vol.16 四宮神社
「あ、暑い……」
汗が滴る。真夏日は過ぎ去った、九月八日。まだ、真夏日だった。
生田神社から歩いて大通りに出たら、影が一つもなくて夏日に曝された。大通りの向こうの、スーツ姿の団体が目に入った。
「ランチか……! 羨ましい!」
私よりはるかに暑そうな格好をした一団に、羨ましさは募る。湿気臭い視線に気づいたか、そのうちの一人と目があった。とっさに、目を反らした。おもむろに近くにあった、地図を見やる。ちょうど良いから、スマホの地図と見合わせて、分かれ目の選択が間違っていないことを確認した。そして、わずかな絶望を感じる。まだまだ、道は長い。
音楽を聴きながら、気晴らしに鼻唄なんて響かせながら進む。もちろん、回りに人が居ないことは確認済みだ。時に車の走行音に声を思いっきり弾ませたり、人影に息を止めたり。自分の中で一喜一憂する瞬間をつくって、長い道のりをなんとか乗りきった。
「着いた。けど階段んんんんん」
前屈みになりながら、おばあちゃんのように一段ずつ上っていく。数えれば二十段ほどしかない階段も、背中を焼かれる私にとってはその倍以上に感じられた。
上りきった! そう思っても、拝殿はまだ見上げる位置にある。
ため息ついでに息を整えて、空を仰ぐ。ふと横を見やれば、休憩所らしきスペースが設けられていた。そこには弁天様が彫られた、大きな石碑があった。
「あ、椅子もある。休みたい。けど」
深く息をして、気持ちを整える。
「参拝!!」
自分を奮い立たせ、更に階段を上った。今度はちゃんと、二十段くらいに感じた。
拝殿と向かい合い、たどり着いた喜びを噛み締める。足踏みをしそうになって、なんとか堪える。胸に手を当て、二・三度深呼吸した。心を沈め、拝殿の前に立つ。イヤホンを外し、気持ちで神様と見つめあう。一礼して、お賽銭を納め、ニ礼ニ拍手、そして手を合わせた。
(芸術性が欲しいです! お願いします!)
願いの強さが、合わせる手に宿って、右手と左手が押し合った。暑さが限界に達するまでお願いしたら、一礼して一歩下がる。そして追加の一礼をして、社務所を探した。
(御朱印!!)
くるっと体を回して、ビルの受付のような社務所に向かう。呼び出しボタンを見つけ、押した。本日ニ度目のインターホンは、躊躇わずに押せた。生田神社は電話だったけど。待つ間に鞄から御朱印帳を取り出して、広げておく。奥の部屋からTシャツのおばちゃんが現れて、小窓を開けてくれた。
「すみません、お昼時に。御朱印、お願いします」
おばちゃんは快く応じてくれて、笑顔で御朱印帳を受け取ってくれた。緊張が解れていくのを感じながら、横に並んだお守りを眺める。声守りという文字を見つけて、声をあげそうになった。
(はじめて見た! 私関係ないけど、欲しくなるなー!)
なんて雑念を振り払うように、首を振る。目の前におばちゃんが居たことを思い出して、人知れずもじもじした。そそくさと視線を落とした先では、薄紅に染まる筆先が御朱印帳を撫でていた。顔を露にする花の絵に、心臓がリズムを刻む。
黒く力強く柔軟な文字が、御朱印のイメージだった。だけど、受け取った御朱印は色鮮やかに包み込むような優しさで咲き誇る。
「ありがとうございます!」
あまりに嬉しくて弾んだ声に、おばさんは笑顔で応えてくれた。小窓が閉じて、拝殿にもう一度お礼をして、背を向ける。
(さあ! 休憩しよう! 石碑も見たいし!)
手の中の、お気に入りの御朱印帳を撫でながら、階段を下る。
(あ、人がいる……)
ベンチには先客がいて、目があった。おずおずとお辞儀して、私はそのまま階段を下った。歩道について、御朱印帳をしまう。顔をあげると、あの広い道路で視界が埋まった。
(歩いて帰るかぁ……あああぁぁぁぁあああ)
落ちていく気持ちに、足がさらに重くなる。
ただ帰るだけの道のりは、ただただ辛い。
(そういや、お兄さん、何か飲み物持ってたなぁ)
太陽を見上げ、喉の乾きに唾を飲み込む。
「次はなにか飲み物持ってこよー」
声に出た呟きに、はっとお兄さんを振り返った。
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