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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(72)最終話、ドージマコール。

NOZOMIとASAMIのダブル引退試合。
それはエキシビションで行われたが、
全てを終え両者がハグをしている時だった。突然場内が暗くなり花道の向こうに数人のシルエットが浮かび上がるとスポットライトを浴びた。

(実況)

「ダン嶋原だぁ~!」

まず先頭で現れたのはキックボクシング界の超天才ダン嶋原であった。
茶目っ気のある彼は花束を抱えたまま場内にピースサインを送りながらも照れくさそうに歩いてきた。
嶋原はかつてNOZOMIとの戦いで鎖骨を砕かれ、ASAMIとの死闘は現役最後のリングとなった。
この引退するふたり両方と拳を交えたのは嶋原だけであり、ふたりにとっては忘れられない存在。NOZOMIも麻美も嶋原の登場に感動している。

(実況)

「な、なんと! ダン嶋原のあとに現れたのはモンスターだ! む、村椿和樹までもがやってきたぞ」

村椿が公の場に姿を現すのはNOZOMI
戦以来。2度に渡って戦いに敗れた村椿は、そのリング上でNOZOMIへの思いを愛を告白した。

“ 殺したいほど愛してるぜ”

は、流行語になったほど。
その後、九州の山奥で農業に精を出しているとの噂だが、NOZOMIの引退式を知り駆け付けたのだろう。

(実況)

「村椿のその後から現れたのは、超人渡瀬耕作だ! 大きい!」

渡瀬耕作はMMA無差別級絶対王者と言われた男。そんな彼が自分より30kgも軽い女子であるNOZOMIにKO負け寸前まで追い込まれたシーンは全国のファンに衝撃を与えた。
それでも、NOZOMIに勝利した唯一の存在であり、彼の引退試合の相手を務めたのはNOZOMIであった。
渡瀬も引退後は公の場に姿を見せなかったが今日は特別なのだろう。

渡瀬耕作の後から、これも大きな身体を揺すりやってきたのは権代喜三郎。
セメントの鬼と称された彼は、プロレスラーの威信をかけNOZOMIに挑んだが敗れたのだ。それでもその闘魂は
NOZOMIの胸に深く刻まれた。

リング下には権代の妻となった鎌田桃子もいる。引退した鎌田桃子、桜木明日香、韓国へ帰っていた柳紅華もこの引退式に招待されている。鎌田桃子は権代と幸せに暮らしているそうだ。

一番最後に姿を現したのは、氷点下の男!植松拓哉。彼はNOZOMI現役最後のシュートマッチ相手である。
国内不敗を誇った彼はパウンドフォーパウンド、絶対王者と言われたが、女子に敗れた屈辱はどれ程のものだろうか? リベンジを誓っているところへNOZOMIの引退を知り悔し涙を流す。
しかし、格闘家NOZOMIの心を折ったのは紛れもなく植松拓哉なのだ。

ダン嶋原
村椿和樹
渡瀬耕作
権代喜三郎
植松拓哉

多くの男子ファイターを代表して挨拶に来てくれた5人。。。
NOZOMIはこの誇るべき戦士たちを前に感謝の念が込み上げてきた。

(あなた達が女子相手に、勇気をふり絞ってリングに上がってきてくれたからこそ私たちNLFSはやってこられた。本当に感謝します。ありがとう...)

そして、ダン嶋原が代表しての挨拶。

「のぞみ! 我々男子ファイターは、君の出現に戸惑い悔しい思いもしてきたけど、今では君と戦えたことは誇りに思うよ。本当に12年間お疲れ様!」

場内から大歓声が飛んだ。
そして、嶋原は麻美に向かった。

「あさみちゃん!この会場の何処かで堂島源太郎さんが見ているぞ。きっと君の姿を見て誇らしく思っているだろうね。よく今まで頑張ってきたな!」

麻美はもう涙が止まらない。

リング下に控えているこの引退式を演出した榊枝美樹に目を向けた。

(この5人に声をかけて、美樹がお膳立てしてくれたのね? こんな素晴らしい引退式、ありがとう...)

ここで引退式はフィナーレか?

しかし、榊枝美樹の演出はこれだけにとどまらなかった。

再び場内が薄暗くなってきた。

(実況)

「なんだ、なんだ、なんだ! また場内が暗くなったぞ。おお!花道の向こうに人影か? 今度は誰なんだ!」

花道の向こうのシルエットにライトが照らされるとそれは徐々に浮かび上がり静かな音楽が流れてきた。

車椅子に乗った男。

それをうしろから女が押して来る。

車椅子はゆっくりゆっくりと、花道をリングに向かって進んできた。

堂島龍太と天海瞳である。

会場にいる佐知子はハッとした。
佐知子は今井と瞳、それから瞳太郎と共にいたのだが、今から一時間前に瞳が「ちょっとお義母さん、瞳太郎を預かってて下さい」と、席を離れたまま戻って来ないので不審に思っていた。
(これだったのね? )

龍太の車椅子はリングに向かう。

会場はシーンとなっている。

花道の三分のニほど来た時だった。

車椅子を押している瞳の歩みが止まった。そして、龍太の前に出ると耳元に何か囁いている。

龍太は瞳の身体を支えに立ち上がろうとしている。立ち上がると瞳の手を取り数歩歩いた。

瞳は龍太の手を離した。

龍太は真っすぐリングを見詰める。

佐知子の膝の上にいる瞳太郎の目が見開き父の姿を見つめている。

まさか!

龍太が誰の手も借りず、松葉杖も使わず自分の足でリングに向かった。

それは一歩進んでは立ち止まりヨロヨロと頼りないものだったが、確実にリングに向かって進んでいる。

「龍太ぁ〜 龍太ぁ~!」

会場にいる佐知子が泣きながら叫んでいる。そんな祖母の顔を瞳太郎は驚いたように見ている。

「お兄ちゃ~~ん。頑張ってぇ〜!」

リング上から麻美が号泣しながら叫んでいるその時だった。

ドージマ!ドージマ!ドージマ!

 ドージマ!ドージマ!ドージマ!

  ドージマ!ドージマ!ドージマ!

会場が一体となった地鳴りのようなドージマコールが巻き起こったのだ。

皆、堂島龍太が厳しいリハビリを行っていることを知っている。妹との一戦から一年。松葉杖で歩くのさえ危ぶまれていたのが自分の足で歩けるまでになっていたのだ。

リングに辿り着くと、NOZOMIと麻美がロープを上げた。

堂島龍太のリングイン。

堂島龍太は瞳から何やら受け取ると、
それに言葉をかけ高々と掲げた。

堂島源太郎の遺影であった。

麻美が兄に抱きついた。

佐知子は立ち上がると、周囲に「あれは私の息子なのよ!」と、誇らしげに叫んでいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

麻美は兄の背中と膝下に手をまわすと抱え上げた。そのお姫様抱っこのまま車椅子に乗せる。
兄は妹にお姫様抱っこされるのが照れくさいのか?一応抵抗はするのだが、嬉しいのは麻美には分かっていた。

麻美は毎日曜日の昼下がり、兄の車椅子を押して数時間散歩するのが週課になっている。公園に着くとリハビリを兼ねて歩行練習もする。
あの引退式から一年半、兄の歩行は更に距離を伸ばし、担当医が言うにはミラクルだそうだ(笑)。

散歩中、兄とは色々話す。

「お兄ちゃん、瞳太郎は将来何になってほしい? お兄ちゃんと瞳さんの子だもの。格闘技に興味を持ったらどうするの? 私はいやだな...」

「アハハ!俺が父の敵と打倒NOZOMIを目指したように、瞳太郎も父の敵と麻美に挑戦してくるかもな(笑)」

「そ、そんなぁ...」

「冗談だよ。俺はね、瞳太郎には野球選手になってほしいな。俺だって本当はお父さんのことがなかったら、今頃はプロ野球選手だったかもよ...」

「お兄ちゃん、野球大好きだもんね。
私も瞳太郎がそうなったら嬉しい」

龍太と麻美のお喋りは止まらない。

おわり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

雌蛇の罠(全20話)
女豹の恩讐(全72話)

これで完結です。
今まで読んで頂いた方々ありがとうございました。

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