと薫はこの試合で何かをつかんだのだとセコンドの嶋原(旧奥村)美沙子は確信した。 ”頑張ってカオル…”

望月のセコンドに就く会長はリング上の愛弟子の躍動感に驚いていた。いつもの望月ならば、攻勢に出ても勝負を焦るあまりイップス状態になるのが常だった。こんなリラックスして戦っている望月の姿は初めて見たような気がする。彼の内部に何か吹っ切れたものがあるのかもしれない。
“大丈夫! これなら勝てる…”

ズゴッ!!
望月の右ストレートが薫の顔面を捉えた。
後方によろめくと薫はダウン。
誰もがこれで勝負あったと思ったが、必死に立ち上がろうとしている。望月もそのまま馬乗りになりマウントパンチを雨あられと降らせれば勝負は決するかもしれない。だが、彼はそれをしなかった。

“女の子に馬乗りになり、その顔面を殴るなんて男じゃない! 勝っても後味の悪さしか残らないじゃないか。この試合、僕はマウントからのパンチは放棄する…”

この気持ちはかつて渡瀬耕作がNOZOMIに対して、堂島龍太がASAMIに対してマウントパンチを否定した時と同じなのかもしれない。どんなに男女平等の世の中になっても出来ないものはできないのだ。

倒れている鳩中薫を望月雅之は見下ろしながら心の中で叫んでいた。

“立て!立つんだ。僕はまだ君と戦いんだ。鳩中さん頑張れ、頑張るんだ!” 

心が通じたように薫も心で叫んだ。

 “ 私はもう少し望月さんと戦いたい!こんな充実した気持ちで戦うのは初めて…”

薫はカウント9で立ち上がるとファイティングポーズをとった。
望月は薫に、薫は望月に自分に似たものを感じ始めているのかもしれない。相手に対する恐怖心はなかった。望月も薫もこんな気持ちで戦うのは初めてだった。
格闘家として勝ちに徹する非情さという面で甘さは残しているが、明らかにふたりとも今までとは動きが違う。望月優勢のまま第2ラウンド終了のゴングが鳴った。
残すはあと1ラウンド。この試合に延長はない。泣いても笑ってもあと5分である。

インタバルの間、望月は思った。
男に挑戦してくるなんて、きっと気の強い女の子が相手だと思っていた。戦ってみるととんでもない、、自分と似ている?通じるものを感じた。そう思うと何故か自分もリラックスして思うように動けるようになった。口端に血を滲ませ脚も痛いだろうに必死に時には目に涙を浮かべながら立ち向かってくる。そんな一途な女の子と戦えることが身震いするほど嬉しい。
“僕も頑張るから君(鳩中薫)も頑張れ!”

一方、薫も思っていた。
望月さんはとても優しい人。あの目は優しすぎるほどやさしい。そして、私ととてもよく似ている。私は女だから男の人と戦って負けてもその勇気は称賛される? でも、望月さんは男性だから、、そんなリスクを負ってでも挑戦を受けてくれた。私は今とても幸福な気持ち。あと5分全力を尽くして最後にはハグし合いましょう。

鳩中薫は望月雅之を、望月雅之は鳩中薫を
「噛ませ犬」として選んだ相手なのかもしれない。勝たせてやりたいという両陣営の思惑があったことは否定できない。でも、薫も望月も決して負け犬ではなかった。

最終3Rのゴングが鳴った。

望月は薫の突進を警戒し、軽快なフットワークでその周囲を回るとジャブ、左右パンチ、ローキックを繰り出す。すっかり打撃に対する恐怖心を克服した?薫は及び腰にならず前に出てはその懐に入ろうとする。
しかし、時折望月のパンチやローキックが炸裂すると薫は苦痛の表情を浮かべ後退する。やはり、フィジカル面の男女差が大きいのは誰の目にも明らかだ。

2分を過ぎたあたりだろうか?
ガードの上からだが望月のボディブローがヒット。薫は苦痛の表情で後退するとロープにもたれかかった。そこを望月がラッシュする。レフェリーが試合を止めそうな素振りをしている。攻め入りながらも望月は心のなかで泣いていた。
“君(鳩中薫)のような、やさしくて素敵な女の子を殴るなんて、、でも、僕は負けるわけにはいかない。ごめん、これで終わりだ”

レフェリーが薫の様子を見ている。

すると、薫は最後の力を振り絞るように前に出ると望月に組み付いた。そのまま足を引っ掛け体を預けテイクダウン。望月の上に覆い被さった薫は、縦四方固めからその顔面を両腕で抱きかかえ渾身の力で絞め上げた。望月は薫に覆い被さられたまま頭部は薫の胸のなかに閉じ込められた。そのまま 5〜10秒。このままでは窒息だ。
いつもの望月ならタップしている状態なのだが今日は違う…。

薫のセコンドに就いている嶋原(旧奥村)美沙子は思った。
“ かおるの弱点に、精神面の他にスタミナがあったけど、走り込みの成果があったみたいね。3Rまで持ったのは凄い。逆にこうやって勝利を奪おうとしている。でも、これを逃せばスタミナは残ってないわよ”

薫は自分の下になり、自分の胸の中で逃れようと必死に両手足をバタつかせ藻掻いている望月が心配になった。
“私はこんな優しい目をした男の人を窒息させようとしている。望月さんにとっても絶対負けられない試合なのは分かってる。それは私だって同じ。タップしてくれるか、、落ちてしまうまで絶対離しません”

今度はレフェリーが望月の様子を見る。

そのまま30秒以上が経ち残り時間も1分が過ぎようとしている時だった。
スタミナが限界なのか? ジワジワ望月の頭部を絞め上げている薫の腕が緩んでくる。
スッと望月の腕が絞め上げている薫の腕をこじ開け逆にその腕を引っ張り込んだ。そして、両脚をそれに挟み込んだ。

腕ひしぎ十字固めの完成である。

望月はここが勝負とばかりに、それを渾身の力で引っ張り込んだ。

グギョッ!

望月は嫌な感触がした。

慌ててその腕を離すと薫は肩を抑え苦しそうにのたうち回っている。
既にレフェリーは大きく手を振っていた。
NLFSの面々が、心配そうに薫を取り囲んでいる。明らかに肩が外れているのだ。

望月は勝利の雄叫びを上げることも勝ち名乗りを受けることもなく薫の傍に寄った。

「僕は女の子になんてことを。鳩中さん大丈夫ですか? 僕も必死だった…」

薫は肩を抑えたまま望月に目をやると、苦痛の表情ながら望月に抱きついてきた。

「ありがとうございました。こんな戦いが出来て、、私、自分に自信が持てます…」

望月雅之は鳩中薫に惹かれた。彼にとっては生まれて初めての本物の恋であった。


さて、敗れた鳩中薫。
しかし、その弟、鳩中敦(アツシ)の登場でこの物語は新たな(異な)展開を迎えます。
あの男が、、、妖しき魔性の美少年に。

つづく

次回更新は来週後半になる予定です。


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