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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(10)魔性の微笑み。

NLFS秋季大会は久しぶりに会場は満員であった。鳩中薫は望月雅之に善戦虚しく敗れたが、この大会には他に桜井姉妹、角川聖子、久住琴も出場。
桜井姉妹の幸も咲も下位ランカーではあったが、男子選手を相手に巧みな関節技からタップアウト勝ち。角川聖子も同じく下位ランカー男子とフルラウンド戦った末に判定勝ち。久住琴はランカー外相手だったが男子相手に膝蹴りKO勝ち。
植松あかね登場までNLFSは8連敗中だったのでこれはAKANE効果かもしれない。
そして、植松あかねと白木志乃は『G』主催年末格闘技戦への出場が決まっていたのでこの大会には出場しなかった。正式発表はされていないが、ふたりとも大物格闘家と交渉中で世間はその対戦相手に驚かされることになるのだ。

鳩中薫は予定通り選手引退。
しかし、榊枝美樹から運営スタッフとして力を貸してほしいとの打診があり、薫としては願ってもないこと。薫はNLFSが、そしてそこの皆が大好きなのだから。
因みに、薫が死力を尽くして戦った望月雅之とはその後交際することになる。望月も引退して普通のサラリーマンになるとのことだった。ふたりともあの試合から自信を付けすっかり明るくなったとの評判だ。


「アツシ君って、ほんと、男の子なのに女の子みたいにきれいね? 今日も通りすがりの人は大抵振り返ってたよ。こんなこと聞いて良いのかな、、今流行りの男の娘なのかな? ゲイじゃないよね?」

植松あかねが目の前の美少年に聞いた。
少年は「そんなことあまり気にしたことないし、僕は僕だもの…」と無関心。
この少年はとてもクールでマイペース。落ち着いていて内に何か秘めていそうな神秘性を感じるとあかねは思った。
ここは植松あかねが暮らしているマンションのリビング。鳩中薫が弟のアツシに東京を案内してほしいと頼まれたが、薫とて都内は詳しくない。そこで、植松あかねが鳩中姉弟の東京案内に買って出た。

鳩中姉弟の実家は埼玉県秩父市なのだが、姉の薫はNLFSに入校するため東京へ出てきても道場と寮の往復暮らしで東京見物などしたことがない。弟の敦(アツシ)は現在高校受験に向けて頑張っているが、どうやら都内のある私立高を志望しているらしい。
来春の都内暮らしに備え東京へ案内してほしいとのことである。東京案内といっても薫もアツシも渋谷等のうるさい街は好きではないらしく、秋葉原や神保町を中心にあかねは案内した。特に読書好きのアツシは神田神保町に興味があるようだった。

何処の街を歩いても、美少年とも美少女とも付かないアツシの姿は目を引いた。何人もの人が二度見するほどだ。
本人が言うには170cm52㎏、そのスラッとした姿に顎のラインまで伸ばしたロン毛。服も女装しているわけではないが、ジェンダーレス風でよく似合っている。

「カオルはこんなかわいい弟がいていいね。私も弟か妹がいればなぁ…」

「アツシはお母さん似、私はお父さん似。逆だったら良かったのに…」

「何言ってるのカオル! 格闘技始めて体が締まったらきれいになったわよ。本質的には美人なのよ。容姿にも自信を持って」

あかねはこの姉弟の母のことを思い出していた。とても美人で確かにカオルの弟アツシ君は母親似だな、と、思った。
カオルはあかねのことを見て思った。もしあかねとアツシが一緒に歩いていたら、あかねが兄でアツシが妹のように他人からは見えるかもしれない。あかねはボーイッシュで宝塚歌劇団の男役のように凛々しいのだ。それに比べ私は凡人だと思った。

今日行った都内観光の話題で、三人は楽しくお喋り食事をしている。

ピンポ〜ン!

「誰かしら?」

あかねがドアスコープを覗く。

「お、お父さん!」

氷点下の男と謂われた植松拓哉がのそっとリビングに入ってきた。現役時代を彷彿とさせる威厳はあるが、その表情には当時の鋭さはない。

「あっ!お客さんだね? 女性三人で仲良くやっているところゴメン。ちょっと迷惑だったかな? またにするよ… 」

「何言ってるのお父さん。珍しいね、、何か用でもあるの?」

「用というか、、、お前の年末格闘技戦のことで耳にしたことがあってね、、」

植松拓哉はチラッと鳩中姉弟に目をやると言いにくそうだ。

「大丈夫! ここにいるのはNLFSのスタッフをしている鳩中薫さん。秋の大会で試合してたでしょ?」

「ああ、思い出した。試合は惜しくも敗れてしまったけど、鳩中さんはとても素晴らしいファイトで感動しましたよ」

植松拓哉はそう言うとアツシに目を向けた。アツシは微笑を浮かべ植松を見つめている。植松はなぜかドキッとした。

「ここにいるのはカオルの弟さんでアツシ君。アツシ君も口が固いでしょ? ここで話すことは外部には内緒ね」

「うん、ボクは何も言わないよ」

植松拓哉は驚いたような表情でアツシを見つめている。アツシもそんな植松に ニコッと魔性の笑みを返した。

「お、お、おとうと、、、君は女の子ではないのか? 男子なのか???」

「あはは♪ お父さんもそう思った? ちゃんとした男子よ。私より可愛いでしょ?」

植松拓哉はこの時からアツシに魅せられてしまう運命にある。この狂おしいまでの魔性の微笑みに心を奪われるのだ。

「ああ、、お前は男の子みたいだからな。この少年はてっきり女の子かと、、」

アツシは植松拓哉をジッと見つめている。植松はその視線を避けるようにあかねに目を向けると言った。

「あかね、年末格闘技戦の相手はオリヴィア・ニコルソンだそうだな? MMA全米女子王者にして、あのドナルド・ニコルソンの娘。女子といってもかなり強いぞ」

「うん。お父さんが生涯で敗れた相手はオリヴィアの父とNOZOMIさんだけ。本当はそのリベンジを私がしたかったけど、どっちもとっくに引退しちゃったし、それならばドナルドの娘さんオリヴィアと戦いたいってオファーを出したの。でも、まだ交渉中で正式に決まったわけじゃないの…」

「そうか、、それから、NLFSで期待されている白木志乃という女子選手は三四郎と交渉中だが、三四郎は女子との試合を嫌がっていたが渋々OKしたよ」

「そうなの! それは良かった。潮崎三四郎君はお父さんの弟子だったもんね。私にとっても弟みたいなもの。高校柔道日本一になったから、てっきりオリンピックを目指すもんだと。志乃をお手柔らかにね」

そこで話は一段落した。

「じゃあ、私たちはこれでお邪魔します。アツシは私の部屋に泊まって秩父に帰るのは明日。あかねさん、今日はありがとう」

「そう、、じゃ送って行くわ。お父さんは泊まっていくでしょ?」

「いや、俺も帰る。車で来たからお二人さん送るよ。ここから近いのかな?」

鳩中薫の部屋もあかねの部屋もNLFS事務所兼道場の徒歩圏内にある。
お互いの部屋も車で5〜6分だ。

車を出すと植松拓哉は後部座席を開け座るよう促したが、何故かアツシは助手席に座りたがった。車を発進すると共にアツシは植松の肩に頭を傾け乗せた。そのまま目を瞑り眠ってしまったようだ。

「すいません! 弟が馴れ馴れしく、、」

「あはは♪ 疲れているみたいだね…」

チラッと横目で見てみると長い睫毛だと思った。植松拓哉はドキドキしていた。

つづく。

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