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やっちゃば一代記 実録(48)大木健二伝

やっちゃばの風雲児 大木健二の伝記
 台湾からマコモを
次のマコモの課題は青みの部分のない白みだけの上海産に代わるものをどうして手に入れるかである。そして、台湾産を手にしたとき、上海産とはすっぱり見切りをつけることができた。台湾産は青みと白みのバランスが見事で、値段も手ごろだった。早速、数十キロ分を輸入、納め先の評判も上々だった。大木の胸にわだかまっていたものの一つはすっーと消えていった。
だが、もう一つの方は依然としてつっかえていた。
【マコモ】は国内でも栽培されていた。場所は沖縄、鹿児島、西南諸島。
昔からみそ汁の具などに使われていたのだ。大木は鹿児島に飛んだ。
見た目、形、大きさ、味ともに眼鏡に適うものだった。しかし、質量で台湾産に見劣りした。元来、出荷販売を目的とした栽培ではなかったし、また、産地には需要が見通せないものを大量栽培するだけの冒険心も目算もなかった。国産のマコモはもっぱら自家消費の野菜だったのである。

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