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小梅のいない夏②

小さな段ボール箱に入って車に揺られ、我が家にやってきた小梅は
スクスク大きくなった。

店長さんが言ってたような
性格の変化はなかった。
出会った時のまんま
大人しくて穏やか、甘えん坊。
散歩に行って吠えられても 
絶対に吠え返さない。

「うちの子、柴犬苦手で、吠えたり唸ったりして仲良くなれへんの。
でも小梅ちゃんのことは好きみたい」

お散歩仲間の飼い主さんに、よくこう言われた。

ビビりさんで、犬見知り、人見知り。
子猫すら怖がる。
そんな小梅だったが、
気性の荒いワンコの心を
無意識にほぐしていたのかも知れない。

常に「柴距離」を取っていた小梅だが、不思議とたくさんの飼い主さんが
いつも声を掛けてくれた。


そんな小梅にとっては、家のリビングこそが安心できる場所だったようだ。
ゲージは嫌がるので、小梅専用のプチ寝床を用意した。
最初は「外飼いするか・・」と言っていた夫は、
小梅のあまりの可愛さに
リビングに布団を敷いて一緒に寝起きするようになった。
小梅も夫が大好きで、
いつも足元に寝そべっていた。

頭をなでると、お腹を見せて
「なでて」と甘える。
かと思うと、抱っこしようとすると
嫌がって逃げたり。


ツンデレのギャップが可愛くて、
私たちは出来るかぎり小梅のそばにいた。
「この子のそばにいたい」
そう思わせる子だった。






朝夕毎日、散歩に行った。
玄関を出ると、
小梅の行きたい道を選んでもらって、
自由に進む。
早出の仕事で、時間がない朝散歩の時は、どうしても短時間になる。

「ごめんね。夕方は梅ちゃんの好きなコース歩くから帰ってもいい?」

そう言うと、もう少し歩きたそうな時でも、素直に帰ってくれた。
その姿に、どれだけ助けられたことか。


店長さんの言う通りだった。
小梅は本当に賢い子だった。
家族の状況や気持ちを、ちゃんとわかっている。
言葉を発しなくとも会話しているのだ。

飼い主は、ペットを選ぶことが出来るが
ペットは飼い主を選べない。


だけど小梅は、私たち家族を選んで
ここに来てくれたような気がする。

そこにいてくれるだけで
本当に幸せな気持ちにしてくれた。


そんな小梅が、突然、旅立ってしまった。
13歳になった翌日の夜、急に倒れた。
夕方には元気に散歩に行き、
ご飯もいつも通り食べたというのに。

夜間病院に行き、手厚く診てもらったけれど、原因はわからなかった。

翌朝「もう回復することは難しい」と言われ、お別れが近いことを知らされた。
みんなで名前を呼び、体をなでた。
「ありがとう ありがとう」
そう繰り返した。

すると、20まで下がっていた呼吸器の数値が70まで上がったあと、
少しづつ落ちて、やがて尽きた。

小梅は最後に、私たちの声に懸命に
こたえてくれた。
今もそう思っている。



正月休みで、就職で家を出た娘も帰省していて
家族みんなが揃っていたのが、せめてもの救いだった。
お通夜をし、お弔いをした。

お骨はきれいに残っており、お経をあげていただいたご住職さんが
「しっかりとしたお骨ですよ。大切にされていたのがわかります。
なにより、このお宅のご家族になったことが小梅ちゃんにとって
一番の幸せでしたね」
と言ってくださった。



リビングには、家族みんなで撮った写真を1枚だけ飾ってある。
毎朝、話しかける。
「梅ちゃんおはよう。今日は雨降るみたいよ」
小梅がそばにいた時とおなじように。
思い出さない日はない。

今年も夏が来た。

昨年、冷房の効きが悪くなってきた
エアコンを、買い替えた。

これで小梅のお留守番の時間も安心。
仕事で誰もいない時に
熱中症になってしまったら・・と
心配だったのだ。


それなのに。


「おはよう梅ちゃん。
今日も暑なりそうやね。
もうちょっとしたら、散歩行くから待っとってね」

そう話かける小梅がいない。


小梅がいた時は、エアコンのスイッチを入れることに何のためらいも
なかったのに、自分ひとりだと躊躇してしまう。
体調もずっと不安定で
気持ちもどんどん落ちていく。

そんな時に助けてくれたのも
やっぱり小梅だった。


『自分を助けるのは自分よ。
私(小梅)がいなくても自分を大切にね』
『私(小梅)との散歩の時間を自分の時間に充てたらええよ』

写真を見ていると、小梅がそう言ってくれてるような気がする。

子供の頃から「書く」ことが好きだったけれど、ここしばらく止まっていた。

また、少しずつ始めようと思う。

小梅のことを
家族の一員として存在してくれたことを、残したい。

亡くなってもなお、小梅は家族に寄り添ってくれてる気がする。
姿はなくとも
思いはきっとそばにある。




















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